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「量が質を凌駕する」というのは社会人にとって大事な法則

最近といってももう30年以上前、フリーランスとしてゲーム作りの傍ら専門学校で非常勤講師としてゲーム開発のイロハとシナリオ制作について教えていた時から感じていたことなのですが、なかなかアウトプットを出さない、というか作らない。
そして一発で正解を出そうという考えの学生が多かったです。

これは教壇に立っていた4年近い中でどんどんそういう傾向割合が高まっていった実感をもっていました。

フリーランスを止めてNamcoにキャリア採用され、産学協力で日本全国の大学や専門学校へ特別講義をするという社会貢献に、プロデューサーやディレクターをしながら関わるようになった時にはさらにそれは進行していました。

特にソシャゲブームからたくさんのゲーム会社が誕生して、産業人口が増えたところから、それは職場で感じることも増えてきました。

自分自身は学生の時分から、先生からはとにかくアウトプットを出すことが大事で、理論理屈はあとで良いと言われていたのと、フリーランスとしても企業人としてもずっと、経験的にも一発で何かが通ることなどほぼないので量を出して質へたどり着くというのは、経験的にも納得です。

また、なにかを習得しようとしたら、例えでとにかくバッターボックスに立たないとダメだというように、経験しないことにはわからないことが現実世界にはたくさんあります。
これは江戸幕府を開いた徳川家康が家訓として「学問には3つある。一つは目学問、二つ目は耳学問、三つ目は体学問。一番大事なのは体学問である」というのを残しているのですが、目学問とは読書など見て学ぶこと、耳学問とは人から聞いたり教えてもらう学び方、そしてそれらを自らの体で体験的に学ぶことがもっとも重要であると言っています。

何百年も昔というか、もっともっと昔からこれは真だと思います。
体験こそ、繰り返しやらねば上達もしなければましてや体得などできないですね。

なかなか量を出さないのはプライドとかの話がたぶん含まれるのですが、表現することを仕事にしている以上、評価されることは仕事のうちなので私のような仕事をしている人であれば、絶対に乗り越えないといけないことです。
言われてなんぼです。
なにも言われないことがむしろ最悪ですね。

そして完璧主義は習熟を妨げます。
日本人が外国語特にたくさんの時間接しているにも関わらず英語が上達しない阻害要因は「恥ずかしい」「間違えたらどうしよう」です。

何事もトライ&エラーと繰り返し行うことが大事なので、量質転換の真理を受け入れ、バカになってとにかくアクションして量を出して、FBから学ぶということを実践できるようになると急激な成長を獲得できます。

スマブラや星のカービィーなどヒット作をたくさん生み出しているゲームクリエイターの桜井さんも、昨年完結したYoutubeチャンネルで下記のようなメッセージを繰り返していました。

ゴチャゴチャ言ってる暇があったら、行動しろってことです。
私たちはクリエイターですからね。
生み出してなんぼです。
評論家とか開発の現場にはいりません。

悩みながらでももがき苦しんで作り出すことで見えることがたくさんあるので、いいからいますぐやれは激しく同意です。

ということで様々なことで迷っているそこのあなた、いいからやりましょう!
そうすると道がいつか開けます。
絶対に。

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Goda | 🎮Game Producer
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