第3回:「タレントマネジメント」とは何なのか?
第3回のテーマは「タレントマネジメント」です。このタレントマネジメントという言葉は、タレントマネジメントシステム導入が盛んになった、2010年頃からよく聞かれる様になった言葉だと私は感じています。
このタレントマネジメントとは一体何なのか。私の理解を先にお話しします。タレントマネジメントとは「ポジションの管理」であり「サクセッションプラン管理(後継者計画管理)」です。IT企業の方々の中には「??」と思った方も多いのではないでしょうか。これは第1回と第2回でお話しした、「外資系タレントマネジメントシステム導入の失敗」や「グローバルグレード」と合わせて考えると理解が深まると思います。
それでは始めます!
1.海外ではポジションを管理する
私が日本企業におけるタレントマネジメントの話を聞いた際に抱いた違和感は、「タレントマネジメント」という言葉が曖昧に使われており、具体的な行動や目的が明確でないことです。たとえば、「タレントマネジメントをやりたいけど何をすれば良いかわからない」「タレントマネジメントは各社によって捉え方が違う」という声をよく耳にしました。
冒頭でもお話ししましたが、(私の理解では)タレントマネジメントとは「ポジションの管理」であり、「サクセッションプラン管理(後継者計画管理)」です。組織を持続可能に運営するため、各ポジションの職務を定義し、その後継者の状況を管理する。具体的には、各ポジションの後継者が誰で、そのポジションに必要なスキルや経験、資格やタレント(才能・能力・資質)は何で、次のポジションに就くためにどの程度準備ができているのかを可視化します。
この可視化があるからこそ、その職務の後継者に不足しているものを特定し、研修やOJTで補う計画を立てたり、登用まで時間がない場合は外部採用を検討する判断が可能になります。
さらに、職務定義が明確だと、昇進・昇格の基準が透明化され、採用プロセスも効率化されます。これが「ポジションを管理する」ことの本質であり、タレントマネジメントの最大の強みです。
2.スポーツチームの運営に例えてみる
企業組織の運営を、スポーツチームの運営に例えると、タレントマネジメントの本質がイメージしやすくなります。ここでは野球チームで例えてみます。
⚫︎ 野球チームを運営するためのポジション
プロの野球チームにはチームとしての大きな目標(優勝など)があり、それに向かって運営されていますよね。ポジション構造を例に挙げると、以下のように整理できます。
全体運営のトップ:オーナーや球団社長
チーム運営設計:編成部長
集客・PR:広報部長
現場管理者:監督
現場の指導:コーチ陣
競技のポジション:ピッチャー、キャッチャー、ショート、など9つのポジション
さらに、9つのポジションの中にもレギュラーや控えというポジションがあって、ピッチャーには先発・中継ぎ・抑えというポジションがある。先発ピッチャーの中にも1番手(エース)と4番手のポジションにはそれぞれ違った職務の責任や求められるスキルがあって、当然年俸も変わってくる。
打順も1番から9番まであって、チームの運営方針によって同じ4番バッターであっても、A球団とB球団では求められる責任やスキルは変ってくるでしょう。当然必要なタレント(才能・能力・資質)も変わってきます。とあるチームでは、「遠くにボールを飛ばせる(才能)」「ミートするのも上手い(能力)」「右バッター(資質)」が4番バッターに求められるかもしれません。ですが、同じ4番バッターでも、チームの運営方針によっては異なるタレントが求められるかもしれません。
⚫︎ 職務を定義するから野球チームの運営ができる
職務の定義が明確だから、その4番バッターが他チームに移籍したり、怪我をしても、はたまたそのシーズンで引退したとしても、後継者の管理をして組織が健全に運営される準備をしている、みたいな感じですね。多くの方がご存知の通り、全く同じメンバーで翌年戦うなんて球団は皆無です。それでも球団は運営される。理由は人ではなくポジションを管理しているから。つまり「サクセッションプラン管理」をしているからです。サクセッションプラン管理が上手い球団は、後継者候補を2軍で鍛えるのか、はたまた1軍で試合で使いながら育てるのか、それともトレードやFA、外国人獲得で埋めるのか、など上手に管理・運営しているのだと思います。
逆にサクセッションプラン管理が上手にできていないと、「世代交代に失敗した」「育成が下手」「FAばかりに頼ってる」みたいなことをファンから言われちゃいますよね。
こうして見てみると、「タレントマネジメントをやりたいけど何をすれば良いかわからない」という声や、「捉え方が違う」という言葉は、タレントマネジメントの本質である「ポジション管理」や「サクセッションプラン管理」が正しく理解されていないことから生じているのだとわかります。
※なお、私はスポーツチーム運営の経験はありません。本記事では、わかりやすい例えとして挙げています。実際の運営とは異なる部分はあると思います。
3.職務の定義なくしてタレントマネジメントはできない
職務記述書(Job Description/JD)は、ポジションを定義し、管理する上で欠かせない基本要素です。職務を定義し要件を明確化することで、スキル管理や報酬設計、人材開発、昇進・昇格、採用といった多くの施策が可能になります。実際JOB型を取り入れる決断をした企業では、JDを整備してグローバルグレードを導入されることが多いです。
私がタワーズワトソン在職中は、コーポレートガバナンスコード対応の一環として、役員層に対するJDの整備や職務評価(グレーディング)に基づく報酬体系の導入を支援するケースが多くありました。その後、こうした取り組みは管理職層にも広がる動きを見せていました。あれから数年が経っていますので、この動きは急速に広がっているのかもしれません。
これが実現されると、後継者育成の必要性や昇格基準の透明化といった課題に直面し、タレントマネジメントを自然と導入せざるを得ない状況が生まれるでしょう。
4.日本企業が海外のタレントマネジメントシステムをやめた理由
2010年前後、多くの日本企業が海外のタレントマネジメントシステムを導入しました。しかし、その結果はどうだったでしょうか。数年後には、多くの企業が利用を断念する事態を何社も見ました。なぜこのような結果になったのかについて触れていきます。ポイントとなるのは、海外のタレントマネジメントシステムが「組織ありき」「ポジションありき」が前提になっていることです。
海外の企業では、各ポジションの職務定義や要件が明確であることはもちろん、日本企業でよくみられる「兼務」の概念もありません。また、評価制度や運用も非常にシンプルです。直属の上司が部下を評価し、その評価結果に基づいて報酬を決定し、昇進・昇格も判断します。上司はチームの予算管理まで担うため、非常に強い権限と責任を持っています。
また「レポートライン」という概念が非常に強く、評価も上司部下の一対一で行われます。報酬管理も、JOBグレード内で定められた報酬レンジ内で上司が行い、昇進・昇格の判断も上司の責任で行います。いわゆる「バジェット(予算)管理」まで管理職が責任を負うわけです。
一方、日本の大手企業では、一般社員の評価は係長・課長・部長と複数段階で行われ、部下の報酬や昇進を上司が一人で決定するケースはまれではないでしょうか。このようなプロセスは、個々の管理職に大きな権限を与える海外の仕組みとは根本的に異なります。例えば営業部門であっても、営業部長は営業目標の管理はしていると思いますが、部下の評価を1人で下していることはないでしょう。ましてや部下の報酬を部門の全体予算を見ながら決定する、そこまで権限を渡されている部門長はほとんどいないはずです。
このように、組織運営や評価のやり方が根本的に異なるため、海外のシステムをそのまま導入しても日本企業の運用にはフィットしないのです。
実際、「グローバル人材の可視化」をテーマに導入が進んだ2010年前後、結局日本の大手企業が手に入れたのは「グローバル人事台帳のWeb版」に過ぎないケースが多く見受けられました。ポジションの定義や要件が不明確なため、スキルやトレーニングプランも曖昧になり、運用が頓挫してしまったのです。
5.評価ワークフローのシステム化はタレントマネジメントではない
日本企業が「タレントマネジメント」を実現しようとするとき、よくある勘違いを紹介します。代表的なもののひとつは、「評価システムの導入」=「タレントマネジメント」と見立ててしまうことです。
タレントマネジメントの本質は、「ポジションの管理」と「サクセッションプラン管理」にあります。これは、将来的な経営リーダーや専門職を育成・配置するための計画であり、評価システムはその計画を支える一つの手段にすぎません。評価のワークフローをシステム化すること自体が目的ではなく、あくまでタレントマネジメント全体の流れの中で位置付けられるべきもの、というのが私の考えです。
日本企業がこうした勘違いに陥りやすい背景には、タレントマネジメントの概念そのものが日本の組織文化に馴染みにくいという側面があります。年功序列やチーム重視といった文化が根強く残っているため、個人のスキルやキャリアパスに焦点を当てるタレントマネジメントの概念が馴染みにくいのが実情です。また、評価プロセスのシステム化は比較的手を付けやすい施策であるため、ついそれだけで「タレントマネジメントをやっている」とみなしてしまうことも少なくありません。
そうならないためにも、まず「タレントマネジメントとは何なのか」ということをきちんと把握することが重要だと私は思います。これを抜かして「我が社もタレントマネジメントをやるんだ!」となると、冒頭にお話しした「タレントマネジメントをやりたいけど何をすれば良いかわからない・・・」という言葉になってしまうのです。
多くの日本企業はメンバーシップ型ですから、海外のタレントマネジメントの概念はそのまま当てはまりません。ですからタレントマネジメントを行うのであるならば、「自社流のタレントマネジメント」を各社ごとに見つけて取り組む必要があると私は思っています。そしてこれがとても難しいので、各社苦労されているのです。
次項ではそこに触れたいと思います。
6.日本企業流のタレントマネジメントはないのか?
「タレントマネジメントとは何なのか」ということを理解した上で、日本企業ではタレントマネジメントはできないのか、ということについて考えてみます。超個人的には、方法は3つあると思っています。
JOB型へ移行する
その企業流のタレントマネジメントを見つける
番外編:海外人材を人事部門のTOPに配置する
1.JOB型へ移行する
JOB型への移行は、すでに日立製作所や富士通などの有名企業で進んでいることは、ネットで検索すれば多くの情報がヒットします。たとえば日立製作所では、Job Description(JD)を整備し、ほぼすべての社員をJOB型へ移行する取り組みを進めています(参考:Business Insiderの記事)。また、多くの大手企業はコーポレートガバナンスコードへの対応で、役員層では職務定義や要件の整備、そして役員登用の明確化などが進み、JOB型への移行し始めています。
JOB型へ移行すれば、ポジションごとの定義や職務要件が明確になるため、タレントマネジメントの基盤が整います。例えば、将来のリーダー育成やスキルマッチングがやりやすくなるでしょう。
ただし、完全なJOB型移行は少し時間がかかると思われます。当面の間は、JOB型に移行した役職者以上とそれ未満で、運用を変えて管理する企業も多くなると思いますし、実際この運用で取り組んでいる企業は多いと思います。
2.その企業流のタレントマネジメントを見つける
しかし、仮にある役職者以上をJOB型に移行するにしても、全社員を対象とした完全移行はすぐにはできないでしょう。また、JOB型を全く取り入れない判断をする企業もあると思います。そういった場合、その企業流のタレントマネジメントを見つける、ということになります。
これが難しいんですよね。端的に理由を言うと「各社ごとに正解がある」から。「そりゃそうだろ!」と思うかもしれませんが、この認識が甘いケースが多いな、というのが私の印象です。気づいている企業は、下記で述べますが「エース級人材」をすでに配置しているのです。JOB型であれば世界を見渡せば事例はたくさんありますが、事例をそのまま使えない中で模索するので本当に難しい課題なのです。
私が実際に、「上手くいきそうだな」と思う企業にはお会いしたことがあります。いろいろな失敗を経験して、方針を固めて取り組み始めた、または取り組み中の企業ばかりなので、明確な結果までは出ていません。でも、そんな中でも光っている企業はありました。私の超個人的見解で上手くいきそうだな、と感じた企業には3つの特徴があります。
とびきり優秀な方が担当している
「適材適所」がテーマになっている
過去にタレントマネジメントシステム導入の失敗を経験している
⚫︎とびきり優秀な方が担当している
IT企業にいると「業務を効率化して空いた時間で創造的な仕事を!!」みたいな標語が2000年代前半から使われてきましたが、あれから四半世紀近く経って私が感じていることは「業務効率化をしたら創造的な仕事ができるのか、というとそんなことはない」ということです。
特に前例がない、事例をそのまま使えない、まさに自社流のタレントマネジメントを考えるのは難題です。第1回で紹介した事例では、他部門から統計分析の高い専門性を持った人材を人事部門に引っ張ってきていました。他の会社でも、その企業で最も強い事業ラインの人事部門の方を本社の人事部門に戻して取り組んだり、過去に役員人事に携わっていたような方を配置したり、いわゆる「エース級」の方が陣頭指揮をとられています。
⚫︎「適材適所」がテーマになっている
表現の仕方は各社それぞれなのですが、結局のところ「適材適所(への貢献)」がテーマになっていることが多いです。確かにその通りで、シンプルに言えば事業をより効率的に、より大きく推進するために、人材リソースを最大限に使えることが重要ですよね。ですから無理に「タレントマネジメント」なんて言葉を使わなくても良いのだと思います。
広義な意味で「適材適所(への貢献)」と捉えると、企業によってはだいぶ視野が広がるかもしれません。それこそ「人材の可視化」ですとか、誰がどんなスキルを持っているかを可視化する「スキル管理」など、過去に導入してみたが思った効果を発揮できなかったツールやシステムが、一気に有用になるかもしれません。実際、事業再編などが起こると、事業ラインのTOPは初めて管理する事業会社が増えたりします。すぐに把握したいことは色々あると思いますが、その中に「人の情報」「スキルの情報」があってもおかしくないですよね。
⚫︎過去にタレントマネジメントシステム導入の失敗を経験している
これも意外と共通していたりします。私が直接伺った言葉で印象的だったのは、「JOB型でもないのにタレントマネジメントシステムが合うわけなかった」というものです。この言葉が全てを表しているなと私は思います。
3.番外編:海外人材を人事部門のTOPに配置する
一部の日系グローバル企業では、日本本社の人事部門のTOPに海外人材が入っている場合もあります。こういった企業は、人事戦略が一気にグローバル化していくケースが見受けられます。
ただし、良くも悪くも「国籍関係なく、活躍できる人材に相応のポジションを与える」人事戦略を実行する傾向にあります。私が見聞きする範囲で言うと、グローバルの重要ポジションの多くを海外人材に取られてしまう、ということが起きている様です。これはタワーズワトソン勤務時代にたびたび聞いた話です。
7.次回へ続く
第3回は「タレントマネジメントとは何なのか?」をテーマにお話ししました。「タレントマネジメント」という言葉は、ここ10数年で頻繁に使われるようになりましたが、実際にその意味を正しく理解している人は多くないように感じます。
繰り返しになりますが、JOB型雇用でない限り、グローバルで一般的に言われている「タレントマネジメント」の概念をそのまま適用することは困難です。管理ルールそのものが異なる以上、それに合った独自の方法を見つけることが重要です。いかに「自社流のタレントマネジメント」を見つけるか、がポイントになるはずです。
次回は「報酬サーベイ/データ」をテーマに取り上げます。「妥当性の高いデータ」として、人事部門で最も活用されるデータの一つです。しかし日本企業では、役員層だけなど限定的に使われて、全社的に使用している企業は少ない印象です。基本的なことから、私が実際に見聞きしてきた活用事例まで、様々な角度で掘り下げていきます。興味のある方はぜひご覧ください。
⚫︎順次公開予定のテーマ
第4回:報酬サーベイ/データ
第5回:エンゲージメントサーベイ
第6回:タレントアセスメント
※テーマは変わるかもしれません。
⚫︎公開済みのテーマ
第1回:日本企業の人事部門に足りないのは「妥当性の高いデータ」
第2回:「共通のモノサシ」であるグローバルグレード
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