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それぞれの三人       -------- Short Story --------

夜明けから始まった戦(いくさ)は昼前には終わった。
相手の罠にはまって谷あいに攻め込み、退路を絶たれた総大将はあっさり命を取られた。
おまけに「負けじゃ、逃げろ」と敵方の手の者たちが叫ぶと、味方はあっという間に崩れた。

「逃げろ」が「逃げろ」を誘って陣は一瞬で崩壊、あとはもう逃げるだけになった。
しょせんは田舎の豪族同士の戦だ。
中には得体の知れない奴らも混じり、いきなり敵方になって誤魔化す奴もいた。

「まるで子どもの戦じゃ、バカバカしい」
と逃げながら言ったのは三人組の兄貴分である小助だ。
「ああ、こんな戦で死んでは産まれてきた甲斐がないわい」
と応えたのは弟分の仁平。

もう一人の弟分の兵蔵も応えた。
「こっちの大将、あのまんま突っ込んでしもうてあっと言う間に囲まれて首を取られよった。あんなバカ初めて見たわい。いくら若いゆうてもひど過ぎるわい」
三人は雑木林に入り込み必死で逃げていく。

逃げては隠れ逃げては隠れの繰り返しだ。
追っ手のほうは勝ち戦だから気合いが入っている。
藪の陰から見ていると追っ手の組頭が叫んだ。
「人夫とて許すな、敵方である者は一人も生かすな、捕らえる必要はない。総て命を取れ、というご命令じゃ」

「皆殺しにする気じゃ」
「こりゃえらいことになったの」
「とにかく生きのびようで」
三人はうなづきあった。

藪を抜けると熊笹が群生する原ッぱに出た。
見通しはいいが、熊笹は隠れられるほどの高さもある。
人一人通れるほどの細い道が曲がりながら続いている。
三人は腰をかがめて逃げていく。

逃げる途中で一人、二人と死んだ者の遺骸を通り過ぎていく。
「逃げる途中で死によったのであろうが、銭になるようなものは身にはつけてはおらんの」
と小助が言った。

「この侍もそうじゃ」
と仁平は鎧姿の遺骸の懐をさぐりながら言った。
兵蔵が前のほうで小声で叫んだ。
「おい、こやつ生きておる」

二人が追いつくと兵蔵の足元に年配の侍が血まみれで転がっている。
 「水、水を」と三人に言っている。
しかし小助は侍には反応せず、侍の腰からいきなり刀を鞘ごと抜いた。
「お前らも取っておけ。丸腰では何もできん」

逃げるときに邪魔になるからと三人は刀を捨ててきた。
どうせ分捕った安物の刀だ、惜しくはない。
それよりも刀を差していては都合も悪い。
仁平も侍の脇差を抜き取った。

兵蔵はじっとそれを見ている。
「おい兵蔵、こいつの懐に短刀があるやもしれん、さぐってみろ。追っ手においつかれたらお前を守る余裕は無いでの、自分を守れるものを取れ」
兵蔵は侍の懐に手を入れた。

血まみれで手がぬるぬるする。
侍は薄く目を開けて兵蔵を睨んでいるが、どうしようもない。
「おのれ、おのれ、このゲスめ」
とつぶやいているのが兵蔵の耳に聞える。

「あった、短刀じゃ」
「そいつを持ってろ、何かの役に立つ」
侍はウウッとうなりながら兵蔵の手首をつかんだ。
「ああ、こいつ、手を離せ、離せこの野郎」

すると小助がすぐに侍の手首を蹴った。
そのとき藪の奥から人声が聞えてきた。
「追っ手じゃ、逃げろ」
兵蔵は足首についた侍の血を熊笹の葉で拭きながら二人のあとを追った。

「いたぞォ」
という叫び声が聞えてくる。
「見つかった、走れ」
三人は必死で逃げる。

だが初めての場所、初めての道だ。
どこへ出るかわからない。
三人は熊笹の群落の中に入った。
あとは音と声だけが頼りだ。

三人は小さく声を上げながら追っ手と反対のほうへ見当をつけて逃げていく。
鉄砲がドーンと鳴ると仁平の真横でシュッと音がして熊笹が揺れた。
「気にするな、脅し代わりに適当に撃っておるだけじゃ」
三人は必死で逃げる。

どこまで来たのか、今度は林に入った。
だが追っ手の声は聞こえず、姿もない。
その代わり道も無い。
「どこかに獣道があろう、とにかく前に進もう」
いつも行く先を決めるのは小助だ。

それでいままで生きのびてこられた。
小助には生きていくための動物的な感覚が備わっているらしい。
「あっち」と言えばあっちに、「こっち」といえばこっちに。
そしていま道を探していると、やっぱりあった。

先頭を行く仁平が二人に言った。
「獣道か、あったぞ」
周りは雑木のまばらな林で誰かが踏み歩いたような道らしきものがある。
「よし、仁平このまま進め」

三人はとりあえず追っ手から逃げられたことを感じている。
すると気がついた。
「朝から飯を食っておらんで腹が減ったの」
「うん、減った」

「が鹿も猪もおらんし」
「山菜も無いの」
「この道なら人も歩いておろう、とにかく進もう」
「水でもあればええが、湧き水すらないの」

「この日照り続きではの、沢も川もみな涸れておるわ」
「村の稲が気になるの」
「いまそれを気にしても仕方あるまい、前に進め、そうすれば少しでも村に近づける」

兵蔵が愚痴った。
何しろ三人の中で一番気が弱い。
「来るんじゃなかった」
仁平があきれるように言った。
「いまさら弱音を吐くな、みっともない」

三人とも同じ歳で百姓だが、村はそれぞれ違う。
いつもは負けたほうを襲う落ち武者狩りで褒美や金品を稼いでいる。
だが今回は負け戦で三人とも狩られるほうになっている。
「しかしみな殺しにせよ、とはの」

「よほど恨みがあったのじゃろうな」
「勝ったほうも負けたほうも、ともに悪い噂が多かったしの」
「確かにの、どっちもええ噂は聞いたことがない」
「あいつら、ひと皮むけばみな同じよ」

「そろそろ日暮れじゃ、なんぞ食うものはないかの」
「しかしここらは土地も痩せておるし貧しそうなところじゃで、うちの村も貧しいがここらはそれ以上に思えるわ」
「自分の村の良さがわかるの」

「ほんまじゃ、世の中には下には下がおるもんじゃ」
「町に出るたびに恥ずかしく思うておったが、なんのなんの、世間は広いわい」
「兵蔵はいつも村は貧しいと言うておったが、ここら辺りを見るとそうでもないようじゃの」

「そうよ、まだわしの村のほうがマシじゃ」
「こんなところに嫁にくる女も気の毒じゃな」
「なあに、ここよりも貧しいところから嫁をとればええのよ」
「ここら辺りより貧しいところか・・」

「どこであれ住んでしまえば腹も座るでの、女は強いわ」
「確かにの、女は強いわ」
「わしのところのお袋も強いし、嫁にいった妹もたまに会うたびに強くなっておる。男は大きなことを言うだけじゃ」

三人はどっと笑ったが、すぐに元に戻った。
「暗いうちにどこか家を探して食い物を手に入れようではないか」
時代が時代だ。
話しはすぐにまとまった。

三人は押し込みであろうとやって、何か食って村まで無事に帰らなきゃならない。
背に腹は替えられない。
「人さえ傷つけなきゃええ。困ったときはお互い様だ」
と虫のいいことを思いながら、相変わらず見当で歩いている。

真夜中過ぎ、月明かりに谷の下に村の影が浮かんだ。
そっと近づいた。
少し高い場所から見下ろすと真っ暗で灯りは無い。
「何も見えん」

「ああ、どの家に何があるのか、さっぱりわからん」
「こりゃ危ないで、逃げるときも道がわからん」
「明日明るいうちにやるか」
「それがええ、昼間なら男どもは出ておろうし、村は女子ども年寄りだけじゃろう」

「うん、それでいこう、さっと食い物取ってさっと逃げよう。明るくなってからやろう」
三人の腹が決まった。

 飲まず食わずの夜が明け始めた。
空腹ももう限界だが三人は疲れで寝ている。
先に仁平が起きて二人をおこした。
「おい、寝すぎた、もう陽が高い、昼前くらいではないか」

そっと村を見下ろせば家の周りにいるのもみな女ばかり、娘もいれば婆さんもいる。
「男どもはみな田んぼか畑に出ておるようじゃの」
「そうじゃの、ええでここなら、村のもんを傷つけることもあるまい」

「食うものだけあればええんじゃ」
「よし、ここでやろう」
「何だかこうしておると山賊になった気分じゃの」
「山賊よ」

「男たちが気になるが、もう我慢もできん、やろうぞ」
「うん、こっちは刀もあるし、ええでいこう」
「いこう、腹が減って死にそうじゃ」
「うん、いこう」

三人は坂をすべり落ち、その村のど真ん中に下りた。
おどろいたのは村の女子どもたちだ。
胴丸、足軽姿で帯刀し、目つきも怪しくきつく、顔や手足は日焼けに加えて垢と汚れでどす黒い。

おまけにあちらこちら汚れて返り血のようなシミもある。
そんな三人がいきなり坂の上からすべり下りてきて女こどもをにらめば誰だっておどろく。
子どもが数人走ってどこかへ行った。

子どもは男たちを呼びに行ったのだろうと小助は感づいた。
時間はない。
村には悲鳴が上がり、子どもも叫び始めた。
三人はもう引き返せない。

そのまんま戸が開いている前の家に飛び込んだ。
「飯を食わせろ」
「何か食い物を出せ」
家の台所には老婆がいた。

三人を見ると老婆はおどろいたのか、そのまま後ろへどっと倒れた。
倒れたはずみで後ろの竈(かまど)の縁で頭を打ったらしい。
そのままうんともすんとも言わない。
「おい、気を失ったのか」

「死んだかもしれん」
「もう仕方ない、ほっとけ、それより飯だ」
見ると目の前にはムスビが山のように積んである。
「梅干しも漬物もようけある」

「こりゃ何じゃ、このムスビの多さは」
外では女や子ども年寄りたちが遠巻きに見ている。
みな女年寄り子どもばかりだ。
「この山盛りのムスビや梅干しは何だ、男はどこだ」

ムスビを食いながら小助が村のもんに聞いたがもちろん返事はない。
三人はムスビと梅干しを懐や袖にあふれるほど入れ、口にもムスビをくわえて表に出た。
すると村の向こうの鳥居の下から大勢の男たちが飛び出してきて、こっちへ向かってくるのが見えた。

男たちの先頭を白髪頭の男が抜刀して三人に向かってくる。
遠くからでもその顔つきはわかる。
「殺される」と小助は思った。
「おい、男だ、神社にいやがった」

「夏祭りの支度だったのか」
「逃げよう、相手は大人数だ、勝ち目はねえ」
三人は今度は下りてきた坂を上がり始めた。
「上がれ、すべるなよ」

「はようこい、下手すりゃ殺されるぞ」
「兵蔵、上がれ、はよう」
「小助よ、背中を押してくれ、もう力が入らん」
「わしゃ無理じゃ、おい仁平、お前兵蔵を押してやれ」

「わしだって無理じゃ。兵蔵よ遅れれば置いていくぞ。死ぬか生きるかの分かれ目じゃ、死ぬ気でがんばれ」
「ハアハア、 はアア、無理じゃ置いていかんでくれ」
下のほうから石が飛んでくる。

見れば子どもや娘たちが坂を上りながら三人に石を投げている。
落ちた石は子どもや女たちにも当たっているが、向こうも必死だ。
村を襲う者は絶対に許さない、というのはどこの村であれ同じだ。
自分たちの村は自分たちで守る、それでなければ村も人も守れない。

「お前ら殺したるゥ」
と金切り声で下から叫んだのはまだ十歳くらいの子どもだ。
この様子では捕まれば、三人とも命はあるまい。
小助と仁平は坂の上に上がると兵蔵の身体を引っ張り上げた。

三人はまた逃げた。
「もうついてはこんな、やれやれ、危ないところじゃった」
「ああ、捕まっとったらどうなっておったかの」
「あの婆さんは死んだのじゃろうか」

「さあの」
「気絶しただけであろう」
歩きながら懐からムスビや梅干しなどを出しながら食っている。
すると後ろのほうの藪の辺りから人の声がする。

三人は藪のほうを見た。
顔がひきつった。
藪から大声がした。
「いたぞ、あいつらじゃ、三人組じゃ」

ウオォという歓声とともに藪の中から十数人の百姓たちが現れた。
みな刀を持ち、中には槍を持った者もいる。
「逃げろ」
だが兵蔵の足の様子がおかしい。

「さっき足をくじいた、よう走れん」
「弱音を吐かずに走れ、殺されるぞ」
林の間をとにかく抜けて逃げる。
だが追いかけるほうは知りぬいた場所だ。

いつの間にか追いかけるほうがゆっくりになった。
振り返ると追いかけてくる百姓たちの顔がわかるくらいまで近づいているが、それ以上は近づいてこない。
真ん中にあの白髪頭がいて三人を睨みつけている。

でも誰も襲ってこない。
「おかしいで」
「うん、近づいてこんな」
「確かにの、わしは助かったが」

そう言った兵蔵の足は血が出ている。
「お前もう無理か」
「うん、もう走れん」
「まあゆっくりこい、わしら先に行くで」

「ちょっと待て、わしは置いてけぼりか」
「仕方あるまい、背負えばこっちも危ない」
いきなり小助が走り出すと仁平も続いた。
兵蔵を振り返ることもない。

三人の絆が一瞬で切れたことを兵蔵は感じた。
兵蔵の足が止まった。
「おれたちは、その程度だったのか」
兵蔵は全身の力が抜けた気がした。

追っ手は一定の距離を置いてついてくる。
後ろで兵蔵の「薄情者ォ」と叫ぶ声がした。
小助も仁平も聞こえないふりをしている。
しばらくすると「ギャ―」という悲鳴が聞えた。

兵蔵の声だ。
「仕方ないの、助けておっては三人とも助からん」
「そうじゃ、仕方ない、しかしあいつらおかしいの」
「うん、追っ手の奴ら、決まった間を開けてずっとついてくる」

「なんでじゃ、何で襲ってこん」
「わからん」
二人は追っ手がなぜ襲ってこないのか、考えているが答えは出ない。
すると林はゆるい下りになった。

道は無いが獣道のようなあとはある。
林の上のお天道様を見ながら方角の見当をつけながらゆるい坂を下りていく二人。
すると辺りが段々と薄暗くなり始めた。
後ろの追っ手は少し近づいている。

人数は増えているようだ。
でも距離は開けている。
「なんで攻めてこんのか」
「それにだいぶ暗くなってきたぞ、まだ昼前ころのはずじゃが」
「うん、確かにそうじゃ、薄暗いのは森のせいか」

「いや、日差しが陰っているせいじゃろ」
「そう言われれば確かに日差しが陰っておるの」
「何か感じるの、感じんか」
と小助が言った。

仁平が答えた。
「うん感じる、この様子はおそらく」
二人は百姓であり山や森のこともよく知っている。
昼の日中に山のゆるい坂を下っていって段々と暗くなっていくのは、あれしかない、と二人は気づいた。

振り返ると追っ手は横に拡がり始めている。
二人は顔を見合わせた。
小助が言った。
「そろそろ終わりかの」
「うん、もうそこらかの、道を間違えたわい」

「焦ったの、まさかこうなるとは。逃げ場は無いの」
「そうよ、わしらはもう袋小路よ」
小助が仁平に何かささやくと、仁平は「うん」というように頭をたてに振った。
二人はゆっくりと暗闇へ進んでいく。

振り返ると追っ手はなおも横に拡がり三日月のようになって二人を囲うような形になっている。
そして二人に闇の正体が見えてきた。
夏の昼日中なのに前は真っ暗だ。

蝉の鳴き声が闇の声のように聞える。
「あれか」
「上までおおいかぶさっておるの」
「うん、もう行き止まりじゃ」

二人の前に現れた闇の正体は森の中にそびえ立ち二人をおおうような岩山の巨大な壁だった。
見れば左右もみな壁で陽が差さず、まるで穴の中にいるようだ。
追っ手は二十人くらいに増えている。

追っ手が近づいてくる。
みなが殺気だっている。
二人はもうどうにもならない。
頭にかぶっていた陣笠を取り、胴丸を脱ぎ、刀も鞘ごと抜いて地べたに置いた。

あの白髪頭が近づいてきた。
「貴様ら、明野の戦の負けたほうじゃな」
「ああ、そうじゃ」
「在所へ帰る途中か」

「そうよ、負けて在所へ帰るところじゃ」
「ムスビはともかく、婆が死によった」
あの台所で倒れた婆だ。
「気を失っただけかと思ったが、亡くなったのか」

「そうじゃ、前から心の臓が弱かったでの」
「ならちょうど寿命があのとききたのではないか」
やけになったのか、仁平のこのひと言が火をつけた。
「なんじゃと貴様ァ、お前たちにおどろいて倒れたのじゃ、倒れた後ろにたまたま竈があったのよ」

「ならまんざらわしらの責任だけでもあるまい」
小助もまた仁平に似たことを口走った。
白髪頭はみなに命じた。
「おい、もうええ、こいつらやれ、婆の仇討ちじゃ」

みなが刀を抜き槍を構えて二人に寄ってくる。
二人はなす術も無く棒立ちになっている。
もう完全に覚悟している、ように追っ手には見えた。
すると小助が仁平に目配せして言った。
「さらばじゃ仁平、わしゃ先にいくで」

仁平が答えた。
「さらばじゃ小助、わしも続く」
白髪頭と追っ手は二人が覚悟を決めたと思い、動きが止まった。
そのとき小助が叫んだ。

「デヤ―」
同時に二人はだっと左右に別れて岩壁の闇の中に走り込んだ。
追っ手はあわてた。
「逃げた、別れて追え」
と白髪頭は叫んだが、誰がどっちを追うのかわからず数人だけが左右に別れて二人を追った。

二人はまた逃げ始めた。
今度は岩登りだ。
何もかも捨てたので身軽になった。
だが追うほうは刀、槍持ちだ。

深い森の中では邪魔になり、ましてや岩登りだ。
二人は逃げて登り、逃げて登っていった。
追われるほう、追うほう、互いに近づいては遠ざかり、遠ざかっては近づきながら間が広がっていく。

二人の手足はもうすり傷切り傷だらけだ。
しかし死にたくない、生きたいという気持ちがそれに勝っている。
「こんなところで死んでたまるか」
そのうち追うほうがあきらめ始めた。

「おい、追って殺したところで銭になる首でもないし、このまんまじゃ俺たちが迷子になりかねん。婆には申し訳ないが、陣笠と胴丸と刀が手に入っただけでもええではないか」
「そうじゃ、あんな足軽ごときのためにケガするのもバカバカしい」
「それに負け戦で逃げてくる奴もまだ多かろう。そいつらを狩ったほうがええで」

辺りの森に合図のような呼子の音が響き渡った。
二人はそれぞれの場所でそれを聞いた。
百姓の二人には呼子の音色で何を伝えているか、おおよそこれも見当はつく。
二人はそれぞれの村に向かった。

 数日後、二人は自分の村に無事に帰っていた。
出ていくときは陣笠、胴丸、帯刀だったのに帰ってきたときは褌一枚だった。
村の者にさんざん笑われたが、死ぬことを思えばどうってこともない。
その後、小助は仁平とまた会った。

今度もまた戦のための人集めの場所だった。
「小助よ」
声をかけたのは仁平だった。
「おう、仁平、また会えたの」

「うん、良かったの、ともに命があって」
「兵蔵は気の毒じゃったがの」
「ウン、仕方ない」
「今度はどうじゃ、勝てそうか」

「噂ではの、上の上のそのまた上にいるのは三河の徳川らしい」
「ああ、あれか、生き運があるという噂じゃ」
「うん、ならわしらもそれにあやかろうではないか」
「そうじゃ、それでええ」

すると街道の向こうから軍勢が近づいてくる。
多くの兵で砂煙まで立っている。
「道を開けろ、道を開けろ」
と先頭で殺気だった怒声が飛んでいる。

言葉が伝言で伝わってくる。
「徳川の軍勢じゃ、大きいぞ」
じきに幟とともに徳川の軍勢が現われた。
「ものすごい数じゃの」

「うん、鉄砲も多い」
「これなら負けはしまい」
「そう願いたいもんじゃ」
「おい、徳川様じゃ」

「どこよ」
「ほれあそこ」
「おお、あれか」
「あれが徳川の大将か。なんや小さいの」

周りから笑い声が上がった。
すると組頭のような男が怒鳴った。
「静かにせい!」
頭に半端な兜をかぶり、胴丸をつけている。

男は暑いのか兜をぬぎ、手拭いで頭を拭いた。
白髪頭だ。
それを横から見た小助は凍り付いた。
すると合わせるように白髪頭も小助に振り返った。

白髪頭は小助と仁平を見ていたが、ニッと笑って言った。
「貴様らか。ええところで会ったの・・」
三人の前を家康が馬に揺られながら通り過ぎていった。


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