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映画『2度目のはなればなれ』89歳のヒロインが貫いた愛のカタチ

90才近い夫婦が経験した最初のはなればなれも、『2度目のはなればなれ』も戦争によるものだった。

物語は2014年夏。第2次世界大戦のノルマンディー上陸作戦から70年を記念する式典がフランスで開かれた。イギリスの老人ホームで暮らしていた元海兵の退役軍人バーナードは愛する妻のレネを残してひとり、フランスへと旅立つ。ある思いと共に……。

そんなあらすじを読んだ人は映画『2度目のはなればなれ』をヒューマンドラマだと思うかもしれない。または戦争映画だと。でも、わたしにとってこの映画はラブストーリーだ。邦題が『2度目のはなればなれ』となっていることが何よりも、それを証明してくれている。

原題は『The Great Escaper』。誰にも告げずに老人ホームを抜け出したバーナードが行方不明になったことにより発信された警察のツイート#The Great Escaperがそのままタイトルになっている。では、邦題の『2度目のはなればなれ』はどこからきたのか。その答えは映画を見た人にしかわからない。そう、ヒロインであるレネの言葉だから。

戦死した戦友を弔うため単独でドーバー海峡を渡ったバーナードを人々は勇気ある行動と讃えた。新聞やテレビにも出た彼は数日間、有名人になる。だけど、自分の旦那さまがこんな風に世間に取り上げられていることをレネが喜んでいるようには見えない。それどころか窓の外で騒ぎ立てる人たちを眺めながら、こうつぶやくのだ。「これはわたしたちの間のことよ」。

2人にとっての1度目のはなればなれは戦争で、バーナードは敵に撃たれながら海を渡った。帰ってきた彼は全身が固まってひどく苦しんでいるようにレネは感じたという。触れてしまえば壊れてしまいそうだったと。何があったのか、何を抱え込んでしまったのか、それはバーナードにしかわからない。2人のためにレネにできることは寄り添うことと、共に生きることだった。

そうして過ごした時間について、2度目のはなればなれから帰ってきた彼にレネはこう言った。「あなたは70年間わたしを愛してくれた。ささいなことだけをして過ごした毎日を立派にやり遂げたのよ」と。一緒に過ごした70年間をレネは1秒だって無駄にしなかった。もちろん、バーナードも。2人は生きることをやり遂げた。

きっとレネにとってThe Great Escaperなんて彼のことをよく知らない人たちが作り上げた偶像で、それがひとり歩きしただけのことなのだろう。バーナードが戦場で何を見て戻ってきたのか。また、何を抱えて再び彼の地を訪れたのか。誰かの言葉で語られるバーナードよりも目の前にいる彼を見つめようとするレネの姿に胸をうたれた。

すべてはバーナードとレネの話で、「わたしたちの間のこと」。彼女の言葉に触れた時、わたしは本当にその通りだと思った。あーでもないこーでもないと誰かが語ったところで2人のことを決めるのは2人しかいない。

だから、『2度目のはなればなれ』。The Great Escaper だけでは足りないから。バーナードの行動が映画の中心にあるように見えるけれど、そこには寄り添うレネの時間が確かにある。2人のラブストーリーにふさわしい邦題だと思う。

この映画を見た帰り道にふと思い出した。昔、彼氏が浮気したらどうするかと訊かれた時、わたしは「別にどうもしない」と答えていた。大抵の場合、「まだ本当の愛を知らないんだね」と鼻で笑い飛ばされた。多くの人にとって愛は裏切られたら相手を殴り飛ばすくらい激しいものらしく、そして、その枠にハマらないわたしの恋愛はニセモノなのだと言われた。

だけど、レネが教えてくれた。壊すくらいなら触れないでいることもひとつの愛のカタチだと。いつか向き合う時がきたらお互いに向き合い、はなればなれになることも大切なのだと。そうして一緒に過ごした時間も嘘じゃない、と。そう気づくことができたから、やっぱりわたしにとって『2度目のはなればなれ』はラブストーリーなのだ。

ありがとう、レネ。

ちなみに古いレコードを引っ張り出して派手なワンピースを着て踊るレネは特別に可愛いし、フィッシュアンドチップスを前に「ヘイホー!」と喜びを表現する彼女も可愛い。彼女のヘイホーを聞くと笑みが溢れてしまうほど。こりゃ、バーナードが好きになるわけだ。

叶うなら、レネのような可愛くてユーモアのあるおばあちゃんになりたい。そして願わくば、バーナードのような人が隣りにいてくれたなら。きっとわたしの人生は満ちていくだろう。


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