「シーホース三河をテーマにした曲を制作したい」2人のアーティストはなぜ、シーホース三河に夢中となったのか
プロスポーツチームが、地域の企業や団体、教育機関、アーティストなどとコラボレーションすることは少なくありません。シーホース三河も「地元」をキーワードに活動を続けています。
今回、三河出身の2人組ロックバンドK:ream(クリーム)がシーホース三河をテーマにした楽曲「Echoes -共鳴-」を書きおろしてくれました。
この楽曲は、我々から制作を依頼したのではなく、K:reamさんの意思で行動に移してくれたのです。今回はライターの初野正和さんに、制作に至ったストーリーを取材していただきました。
今回特別に「Echoes -共鳴-」の歌詞も掲載させていただきました。音楽にご興味のある方、シーホース三河を知らない方にもぜひご覧ください。(シーホース三河note編集部)
なぜ、シーホース三河に夢中になったのか
シーホース三河とK:reamの出会いは2021-22シーズン前まで遡る。新シーズンに向けてアリーナで使用する楽曲を検討していたとき、三河出身のアーティストK:reamの名前が挙がった。シーホース三河の演出スタッフ・福澤は「K:reamの音楽性はもちろん、地元出身のアーティストで、現在も三河を拠点にして活動している点もポイントでしたね。ホームコートMCの小林拓一郎さんに相談し、紹介してもらいました」と話す。最初のオファーがあったときのことをK:reamの2人、内川 祐さん(以下、内川)と鶴田龍之介さん(以下、鶴田)はこう振り返る。
「正直に言えば『ウィングアリーナでライブさせてもらえるかな』くらいの感覚でした。ところが、練習試合を見学させてもらって、その日のうちに2人ともファンになってしまって(笑)」(内川)
「コンタクトがあったときは嬉しかったですね。同じ三河で活動するプロスポーツクラブからの依頼は光栄でしたし、僕たちも地元を盛り上げたいと思いました。ただ、シーホース三河の存在は知っていましたが、僕たちの情報は『アイシンはバスケが強い』で止まっていたんですよね。クラブがどんな活動をしているのか、どんな想いを持っているのか、アリーナがどんな雰囲気なのか、まったく知りませんでした」(鶴田)
2人がシーホース三河のファンになるのに、多くの時間は必要なかった。今では欠かさず試合をチェックし、プライベートでシーホース三河のホームゲームを訪れることも多いそう。取材中もさまざまな話題が出た。選手のこと、チーム事情のこと、そしてどれほどシーホース三河が好きかということ… 。彼らが口にする話題は熱狂的なブースターそのものだった。それにしても、なぜここまで夢中になったのか?
「少年漫画みたいじゃないですか。選手一人ひとりが特別な個性と能力を持っていて、それぞれにドラマがある。相手とのライバル関係もある。誰を主人公にしても面白いストーリーができてしまう。その構図が好きなんだと思います」(内川)
「バスケットボールという競技が単純に面白いですよね。そして、開場から閉場まで、アリーナがひとつのエンターテインメントの空間に感じたからです」(鶴田)
昨シーズン、試合後のアリーナで流れるエンドロール楽曲にK:reamの「See The Light」が採用された。K:reamの楽曲を全曲聴いて、演出チームがこの曲を希望した。ダイナミックだが癒しを与えるような美しいメロディは、荘厳で、幻想的で、アリーナに心地よい激闘の余韻を残した。そして、たとえ敗北を喫しても次につながる光が見つかるようなメッセージも…。ホーム開幕戦で初めてアリーナで流れた「See The Light」を耳にしたとき、「(この曲とアリーナの雰囲気が)本当に合っていた」と内川は言う。まるで曲自身が探していた居場所のようだった。
実は、筆者も「See The Light」に魅せられた一人だ。アリーナで流れた歌声が耳に残り、誰の楽曲か気になって調べて、そうしてK:reamの存在を知った。私のように「See The Light」からK:reamを知ったブースターもいれば、K:reamからシーホース三河を知ったファンもいるだろう。
楽曲を制作する上でもっとも苦しんだこと
最初の出会いから時間は流れ、チームスタッフが2022-23シーズンの演出について相談していたときのこと。K:reamから「シーホース三河をテーマにした曲を作りたい」と相談を受けた。
「今シーズンもK:reamと何かできないか検討していました。そんなときに相談を受けて。アーティストサイドからの申し出は私たちとしても初めてのことで、それなら私たちもできる限り協力したいですし、いい形でブースターの方々に届けたいと考えました」(広報スタッフ:渡邉)
シーホース三河と出会い、魅了され、夢中になり、クラブをテーマにした曲を作りたい…2人が想いを行動に移すのに迷いはなかった。海外の試合や他チームで使われている曲を参考にし、K:reamのフィルターを通してどう表現していくか試行錯誤した。
「どうすれば音の部分でバスケの疾走感を表現できるか、バース部分の出だしのリズムは特にこだわりました。シーホース三河の試合やアリーナを体験したから表現できる音楽もあって、僕たちもすごくいい影響を受けています」(鶴田)
しかし、完成するまでに制作期間はおよそ1年を要した。最後まで2人を苦しめたのは〝メッセージ〟だった。「本当にこの歌詞でいいのかずっと悩んでいました」と振り返る。
「これまでは自分のことをテーマにして歌詞を書くことが多かったんです。でも、最初に書いた歌詞を見て『これでいいのか?』と疑問が生まれてしまって…。クラブの曲、選手の曲、ブースターの曲なのに、自分の気持ちを歌っているだけに思えたんですよ。ずっと葛藤があって…」(内川)
自分たちから手を挙げたのに、このままでは完成しないかもしれない――。
危機感を覚えた2人は広報スタッフに相談して、選手と対談する機会を設けてもらった。チームスタッフも迅速に対応した。プロバスケ選手はどんなメンタリティを持っているのか、チームとして何を大切にしているのか、選手と対話を続けた。結果、その時間が2人をある答えに導いた。
「アーティストが胸に抱えている苦しさや孤独感、それはプロバスケ選手と通じる部分があったんです。選手一人ひとりが異なるメンタリティを持って、個人としても戦っている。本当に激しい競争と過酷な戦いだと思うんです。でも、チームとしてつながれる。さらにスタッフの方やブースターの方も加わって、アリーナでひとつになる。音楽も同じです。好みも背景も異なる人間が集まって楽曲を制作していく。そして、ライブでお客さんとひとつになる…。自分の中から生まれた言葉は間違っていなかったと気付きました」(内川)
タイトル「Echoes -共鳴-」に込めた想いとは
タイトルの「Echoes -共鳴-」について、鶴田は「まず、内川が歌詞を書き上げて、そこから見つけました。反響と共鳴、相反するような言葉をつなげました」と説明する。選手各々が持つ個性やエナジー、さらにスタッフ、ブースターの声や想いが反響して、一つに共鳴していく。2人の心をゆさぶった〝アリーナ〟という空間を表現するのに最適解と思えるタイトルだった。
一足早く、対談に参加した細谷選手と長野選手に「Echoes -共鳴-」を聴いてもらった。2人は「自分たちの曲を作ってもらえることに喜びを感じます」と前置きし、細谷選手は「アップテンポで、響く歌詞もあって、乗っていける曲に感じました」と、長野選手は「『背中を押す声が翔ける翼へと変わった』と『背中を押す声が輝ける強さへと変わった』の歌詞が刺さりました」と感想を述べた。
また、福澤や渡邉をはじめとしたチームスタッフも「ここまでクラブのことを考えてくれていることに感動しました。そして、本当にシーホース三河のことを理解してくれているメッセージが詰まった楽曲でした。すぐにでもスタッフ全員に聴かせたい」と手放しで喜んでいた。
どうして三河で活動を続けているのか
2021年にメジャーデビューを果たしたK:reamは、これまでに名古屋や東京で活動する機会があったはずだ。しかし、現在も生まれ育った三河を拠点にして活動している。
「もちろん、三河が好きですし、地元を盛り上げたい気持ちもあります。でも、正直なところ、すごくこだわりがあるわけではないです。ただ、制作の環境を考えると今の状態がK:reamにとってベストと感じていて」(鶴田)
「若い頃は有名になりたいとか売れたいとか、そうした気持ちをぼんやりと持っていました。でも、大人になるにつれて、本当に大切なことは何か考えると、『いい音楽を作り続けること』にたどり着いたんですよね。それを基準にすると三河になりますよね。僕たちのベースですから」(内川)
全国での認知度、街の規模、地域のコンテンツ…。「三河」という地域に対して小さな劣等感があることは彼らも否定しない。他の地域へ遠征などに行った際、面倒な説明を避けるために「名古屋から来ました」と自己紹介することもあったそう。しかし、そうした考え方は変わりつつある。
「お世辞じゃなくて本心なんですけど、シーホース三河と出会って『三河にこんなにもかっこいいチームが存在するんだ』と思いました。三河に誇れるものが見つかった感覚です。僕たちも地元のスターで終わるのではなく、もっと結果を残して、自分たちが有名になって、三河のことを知ってもらいたい。『名古屋から…』じゃない。どこへ行っても『三河から来ました』と胸を張りたいですね」(内川)
『Echoes -共鳴-』はまだ〝完成していない〟と言う。「2019年の11月です。メジャーデビュー前、APOLLO BASE(※現在は閉館したライブハウス)でワンマンをやって、初めて僕たちのライブがSOLD OUTしました。本当に最高の空間で『ここから始まるんだ』と希望に満ちた日でした」と内川は振り返る。
その直後にやってきた新型コロナウイルス。未知のウイルスと出会い、すべての人たちが困難に直面した。特に、スポーツや音楽など、エンターテインメントの世界に身を置く人たちにとって、その影響は計り知れないほど大きかった。
「いい思い出として残っていますけど、あの日のライブで味わった感覚はもう忘れてしまいました。それがずっとわだかまりとして残っています。たくさんのファンやブースターの方と一緒に歌って、そのとき初めて『Echoes -共鳴-』が完成すると思うんです。僕たちは大声でみんなが歌っている姿を見たい。反響と共鳴を味わいたい。そんな日が訪れることを心から望んでいます」
12月17日琉球ゴールデンキングス戦より「Echoes -共鳴-」はホームゲーム会場でお披露目され、特別な演出も予定されている。K:reamの想いに応えたい、演出スタッフの計らいによるものだ。また2023年からはエンドロール楽曲として使用されることが決定した。アーティスト、クラブ、そしてブースターにファン。シーホース三河に関わる人たちによって完成した「Echoes -共鳴-」をぜひ、アリーナで聴いてほしい。
(執筆:初野正和)