怒るのは怖いけど、私は「大人」を諦めたくなかった。
3〜4年くらい前の夏だったと思う。前の職場では、自転車通勤をしていた。
いつものように仕事を終えて、会社の裏口に停めている自転車に乗って帰ろうとしていた時である。
日が長くなっているので、夕方でもまだまだ明るい。半袖のシャツに学生ズボンを履いた中学生らしき男の子が2人、自転車のある路地裏に歩いてきた。
学校帰りだろう、1人は体操着の袋を手に持っている。体格のいいちょっとぽっちゃり目の男の子。なんだかにやにやしている。もう1人の男の子は彼より線の細い子だが、一緒になってにやにやしている。
なんだか悪巧みしているみたいだ。嫌な予感がする…。
そう思っていたらやはり、その体操着の袋をぽーんっと放り投げて近くのフェンスの柱の上に引っ掛けてしまった。
気づくと2人の男の子の後ろに遅れて、男の子がもう1人付いてきていた。しかも困った顔をして。なんだかのび太君みたいだった。
この体操着の袋は彼のものだろうと咄嗟に思った。気付くと声が出ていた。
「あんた、ちゃんとそれ取るのっ!?」
自分でもどこから出てきたのかと思うような怖い声だった。なめられないように必死だった。
ぽっちゃり君と連れの男の子はびっくりした顔をしていた。そりゃそうだろう、自転車に乗ろうとしているアラサーのネェちゃんがいきなり声掛けてきたのだから。
「はっ、はい…」
2人は神妙な顔をして答えた。でも私だって怖かった。心臓がバクバクしていた。私は小柄で中学生と同じくらいの身長なので、歯向かわれたら太刀打ちできない。
幸いなことに、中学生君たちは歯向かってこなかった。
私はしばらく睨んでいたが、後ろの困った顔ののび太君が2人に追いついたので、静かに自転車に乗って立ち去った。
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自転車を漕ぎながら、今の私の行動は正しかったのだろうかと何度も反芻した。
体操着袋を取るところを見届けた訳ではない。あの体操着袋がのび太君のものとは限らない。
それでも。
中学生君たちには、知って欲しかった。悪いことをしたら怒る大人がいるんだよって。スルーしないんだよって。きれいごとでも。
もうカミナリオヤジも死後になりつつある。あの子達は事勿れ主義の大人達に、スルーされることに慣れきっていたのかもしれない。
大人に対して諦めて欲しくなかった。
だから、アラサーのネェちゃんは声を上げて頑張った。本当は怖くてたまらなかった。怒る方だって怖いのだ。
少年達は私のことなんて覚えていないかな。
私は中途半端な大人になったけど、それでもあそこで君たちに声を掛けられて良かったと思う。
オレンジの夕日が自転車をこぐ背中をジリジリと燃やす、そんな夏のお話。
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