君何処にか去る 第一章(2)
四
ありがたいことに、無明は酒が入っても乱れなかった。口の利き方は相変わらずであった。
「六〇年安保のときには、どこにいた」
「名古屋だ。生まれてから小中高に大学、勤め先、みな名古屋だ。この齢になるまで、住まいはあれこれ移ったが、名古屋から出たことはない」
「儂とは正反対だな。儂はいろんなところへ流れた。おたくからすれば、儂の一所不住が不可思議だろう。儂からすれば、おたくの定住が不可思議だ」
無明は、こちらのコップに酒を注ぎたした。俊雄は反論も問いも控えた。目の前の男