視力のいいマネジャーになろう。
しゅんしゅしゅんです。
「日常の雑談」と「時間設定した上での雑談」はチームビルディングやマネジメントにおいて最強の武器といっても過言ではない。
今日は後者の「雑談」の話。
サイボウズ社の「最軽量のマネジメント」を読んで、「雑談」について思うことがある。
サイボウズ社ではマネジメントの負荷を軽減するために、「雑談」という施策を大切にしている。
そもそも、マネジャーはわからないから、いたずらに考える。わからないから、見当違いな施策を打ってしまう。わからないから、会議や打ち合わせを増やしてしまう。わからないから、すべて自分でやってしまう。そして自らを追い込んでしまう。こうして、マネジャーがメンバーにかける時間は知らぬ間に増えていく。
一方、マネジャーの立場からすると「メンバーのモヤモヤを聞いた瞬間にそれを何とかしなきゃいけない」「ただでさえ忙しいのにまた仕事が増える」「聞けば聞くほど不満なんて溜まっていくだけじゃないか」と思う。
しかし、話しを聞くからこそ、余計な仕事は減るし、何かが大事に至るまでに対処できる。メンバーのモヤモヤの原因の多くは、具体的な問題より、それ以外の「知らなかった」「聞いてもらえない」「意見が届いていない」といった部分が大きな面積を占めている。
だから雑談は大切なのだという。
「雑談」の目的はメンバーを理解すること。つまり「雑談」のポイントはアドバイスしないこと。
なるほど。正しい。
でもこれはけっこう難しいと思った。
最も難しいのは「メンバーのモヤモヤを聞いた瞬間にそれを何とかしなきゃいけない」とマネジャー思ってしまうことだ。そして雑談の目的が、自分でも気づかないうちに「理解」から「アドバイス」になってしまうことだ。
この原因はマネジャーの保身と過剰な自負にあるんだろう。
雑談終了時に「この30分はなんだったんだろう」とメンバーから思われたくない。「あの人に話してもなんの意味もないな」とメンバーから軽んじられたくない。
マネジャーたるものいつだって解決策をその場で用意しなくてはいけない。せめて解決の糸口くらいはメンバーに示してあげられないとダメだ。そんなマネジャーとしての矜持がどうしても頭から離れない。
そして聞くことに徹せられない。
「このまま聞くだけで本当にいいのか」「こういう場合はなんと言ってあげたらいいのか」の方に考えの矛先がむくと、ろくに傾聴なんてできない。そして深い傾聴なきまま、何のアドバイスもなく雑談を終えるのもなんだなと思い、薄いアドバイスをする。
ふう。なんとかなったな。あれ、なんのための雑談だっけ?
これだと視力は悪いママだ。大してメンバーが見えていない状態は続く。
メンバーのことを知っているマネジャーは強い。「みんな」とか「うちの部署は」って言葉を使わないで、「Aさんはこう」「Bさんはこう」と言えるマネジャーは強い。
アドバイスをする「壁打ち」の時間と、メンバーを理解する「雑談」の時間は覚悟をもって明確に自分の中でわけることが必要なんだろう。そして「雑談」の時はアドバイスではなく聞くことに徹する強い自制心をもつ。
アドバイスしない=できないマネジャーを意味するわけではないのだから。
マネジャーの「聞く」は、メンバーの「話す」だ。「話す」にはとんでもない効能があることは、マネジャー自身も知っているはず。「話す」だけで感情はラベリングされて、自然とモヤモヤは解消されることが多い。
気負いと保身を捨てた、視力のいいマネジャーを心掛けたい。
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