身近なバイアス①:一定方向にズレる
登場人物
ドクター紅(くれない):ナッジの魅力に気付いた公衆衛生医師。
竹林博士:ナッジの面白さを伝えるのが大好きな研究者。
竹林:人の脳には直感と理性の2つのシステムがあります。直感は、巨大で判断が速く、働き者で、本能的で、力が強いです。直感は、よく象に例えられます。
紅:象って動きが速いの?
竹林:象は歩く速度が時速30~40㎞になります。象を飼いならすのが難しいように、感情もコントロールが難しいのです。
紅:感情のことは、小犬のようにとらえていましたが、実は象のようなイメージなんですね。
竹林:これに対し、理性は「賢い調教師」のイメージです。この調教師は象をコントロールする役割があるものの、普段は隠れており、象だけでは手に負えない場面で出現します。ただ、調教師の出現には時間もエネルギーも必要で、さらに力が弱いので、象が大暴れすると手に負えないこともあります。
紅:理性に頼りっ放しはできないのですね!
竹林:このため、直感が日常判断を担当することで、脳に負荷をかけずに瞬間的に判断を下すことができます。一方、その代償として、一定の確率でエラーが生まれやすくなります。このエラーのことを「バイアス」と言います。世界の研究から、バイアスには規則性があることが判明しました。
紅:規則性って?
竹林:例えば、被験者4人に180cmの人を遠くから見てもらい「身長を推測してください」と質問すると、169cm、179cm、181cm、190cmといった風に回答はバラつきますが、平均すると180㎝に近いものになるものです。
ただし、ここで「この人はバスケのスター選手です」という情報を与えると、4人は195cm、198cm、200cm、205cmと高く見積もります。このように「一斉に同じ方向にズレていく傾向」がバイアスです。
紅:なるほど!バスケ選手だと知ると、一斉に身長が高いと考えてしまう。これがバイアスのイメージですね。
竹林:この方向性が判明したことで、「この状況でこの刺激が加わると、こう反応するだろう」と予測できるようになりました。D.アリエリーの「予想通りに不合理」という本は、人間のバイアスとそこから予想できる反応を解説した本です。
紅:あのタイトル、そういう意味だったのですね!
竹林:例えば、コロナ下では次のようなバイアスが見られます。
①ワイドショーのコメンテータは専門家ではないとわかっているにもかかわらず、その意見をつい信じてしまう。(ハロー効果、単純接触バイアス)
②「感染リスクを避ける行動をしなさい」と他人に忠告するけど、自分は飲み会に出かける。(楽観性バイアス)
③SNSで「それっぽい情報」を見つけると、裏付けも取らずにシェアしてしまう。(確証バイアス)
紅:確かにこれは「予想通りな不合理な行動」ですね(笑)。
竹林:ただし、バイアスはあくまでも心理の傾向で、全員の行動を完璧に予測できるものではなく、特に理性によるセルフコントロール(自制)が効いている場合はバイアス通りの行動にならないことも少なからずあります。
そして、バイアスは人間らしさの証であり、バイアスがあるからこそ、人間はここまで生存できたという面もあります。ただ、現代の社会環境に比べ、人間のバイアスはあまり進化しておらず、古代からアップデートされていない脳のシステムのままだと、命に関わるくらいズレた行動をしてしまうこともあります。
ここで、バイアスをよく知り、うまく活用できると、人を望ましい行動へと動かすこともできます。
紅:バイアスとのうまい付き合い方が大切なのですね!
竹林:バイアスを踏まえて、ついそうしたくなるように促す設計が「ナッジ」です。
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もっと詳しく学びたい方は、「ファスト&スロー」(カーネマン)、「ヘンテコノミクス」(菅俊一ほか)がお勧めです。
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