制約を科学する①第1部(制約とは何か)-1(小説「ザ・ゴール」:ボトルネックを徹底活用する5ステップ)
「制約を科学する」連載が始まります。
TOC(Theory Of Constraints)の基本は、いうまでもなく制約(Constraint)をどう扱ってゆくかという事ですが、今回はその基本に立ち返って、「制約」とはいかなるもので、どういった性質を持ち、どう徹底活用してゆけば良いのかという事を順々に考えてゆきたいと思います。
TOCを開発したエリヤフ・ゴールドラット博士(1947-2011)は80年代初頭、「業務やシステム全体の能力(パフォーマンス)は、能力が一番弱いプロセス(=制約:Constraint)によって決まる」という考えを提唱し、分業を前提としたオペレーションも物理的な「制約」に同期させるようにし、これをTOC(制約理論)と名付け普及したのが始まりです。
私は生前のゴールドラット博士のセミナーを聞く機会が何度もありましたが、博士は何度も「想像してごらん、もしも何も『制約』がなかったとしたら、企業の売上や収益はどこまで伸びるだろうか、もしかしたら宇宙の果てまで行ってしまうかもしれないね・・でも実際そうならないのは、何か・・『制約』があるからなんだ」と熱心に教えてくれたことを想い出します。
その後、TOCは進化を続けて、今では図のような領域をカバーする統合的な経営改革手法に発展していますが、「制約(Constraint)」をどう取り扱うかという部分はまったく変わりません。制約を正しく認識して、スループットが最大になるように徹底活用すること、これが基本だということです。
実はTOCが難しいのは・・・この制約を「正しく捉えて、徹底活用」するという行為を、日々実行し続けなくてはならないからなのです。別の言い方をすれば、TOCはTheory of 「Constraints」であって「Constraint」ではない、要するに制約は移り変わるものだということを認識しなくてはならないのです。
制約(Constraints)とは何?
ではあらためて制約とは、を基本の「キ」から説明しますね。
制約(Constraint)を、正確に定義すれば、「システムや組織のスループット(全体の収量や利益)を決めている、具体的(Tangible)に定義できる(存在している)実体」です。この「制約」の定義はゴールドラット博士が主張する前からあった、いわゆる「原理」ですから、説明したように基本的に不変です。
ただ、読者の皆さんは、下の模式図が出てきたところで「これは工場の話だから、私には関係がない」と思ってしまってはいないでしょうか。
思考プロセスを日常的に使って問題解決を行う方々にとって、TOCのConstraint(制約)はどういった意味を持つのでしょうか。ゴールドラット博士は、問題とは「対立」であるとは教えていますが、制約=対立であるとは教えていませんし、組織に横たわる慢性的な問題を解決して改革を行う場合に、スループットを大きくできなければ、その改革は成功したとは言わないはずです。
私は、このように手法を活用する場面毎に、TOCという手法が違って見える事が大きな問題だと思うのです。なぜそうなのかといえば、特に教える側が、制約を徹底活用するという「具体例」を教えていないことが原因なのではないでしょうか。組織の中でTOCを活用する基本は、制約をリアルタイムに認識(Identify)して徹底活用(Exploit)すること、これはTOCの「基本原理」だと理解して下さい。
ですから、クラウドを書いて対立を解くのがTOCだとか、DBRがTOCの本質だとか、プロジェクト管理でタスクボードを使うのが決められたお作法だとか、というような議論は全くナンセンス。
繰り返しますが、制約を徹底的に活用するのが、TOCの基本。DBRやCCPMのようなフローのカイゼン手法や、対立をウィンウィンで解いてゆく「TOC思考プロセス」も、そのための手段の一つである。このように、区分を明確にしてゆくことが、TOCを活用して持続的な成果を上げていくうえでとても重要だということを改めて認識して欲しいのです。
世界のTOCはもっと進んでる
TOCの総本山である、TOCICO(International Certification Organization)が発行するTOCのバイブル、「TOCハンドブック」では、DBRやCCPMなど、ゴールドラット博士が開発したTOCソリューションのみならず、あらゆる方法を使って制約を徹底的に活用することを推奨しています。
要するにTOCフロー・アプリケーションと呼ばれるDBR、S-DBR、CCPMや、DBM(ダイナミックバッファーマネジメント)や、問題解決の手法である思考プロセスなどは、制約を徹底活用するというTOCのごく一部に過ぎないんだという事が良く分かるように書いてあります。
そしてその上で、制約をどのように「徹底活用」できるかという具体的な度合いによって、得られる(実現可能な)スループット(利益)は大きく変わるという事が世界のTOCでは常識になっているのです。制約を徹底活用するという行為は皆さんが想像しているよりも、はるかに奥が深いもの。ここからは皆さんと順々に制約の徹底活用方法について確認して行きましょう。
制約(Constraints)を徹底活用する
TOCのバイブルは、1983年に出版された「小説ザ・ゴール」です。主人公のアレックス・ロゴは、ユニコという企業の若手工場長。しかし業績の上がらない工場を、三ヶ月で劇的な改善を成し遂げられなければ閉鎖するという通告を受け取って、困っています。アレックスと部下たちは、アレックスの大学時代の恩師である、ジョナの教えに従って、制約(Constraint)を見つけ、徹底活用して工場の劇的な改善を成し遂げ工場閉鎖を阻止するという物語です。
ゴールドラット博士は「小説ザ・ゴール」でアレックス・ロゴ達が実行した改善を、以下の5つのステップとして提示しています。
TOCの基本原理はこの事なんだ、という事をしっかりと頭に叩き込んで下さい。ゴールドラット博士本人は結構色々な事を話したり、教えたりしています。しかし、どう考えてもこれ以上の「原理」はないと思います。
分業を前提とした「組織」の中で、最大のスループットを上げるためにどう「カイゼン」して行けば良いか、制約がスループットを決めているわけですからどう徹底活用すれば良いかに集中して考えること、これが一番なんです。
もちろん分業は工場のような機械設備でも、製品開発のような「知的な人的作業」でも、どちらでも適用可能ですし、そう考えると知的な人間作業の「徹底活用」などというのは極めて奥が深い「カイゼン」なのです。例えば、スティーブ・ジョブスが伝票入力を行っている、って・・決して「制約」の徹底活用とは言えない、どちらかといえば壮大なムダではないでしょうか。
ここからザ・ゴールに話を戻して、継続的改善の5ステップを具体的に見ていきましょう。まず、ステップ1「制約を見付ける」で、アレックス達は、NCX10という、ネック工程(制約)を見つけました。
そして、次にアレックスたちがチャレンジしたのは、ステップ2「制約の徹底活用」、つまり、ネック工程であるNCX10を最大に動かす事でした。具体的にはボトルネック工程が作業員の昼食休憩に合わせて停止していたものを組合と交渉し稼働させたり、ボトルネック前で製品検査を実施して、ネックに不良品が流れ込まないようにしたりして、徹底的にNCX10がスループットを生み出し続けるようにしました。
続く、ステップ3「制約以外を制約に従属させる(Subordinate)」というのは、最少の工程内仕掛り(=最短の生産リードタイム)で生産を行うための重要な「ルール」で、制約(ネック工程)以外は通常モードではネック工程の能力以上の仕事をせず、敢えてネック工程と同じだけの仕事量で抑えるという教えです。
ステップ3「従属」の次は、ステップ4「制約を強化する」。ここでアレックス達は、速度は遅いけれどNCX10と同じ加工ができる、中古で安価な設備を導入していました。
ステップ4の「能力向上」とステップ2の「徹底活用」の違いは、まずはステップ2で制約の徹底活用を行って、これ以上能力が引き出せなくなったところで、初めて設備投資など、お金を使って(投資)でも制約の能力を向上させるのがステップ4である、という事です。
最後のステップ5「惰性に注意してステップ1に戻る(Inertia)」では、ステップ4までの改善を実施した結果、制約がもはや制約ではない、つまり、制約が移り変わっている可能性があることに着目します。「ザ・ゴール」では、制約が工場からマーケットに移り変わって、また次の継続的改善が始まっていました。
さて、ザ・ゴールで紹介された施策でどのくらいスループットが増えたかを仮に考えてみると、昼休みの稼働延長で、1日8時間(480分)の中で、60分稼働延長した事で12.5%生産量を増やすことができます。見かけの生産性を引き上げるために、売れないものも抱き合わせで生産する「まとめ生産」の廃止で約10%程度のスループット増加、ボトルネック前で検査して不良が流入しないように対策、ネック設備を優先して停めないようにするオペレーションなどの施策でもう10%程度の増加、さらに速度は遅いけれどNCX10と同じ加工ができる旧型設備の導入で10%とすると、合計42.5%ですから、ざっくり言って40%程度の生産性(スループット)向上が見込める計算になります。
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