『クールベと海』展と、青色の話
汐留美術館でやってる掲題の展を観てきたので、素人の感想を少しばかり。
なぜか全体として茶色くて地味な印象が残り、メインとなるクールベの描いた荒波よりは、ついで展示されていたモネやシスレーの目の覚めるような青い海辺が眼を惹く。上に掲げたのはモネのアンティーヴ岬だが、前半の岩と森の連続を眺めた後で突然現れたのが、一層この青色を際立たせていたようだった。(実物はもっと色彩に深みがあって単調さがない。)
クールベの描く山林は確かにかっこいい。重く、深く、陰がある。そびえ立つ岩壁があれば(『岩のある風景』)、狩られ追いつめられた鹿が死を前にして、天に向かって嘶く一瞬を捉えたような挑戦的な構図(『川辺の鹿』)もある。そんなわけで第一印象は訴えかけるものがあるのだが、どうにも長時間眺められる作品になっていないようなのだ。具体的には、2メートル以上近づくと細部がぼやけて感じられる。その横に展示されているのがコローのような精細な小品に長けた同時代人のものだったりするので、比べてみると余計に違いが目立つ。
後半に展示されていたクールベの海を描いた作品も、どこか似た雰囲気がある。彼が生まれて初めて海を見たのは22歳の時らしい。彼の描く荒れた海でのたうつ白濁した波は石灰岩のようで、奇妙な異物感がある。
↑これも一緒に展示されていたシスレーの海(『レディース・コーヴ』)。クールベの固そうな暗色の海とは何か決定的な隔たりがある。
そんなわけで、鑑賞してしばらくの間は青色についてばかり考えていた。青。碧。蒼。ボルヘス曰く、視力の衰えと共に失われていく最初の色。モネも晩年は眼病に煩わされ、その頃からあの睡蓮の一連の製作も始まっていたらしい。老いとともに失われる青い春。三国時代、七賢の一人だった阮籍(げんせき)は、気に入らない客は白眼で見、気に入った客は青眼で迎えたという。
青色の歴史はテクノロジーの歴史だ。青いバラは近年まで不可能の象徴だったし、LEDの実用化に際し最後まで難航したのも青色の発光ダイオードだった。中世に入るまで、ヨーロッパ圏では青色への認知度事態が低かったとか。
人工的なイメージと同時に、青は自然において普遍的な色でもある。暖かく、天気の良い日にだけ見える蒼天と青海。恵みと生命の色。
睡眠の妨げになるとかでブルーライトが悪者にされがちな昨今だが、本来は青色といえば精神を落ち着かせるものだったはずだ。目を覚めしてリラックスできる色だといえば良いことづくめに聞こえる。
そんなわけでさっきからPCのブルーライトカット機能をオフにして青色全開の環境で書いていたら、心なしか目が疲れてきた。今日はこの辺で。