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にっぽんの温泉100選×日本の秘境100選~西日本編【温泉地 Trip+SP】

非日常を感じること間違いなしの”秘境”の特別企画です。

1989年平成元年にJTBが雑誌「旅」の9月号が創刊750号目を迎えるのを記念して開いたシンポジウムにおいて、岡田喜秋、C・W・ニコル、立松和平、辺見じゅん、椎名誠によって、「いま 日本の秘境100選」として選定されたもの。
-出典:ウィキペディア

調べた限り、公式のサイトは見当たりませんでした。
取り上げている秘境のエリアに誤りがあるかもしれませんので、予めご了承ください。

今回は西日本編です。
東日本編はこちらです。

島根|玉造(にっぽんの温泉100選2021:16位)

島根半島北岸

所在地:大社町・平田市・松江市・鹿島町・島根町・美保関町

広域でこのエリアにいろいろな施設や自然があり今回の紹介が適切ではないかもしれません。
かつての信仰の場が秘境100選に選ばれている所も多いので、今回は出雲信仰に関する内容をピックアップします。

一帯は出雲信仰と相俟って、古くから信仰の地としても著名である。
特に美保神社、出雲大社を始め、日御碕神社、佐太神社など出雲信仰にまつわる古社が多い。
さらに島根半島自体も、その成り立ちが国引き神話として語られている。
-出典:ウィキペディア

出雲大社から日御碕神社まではバスで約30分程度です。

最近であれば、松江にあるベタ踏み坂が秘境と呼ばれるかもしれませんね笑

岐阜|飛騨高山(同26位)
長野|扉(同84位)

野麦峠

所在地:高山市・松本市

秘境はどの時代から由来しているんでしょうね。
地元の方々は違う印象をお持ちかもしれませんが、自分にとってはノンフィクション作品で、あの歌手(タレント?)の映画で取り上げられた時代のイメージがあります。

明治の初めから大正にかけては、当時の主力輸出産業であった生糸工業で発展していた諏訪地方の岡谷へ、現金収入の乏しい飛騨の村々の女性(多くは10代の少女)が女工として出稼ぎのためにこの峠を越えた。
この史実は、1968年に発表された山本茂実(やまもと・しげみ)のノンフィクション『あゝ野麦峠』で全国的に有名になった。
ー出典:ウィキペディア

今回改めて調べてみたところ、観光協会のページに「お助け小屋」が紹介されていました。
もっと前の、江戸時代頃に由来するのかなとも思ったのでこちらも紹介します。

江戸時代に高山が天領となってからは代官が往来に利用したほか、越中富山の薬売りが各地に出向く際にも利用された。
しかし、峠道は厳しく、幕府は願い出を受けて天保の頃に頂上に「お助け小屋」を設置した。
ー出典:ウィキペディア

こんな小屋が作られるほど大変だったのかと思いますが、なんか秘境感は薄れるような気もしますよね笑

今も残る「お助け小屋」はこちらです。

岐阜|飛騨高山(同26位)

五箇山(ごかやま)・白川郷

所在地:富山県南砺市・白川村・高山市

白川郷はみなさんご存知なので今回は五箇山について取り上げてみます。
白川郷とともにユネスコの世界遺産に登録されましたが、恥ずかしながら五箇山の名前を今回初めて知りました。
なお世界遺産に登録されたのは相倉合掌造り集落(上の画像)と菅沼合掌造り集落です。

赤尾谷、上梨谷、下梨谷、小谷、利賀谷の5つの谷からなるので「五箇谷間」となり、これが転じて「五箇山」の地名となった。
この名称が、文献に出てくるのは約500年前、本願寺住職第9世光兼実如上人の文書が最初である。
これ以前には、荘園時代に坂本保、坂南保、坂上保、坂下保、坂北保の5つの領に区別し「五箇荘」とも呼んだ。
この五箇と呼ばれる地名は全国に約120ヶ所程度あると言われ、中国の故事より「五を一括り」を由縁とするらしい。
日本で「五穀豊穣」や「五人組」「伍長」との語句などである。
平家の落人伝説が「五箇」が多いとの所以は、「五箇」が山間地に多いことや落人が山間に逃げることから源平合戦の近隣の地域に伝説が多い。
ー出典:ウィキペディア

平家の落人伝説ともつながる名前なんですね。
この五箇山もその伝説が残っているそうです。

相倉合掌造り集落の公式サイトはこちらです。

すごいです…

徳島|祖谷(62位)

祖谷

所在地:三好市

ここも平家の落人伝説が残っているんですね。

祖谷渓は吉野川支流の祖谷川にあり、全長は10kmにも及ぶ。
高さ数十~100mの高低差もさることながら、降水量も多いために樹木が生い茂り、隔絶された深山幽谷の景観を擁する。
また一帯は平家の落人伝承がある隠れ里(地理学的には隠田集落)として名高く、日本三大秘境を謳う地であり、山麓にへばりつくように住宅が点在する。
ー出典:ウィキペディア

秘境100選とは別に「日本三大秘境」があります。
三大秘境はこの祖谷以外に前述の「白川郷」、宮崎県「椎葉村(しいばそん、秘境100選では「椎葉の里」)」だそうです。
そして祖谷、椎葉村とも平家の落人伝説が残っています。
白川郷とともに秘境100選に選ばれている五箇山にも落人伝説が残っているらしく、もしかすると白川郷もその可能性があるのかもしれませんね。

祖谷渓はこちらです。

山梨|河口湖(同73位)

青木ヶ原樹海

所在地:南都留郡富士河口湖町

知名度も高く、イメージしやすい秘境かもしれませんね。
さまざまな都市伝説も生まれたことからの秘境感でしょうか。
もちろん、「にっぽんの温泉100選×日本の秘境100選~東日本編」で登場した笹谷峠や前述の野麦峠のように厳しい環境からの事故も影響しているのかもしれませんが…

今回は有名な都市伝説についてのみピックアップしてみます。

「方位磁針が使えない、電子機器が狂う」
方位磁針が使えないというのは俗説である。溶岩の上にできたので地中に磁鉄鉱を多く含み、方位磁針に1・2度程度の若干の狂いは生じるが、俗に言われているように「方位が分からなくなる」ほど大きく狂うものではない(方位磁針は、人が立った状態で正しく胸の位置に持っていき使用すること)。

「樹海の中ではデジタル時計の表示が狂う」
「車の計器や放送機器に異常が発生する」
科学的根拠のないデマである。同様に「GPSも使えない」という俗説もあるが、これは比較的低性能の機器を使用した際に、密生した樹木にGPS衛星の電波が遮られるためであり、高性能のGPSやQZSSの機器は正しく機能するし、また磁鉄鉱とは無関係である。携帯電話がつながらないというのも、樹木で電波が遮られるためであり、近年は移動体通信事業者の基地局が設置されて、つながりやすくなっている。

「飛行機が上空を通過すると計器が乱れるため、飛行禁止とされている」
民間機の飛行が制限されるのは、自衛隊・在日米軍の基地が近く、横田ラプコンのエリアとして指定されているという軍事上の理由と、山岳波という特殊な乱気流からであり(1966年にはこれが原因で英国海外航空機空中分解事故が発生している)、樹海の存在とは関係がない。
-出典:ウィキペディア

富山|宇奈月(同47位)

黒部峡谷

所在地:黒部市

祖谷同様の峡谷の厳しい環境から選ばれているのでしょうか。
日本三大峡谷に選ばれていて、他は新潟県の清津渓谷、三重県にある大杉谷です。
大杉谷は「大台ケ原・大杉谷」として秘境100選にも選ばれています。

一帯は古くから人が踏み入るのを拒む秘境であり、江戸時代でも加賀藩が国境警備と森林管理のために立ち入りを禁じ、黒部奥山廻り御用の役人が見回っていたに過ぎなかった。
明治時代になると一般に開放され、峡谷を横断する有料道路(立山新道)が開通したほか、遠山品右衛門が平の小屋(後に黒部湖造成により水没)を建てるなど人の出入りが増え、多くの登山家たちが黒部を目指すようになった。
中でも冠松次郎は精力的に峡谷を探検したことで「黒部の父」と呼ばれている。
-出典:ウィキペディア

黒部峡谷といえばトロッコ電車が有名ですね。
このBlogの「温泉 Trip+」でも何度も登場しています。
いつもイベントの内容ばかりを調べていたので知らなかったことがありました。

なんと黒部峡谷鉄道は関西電力の子会社だったんですね。
関西電力のロゴが黒部峡谷鉄道のロゴにも使われています。

滋賀|おごと(同79位)

竹生島(ちくぶじま)

所在地:大津市他

秘境と呼ばれる要素がいくつもありそうですね。

歴史①
中世には竹生島は西日本の地震に関する聖地とされていた。『渓嵐拾葉集』によれば、竹生島は大地の最も深い場所である金輪際から生え出た金剛宝石の柱であり、仏陀が正覚した時に座していた金剛座である。故に、この地の本来の地主権現は釈迦如来である、としている。また、島には弁の岩屋と呼ばれる龍穴があり、そこから現れる竹生明神という魚龍(大鯰)が島を7巡りするようにとぐろを巻き、尾をくわえて島を鎮めているという。

歴史②
古来、信仰の対象となった島で神の棲む島とも言われ、奈良時代に行基上人が四天王像を安置したのが竹生島信仰の始まりと伝わる。南部には都久夫須麻神社(竹生島神社)、宝厳寺(西国三十三所三十番)がある。竹生島神社は、明治の神仏分離令に際して弁才天社から改称した。竹生島は神仏一体の聖地であったことから、分離の際には少なからず混乱があったようである。ちなみに、竹生島弁才天は江島神社(神奈川県 江の島)・ 厳島神社(広島県 厳島)と並んで日本三大弁天のひとつに数えられる。

湖底遺跡
北側の対岸である葛籠尾崎の沿岸や竹生島との間には湖底遺跡(葛籠尾崎湖底遺跡)がある。最大で水深70mほどの湖底から、漁師の網に引っ掛かるなどして約140点もの土師器・須恵器や土器が、ほぼ原形をとどめたまま引き揚げられている。これらの製作年代は縄文時代早期から弥生時代、さらに中世まで幅広い時代に及ぶと考えられている。
ー出典:ウィキペディア

個人的には湖底遺跡が他にはない秘境感を感じますが、そうだと島は選ばれないかもしれませんね汗

かなり北に位置しています。

熊本|阿蘇温泉郷(同84位)

阿蘇

所在地:阿蘇市・南阿蘇村他

詳しい秘境のポイントが不明なため、秘境を感じるところが多すぎて難しいですね汗

阿蘇神社もあれば、秘境七滝など名前そのままです笑
そして、南阿蘇村の地獄温泉も秘境感ありますしね。

そんな中から今回は最初の写真の押戸石の丘、そして上色見熊野座神社を取り上げてみます。

押戸石の丘
古代人の祈りの場所だったと言われています。それを表すように、ピラミッドの形をした「巨岩石」やシュメール文字が刻まれた「鏡石」、日時計の役割があったとされる「はさみ石」など、人工的に配置された石がいくつも点在しています。また、石には一つひとつ磁力があり、「太陽石」の裏側では方位磁石がグルっと一周まわる現象も。360度大パノラマの絶景とともに、大自然のパワーが体感できます。

上色見熊野座神社
「異世界への入り口」とSNSでも話題になった、神秘的な神社です。神殿に続く参道沿いには、97基の石灯籠が並び、苔生した緑色の世界に陽が差し込む光景はとても幻想的。神殿を抜けると、伝説が残る巨大な縦横10mの大風穴“穿戸(うげと)岩”が出現。
ー出典:熊本県公式観光サイト

こちらが上色見熊野座神社です。

※温泉100選では阿蘇内牧温泉、阿蘇赤水温泉、白水温泉、栃木温泉、垂玉温泉、地獄温泉、湯の谷温泉を阿蘇温泉郷としてまとめています。

大分|長湯(同95位)

坊がつる

所在地:竹田市

今回、初めて名前を知りました。

坊ガツル(ぼうガツル)は、大分県竹田市にある標高約1,200mの高さに広がる盆地・湿原。
九重連山の主峰久住山と大船山等に囲まれており、阿蘇くじゅう国立公園に含まれる。
坊がつる、坊ヶつる、坊ガツル、坊がツル、坊ヶツルなどとも表記する。
名称の「坊」とは寺院(久住山信仰の中核である法華院。現在の法華院温泉)、「ツル」は「水流」で川のある平らな土地の意で、つまり法華院近辺の湿地帯といった意味の地名である。
-出典:ウィキペディア

カタカナ表記もあるそうで、地元の方々はどの文字を一番使うのか知りたいです。

標高の高い場所に湿原があるのが日本では稀で、野焼きを行うことで高山植物が守られてきたという点も秘境感を感じます。

竹田市は他にも特徴ある歴史、施設がいろいろと残っていますね。

和歌山|南紀勝浦(同99位)

熊野古道

所在地:紀伊半島広域

もはやコメント不要ですね。

このBlogでも「日本の道100選」「日本の滝」「残したい日本の音風景」「名水百選」の西日本編に登場します。
画像は「日本の道100選」に登場する大門坂です。

最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございます。

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