ナッジ研究者がお答えします#25:常識を疑うということ①
【質問】「常識を疑え」という言葉を聞きます。しかし、常識を知らずに皆に迷惑をかける人が多く、常識の大切さが軽んじられすぎている風潮に違和感を覚えます。
常識の持つ意味
大勢の人は「常識には従いたい」と考える傾向にあり、それゆえ質問者様が常識がない人を好ましく思わないのも、ごもっともです。
ここで、常識との関係を「進化」と「行動経済学」の切り口で考えていきます。進化の段階で、集団の常識の順守は不可欠でした。大昔は集団で活動しなければ食料を確保できず、また、個人だと敵に襲われるリスクも高かったと推測されます。このため、集団に従うことを重視する心理(同調効果)に長けている人が、より高い確率で生き延びたとも考えられます。「集団の常識」は生存を左右する存在だったのです。
さて、文明は急速に進み、現在は命の危険が激減しました。一方で人の脳はゆっくりとしか進化できません。同調効果は依然として残り、現代人は今でも常識を守ろうとするのは、本能的なものです。
同調効果は強まると、時に同調圧力となり、相手の選択権を奪うこともあります。人は選択肢を奪われると、反発したくなるものです(心理的リアクタンスと言われる現象)。一方、「これは常識だ」と言われた瞬間、脳のメカニズムが作用し、面と向かって反論しづらくなります。結果として、屈辱を感じたまま議論が終わることが多いです。これで納得できるといいのでしょうが、人は終わった時の感情をずっと引きずってしまう傾向があります(ピークエンドの法則)。その意味で、「そんなの常識」と言って、相手をねじ伏せるのは、相手に強烈な不幸度を与える可能性があります。
さらに同調圧力は、個人の意思決定を大きく歪める可能性があります。20世紀はカルト宗教による集団自殺や独裁国家におけるホロコーストといった悲劇が何度も起きました。集団自殺をした信者は、強い自殺企図があったのでしょうか?生存者は「反対する人も少なからずいたが、順番に自発的に毒を飲んだ」と証言しています。つまり、個人の本来の意思に反して、でも強制されることなく、自殺という選択をしたのです。この一因として、同調圧力の存在が挙げられます。
私たちは、コミュニティの常識の下、良心に反した行動をしたりさせたりしてしまうかもしれないのです。だからこそ、常識や同調が正しい方向に向いているのかの批判的な検証が必要なのです。
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