日本一のSaaS!サイボウズはなぜ蘇ったのか
サイボウズとは、高須賀宣氏、青野慶久氏、畑慎也氏によって愛媛県松山市で1997年に創業されたグループウェア販売会社である。
その後3年でマザーズ上場、2006年に東証1部に上場。
現在は売上高がおよそ150億、社員数も連結で750名程度いるバケモノ企業である。
今やSaaS企業のなかで売上高が日本一、いまだに成長率20%と今後の未来も明るい。
ではサイボウズはなぜこれほどまでに大きな成功を収めたのか。
その歴史を紐解くと、サイボウズの優れた戦略と苦悩の時期が見えてくるーーー
そこで今回はサイボウズのこれまでを3つに分け、その戦略と停滞からの脱却を見ていこう。
創業期(1997〜)
サイボウズは1997年に「サイボウズOffice」というグループウェアをリリースし、その後1年で売上5900万円、利益は1300万円と圧巻の数字を出し、いきなりの黒字決算。2期目には売上3億1900万円、経常利益7900万円と破竹の勢い。
当時はMicrosoftやIBMのLotus Notesなど大手競合が存在し、勝てる見込みがないと思われていたグループウェア事業に参入し、大きな成功を収められた理由はなんだろうか。
当然ながら要因の全てを網羅することはできないため、個人的に大きな要因と考えた二つをご紹介する。
一つ目がマーケティング戦略、二つ目がプロダクトの優位である。
当然90年後半のインターネットブームも要因の一つであるのは間違いないが、サイボウズ側でコントロール不可能なので扱わない。
(1)マーケティング
まずサイボウズの成功要因の一つにマーケティング戦略がある。
ここではマーケティング戦略を①プライシング、②広告戦略、③ペルソナ設定と細分化し、それぞれを見ていく。
①プライシング
まず「サイボウズOffice」の魅力はその価格の安さである。
当時のグループウェア大手であったMicrosoftなどの十分の一程度の価格にしている。これには、斬新な広告戦略による営業コストの削減が影響している(後述)
ちなみに「サイボウズOffice」のパッケージ版は19万9000円であった。
これは青野氏がサイボウズOfficeの導入を考えるであろう人間の決済上限が20万円程度だろうと予測したからである。
また導入の心理的ハードルを下げるために2ヶ月の無料期間を設定したり、機能ごとに買うことのできるオプションを導入している。
このようにプライシングやプライシングに関する施策をペルソナに合わせることで急速に導入が進んだ。
②広告戦略
広告戦略にはサイボウズの特徴が如実に出ている。
ほとんどの広告宣伝費をネット広告のみにつぎ込んだのである。
toB向けの商品をネット広告に出すのは当時としては珍しかった。
ネット広告に費用を注ぎ込んだことに対して青野氏は、
なぜ、そんなことをしたのかというと、ソフトウェアってすぐにコピーされるでしょう。
弊社の製品も、同じ画面や機能を持つ模造品がいっぱい出回っています。売れ始めるにつれて、そういうケースが増えてきたので、とにかく早く自社のブランドを構築しないと生き残れないという危機感が強かったんです。こっちはせいぜい十数人で新しいものを開発しているのに、100人規模の会社に真似されたりしたら、たまったものじゃありませんからね。
広告・宣伝費に売上の半分を充てても、自分たちの会社を大きく見せて、ブランドと安心感を確立することを優先したわけです。
“経営の神様”の言葉を胸に日本一から世界一へ | 青野慶久さん
と述べている。
また、ネット広告を運用することでデータを元に広告の効果を測定することができた。これにより効果的な宣伝ができるようになったのだ。
ネット広告への集中とその効率性によって広告費を抑え、製品の価格を抑えることに成功したのである。
③ペルソナ設定
最後はペルソナ設定である。
当時の競合であったMicrosoftやLotusNotesは情報リテラシーが高く、高度なレベルのコミュニケーションを目的に使われていた。
しかし青野氏らは普段のコミュニケーションに使うツールで使い勝手のいいものはないということに気づき、情報リテラシーの低い人でも使えるようにわかりやすく、かつ機能を絞り、インストールも簡単にすることで中小企業への導入を促進を狙った。
ただダウンロードはインターネットを通じてしかできなかったため、ネットに少しは詳しくないと導入できない。エンドユーザーはリテラシーが低くてもいいが、導入を決める人はリテラシーが高くないといけなかったのではないかと推測する。
また実は中小企業の導入はそこまで多くなく、大企業の支社や事業部などに導入されることが多かった。
(おそらく中小企業はインターネットが普及しきっていなかったのと、コミュニケーション、情報の共有へのモチベーションが高くなかった)
とはいえ、シンプルさや操作の容易さが評価されたのは間違いないだろう。
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以上のようにサイボウズは①プライシング、②広告戦略、③ペルソナ設定という3つのポイントでマーケティングを成功させたのではないかと考えられる。
(2)プロダクトの優位
続いてプロダクトの優位である。
プロダクトの優位は要因を大きく2つに分けられる。①シンプルさ②導入の容易さ、の2つである。
それぞれを見ていこう。
①シンプルさ
従来のグループウェアは複雑かつ操作が難しく、マスが使うにはハードルが高かった。
しかしサイボウズofficeはシンプルさにこだわった。コアな機能に絞り、大掛かりなアプリケーションになることを避けたのだ。
こうすることで情報リテラシーが低くても使いやすく、ダウンロード時にも過度な負荷が掛からずにインストールできたのである。
②導入方法
サイボウズOfficeの導入方法は青野氏らがこだわった点である。
リテラシーが高くないユーザーでも導入しやすいようにと、ソフトをダウンロードしてからインストールするまでの工程を簡潔にしたのである。
これには青野が前職で情報担当者だったことが影響している。自らの経験から担当者がどの機能が欲しくてどこにペインを感じるかを把握していたのである。
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このようにプロダクトのシンプルさと導入の簡素さを武器にサイボウズOfficeはユーザーを獲得していった。
創業期まとめ
以上のように、優れた戦略と優れたプロダクトで急速に業績を伸ばし2006年には東証一部上場を果たす。
だがその後、サイボウズは伸び悩みを経験するーーー
停滞期(2006〜2010年頃)
2006年〜2010年頃まで、サイボウズは伸び悩む。
この停滞にはいくつかの要因が関係している。
一つ目が製品の特質。二つ目がM&Aとマネジメントの失敗である。
それぞれ見ていこう。
(1)製品の特質
初期の「サイボウズOffice」はパッケージ版での販売であった。
パッケージ版だと、一度買ったら新しいバージョンは買わない、という特質があった。
実際に青野氏はインタビューで、当時の顧客が何世代も前のバージョンを使っていたことに驚いたという。
この状況を打破するために、バージョンアップやユーザーサポートなどの保守を行う保守契約などサブスクリプションモデルを試した。
しかし、ユーザーは無料で使い続けることに満足いていたため、売上回復への効果はなかった。
(3)M&Aとマネジメントの失敗
2005年以降、サイボウズは様々な会社を買収してきた。
M&Aをしたことによって売上高は100億円まで膨れ上がったが、子会社の想定以上の赤字によって業績を2度下方修正した。
また当時サイボウズはベンチャー気質のまま大きくなっていったため、従業員のなかで齟齬が生じ、離職率が15〜20%と高く推移してしまう。
実は2005〜2006年に社長が高須賀氏から青野氏に代わった時期で、経営体制の不安定さも影響していた。
このようにM&Aの失敗や社長交代と急成長による組織の崩壊が停滞を発生させたのである。
停滞期まとめ
以上のように製品の特質とM&A、マネジメントの失敗がサイボウズの停滞期を引き起こしてしまった。
売上も伸び悩み、株主からの風当たりも強くなる中、ここでサイボウズにとって最大の転換期が訪れる。
クラウドの登場だーーー
クラウド転換期(2011〜2014年)
2011年11月、サイボウズはkintoneを含む企業向けクラウドサービス「cybozu.com」をリリースする。
SaaSへの転換である。
下記画像を見て欲しい。
この赤い部分がクラウドでの売り上げである。
この画像を一目見るだけでサイボウズのSaaS移行の成功がわかるだろう。この移行の成功が今のサイボウズを作ったと言っても過言ではない。
そこで下記ではサイボウズがクラウド転換で成功した要因を解説していく。
クラウド転換期の成功要因は大きく3つに分けられる。
⑴kintoneのリリース、⑵転換のタイミング、⑶パッケージ版の既存製品を残した、である。
それぞれ見ていこう。
(1)kintoneのリリース
まずPaaSと呼ばれる領域に属するkintoneのリリースである。
これまでの主力製品であったサイボウズOfficeがソフトウェアであるのに対し、ソフトウェアの一つ上のレイヤーにあるプラットフォーム業界に参入した。
これが刺さり、業績も下記画像のように伸びている。
サイボウズは初期の頃にアメリカに進出して失敗した。これはアメリカにチームワークを高めるという考えがなかった、ということに起因している。
サイボウズはこの反省を生かし、文化に依存しないプロダクト作りを進めた。その結実がkintoneである。
プラットフォームであれば各企業ごとにカスタマイズでき、国や地域の文化の差に左右されずに使ってもらえる。
このようにグローバル展開の点でもkintoneは優れたプロダクトだ。
また、kintoneのエコシステムを広げていっていることも現在の成功や今後の伸長に貢献していくだろう。
kintoneのパートナー企業(サイボウズ製品を通して顧客に付加価値サービスを提供する企業をパートナーと認定し、パートナーとサイボウズが相互協力を行うためのプログラム | HPより)を着々と増やし、kintone経済圏を増やしている。
また他サービスとのAPI連携、JavaScriptの拡張機能の充実などによるエコシステムも拡大している。
最後に、kintoneは価格の面でも非常に優れたプロダクトといえる。
ライトコースなら1ユーザー780円とAmazonやSalesforceなどよりも安い価格に設定している。
この価格設定により利用企業数を着実に伸ばしている。自治体に導入されることも少なくない。
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このように既存製品を一つ飛び越えた存在であるkintoneの成功はサイボウズにとって非常に大きな成功要素である。
青野社長もkintoneに自分の仕事人生を賭けるというほどであり、今後の動向も期待される。
(2)転換のタイミング
既存製品をクラウド化するタイミングは非常に重要だ。
早すぎると先行投資がかかり過ぎてしまって大きな損失を被る。また遅すぎると競合に先を越されてしまう。
実は2008年ころからサイボウズはクラウドの可能性を確信していたが、実際にクラウドに本格転換したのは2011年頃である。(サイボウズLiveは2010年、cybozu.comは2011年)
これには3つの理由がある。
一つ目がサーバー代の下落である。これによってもとを取れる目処がたった。
二つ目が基盤構築に強い人材の確保である。
青野氏は「大学で分散コンピューティングをやっていた優秀な学生を集めてクラウドの開発をしてもらった。その結果、低コストのクラウドの開発が可能となった」と話している。
また、「既存製品に関わったエンジニアもとても優秀だった。」とも話している。
三つ目がMicrosoftのクラウド化である。
「世界的企業であるMicrosoftがクラウド化に踏み切ったことでサイボウズもクラウド化に踏み切れた」、と青野社長は語っている。
(3)既存製品のパッケージ版を残した
サイボウズは全てをクラウド化することなく、パッケージ版の製品も残した。
当然クラウド版へ乗り換える人や新規顧客はクラウド版を購入したが、パッケージ版の売り上げはあまり下がらなかった。
このおかげでパッケージ版製品で作ったキャッシュをクラウド製品に投資するというサイクルができたのだ。
実際に青野社長は「社内では「サイボウズOfficeがキャッシュカウの位置付けにあり、それで生み出したキャッシュをクラウドサービスに投資していくいいサイクルができている(2016)」と語る。
クラウド転換期まとめ
以上のように、kintoneのリリース、転換のタイミング、パッケージ版の既存製品を残したことの3つがサイボウズのクラウド化を成功に導いた要因だと推測する。
まとめ
いかがだっただろうか。
SaaS日本一と聞くと右肩上がりの企業であるかのように感じるが、以上で見てきたように様々な紆余曲折を経て、今の地位を築いたのである。
また、あまりに多く語られているように感じたためこの記事では言及を避けたが、サイボウズは働き方改革の観点でも注目を集めている。
働き方改革と、SaaSという最前線を走るサイボウズから今後も目が離せない。
参考文献
サイボウズ 代表取締役社長 青野 慶久様 | 日経MM
インタビュー:青野 慶久さん(サイボウズ株式会社)
プレジデントビジョン サイボウズ株式会社 代表取締役社長 高須賀宣氏 『広告が打てないと、この商売は立ち上がらないんじゃないか 』
青野慶久 パソコンおたくのクール社長がチームワークに目覚め、熱血社長に変わった理由
サイボウズ株式会社 代表取締役社長 青野 慶久
検証!話題の製品!サイボウズOfficeシリーズマーケティング研究・サイボウズ高須賀宣
プレジデントビジョン サイボウズ株式会社 代表取締役社長 高須賀 宣 氏 『 自分自身が満足できることをやりたい 』
2年でユーザー2000社を獲得。顧客中心の商いに徹する| 高須賀氏
インタビュー:青野 慶久さん(サイボウズ株式会社)
サイボウズ株式会社 代表取締役社長 青野 慶久上場後に待っていたのは,ビジネスモデルの崩壊だった
2008年度決算説明会資料
赤門マネジメント・レビュー 12 巻 7 号 (2013 年 7 月) 537 〔研 究 会 報 告〕コンピュータ産業研究会 2013 年 4 月 23 日
1リーダーズインタビュー 青野慶久氏
サイボウズのビジネスモデル転換
サイボウズの歴史から学ぶ! 世界展開に必要なビジネスモデルの条件
クラウドベンダーとして念願のNo.1 IT部門を変革し、デジタルシフトを支える
日経 xTECH Specialkintoneとfreeeの連携を成功させる鍵は「krewData」だった
事業説明会資料 | サイボウズ
サイボウズ、「kintone」の新たな販売戦略を発表、SIパートナー拡充を狙う
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