身近なバイアス③:「事情通の話」を信じる心理(利用可能性ヒューリスティック)
登場人物 ドクター紅(くれない):ナッジの魅力に気付いた公衆衛生医師。竹林博士:ナッジの面白さを伝えるのが大好きな研究者。
竹林博士:人間はストーリーとして一貫している話が大好きで、特に疲れたときには、根拠のない説得的なメッセージに影響されやすくなります。紅先生もそういう経験はありませんか?
紅:ワイドショーのコメンテーターもストーリー立てて話すのが上手いから、すぐ信じたくなりますよね(笑)。
竹林:研究者は確率で物事を具体的に捉えます。例えば「この治療法で効果あった人が全体の30%いたが、丁寧に検証した結果、偶然の影響が推定60%、重篤な副作用の出現率が5%」という具合です。
紅:正しい表現ですね。
竹林:ここで、「この治療法で効果が出た」だけを取り出して、「でも政府が使わないのは、外圧に屈したからだ」というフェイク情報を加えると、どうでしょうか?
紅:事情を知らないと、ストーリーがつながって腹落ちするので、「政府はけしからん!」ってなるでしょうね(笑)。
竹林:このようにフェイクでもストーリー仕立てにすると心地よく受け入れてしまうのです。さらに、人間は自分が直接聞いた話を信じたくなる心理があり、この「使いやすい情報をもとに判断する性向」を「利用可能性ヒューリスティック」といいます。
紅:ヒューリスティック?
竹林:「(経験則による)近道の解決法」のようなイメージです。ヒューリスティックスが強い人の場合、どんなに科学的に丁寧に検証した研究でも、友達が話すエピソードやフェイクニュースに勝てないことも多いのです。
利用可能性ヒューリスティックが強いと、聞いたことのある情報をもとに判断してしまうので、根本的な解決から遠ざかることもあります。
紅:でも、思いつきや思い込みのおかげで、斬新的な発明になる可能性もありますよね。
竹林:確かにその確率はゼロではないです。でも、人間のバイアスは斬新的な改革よりも現状維持が大好きで、エビデンスに基づく改革もヒューリスティックによって無力化してしまうこともあるのです。次の事例を考えましょう。交通事故で死亡した人は年間3,215人(2019年)。これに対して受動喫煙で亡くなる人は推定15,000人です。
紅:はい、だから受動喫煙対策には交通安全対策の5倍の予算をかけてもいいはずですよね。
竹林:ですが、利用可能性ヒューリスティックが強いと、その議論が起きません。この記事を見てください。※政治的意図はありません。
「私はもう50年、タバコを吸い続けています。そしてわが家でも、自由にタバコを吸い続けておりまして、子どもが4人、孫が6人、一切誰も不満は言いませんし、みんな元気に頑張っております」(議員の言葉)…これは、どんなに強力なエビデンスが示されても利用可能性ヒューリスティックが勝ってしまう好例かもしれないですね。
紅:なるほど。声の大きい人の意見が通り、エビデンスが軽視されてしまう危険性をはらんでいるのですね。
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もっと詳しく学びたい方は、「ファスト&スロー」(カーネマン)がお勧めです。