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境界線上で怪異が騒ぐ ― 闇に手を伸ばす祓い屋ープロローグ第1話ー

Case.1「廃校」―幽影が刻む記憶―

プロローグ

prologue 廃校―異界への序曲―Ⅰ


月の光がすたれた教室を静かにたし、かつて未来を夢見た子どもたちの影だけが、そこに取り残されているかのようだった。

"キーン...コーン...カーン...コーン..."

にぶく冷たい音が、廊下ろうかわたり、壁に反射しながら重く広がっていく。

その音色ねいろはどこか湿しめび、びついたかねたたかれるたび、古びた校舎の奥底おくそこひそむ何かを目覚めさせるかのようだった。

"キーン...コーン...カーン...コーン..."

まるで時間が引きばされたかのように、音の余韻よいんがゆっくりと耳に残る。

その響きは、ただ「放課後の終わり」を告げるはずの音とは違って、いつまでも続く気がして背筋せすじこおらせる。

一音、一音、何かを見透みすかすように、じわじわとしのる不気味な気配が、廊下の隅々すみずみみ渡る。


     *


事の始まりは、一体いつからなのかもわからない......古くから続く一つの変わった怪談話かいだんばなし

3月の頭、卒業の季節――。
早咲はやざきの桜が満開まんかいむかえ、新たな門出かどでに胸をはずませる若者たちの中で、この時期だけ特に話題となる怪談話がある。

そんな希望にあふれた季節に流行りゅうこうする、とある怪談話――

『廃校に現れる幽霊ゆうれい

「廃校で夜を明かしたら帰ってこれないらしいよ」

「校庭の片隅かたすみにある古い井戸。のぞき込むと誰かが手を伸ばしてくるって」

「夜の廊下ろうかを歩いていると、後ろから姿の見えない足音が付いてくるんだって」

日本各地に点在てんざいする廃校――。
少子化や統廃合とうはいごう影響えいきょうで増え続ける「使われなくなった学校」。

地域住民の記憶に深くきざまれた場所であると同時に、誰もいない空間くうかんが持つ不気味ぶきみさゆえに、いくつもの怪談話を生み出してきた。

その中でも、近年の廃校にまつわる噂話うわさばなしは他とは一線をかくし始めていた。

いわく――

卒業式前夜、学校を訪れたグループが次々と消えた。

トイレの鏡に映るもう一人の自分と目が合うと、引きずり込まれそうになる。

音楽室には“絶対に入ってはいけない”。中に入った者は帰ってこない。

これらの噂話うわさばなしは廃校のある地区にとどまらず、近隣きんりんの町にも広がっていた。

「どうせ怖くはない」

「幽霊写真?合成ごうせいだろうさ」

「幽霊なんているわけがない」

「そんなことより思い出作りに行ってみよう」

「なぁーに。よくある、どこにでもある、ただの作り話だよ」

これらは単なる都市伝説と嘲笑ちょうしょうする者もいる。

だが、そうして訪れた者たちが遭遇そうぐうした怪奇現象かいきげんしょう――それは単なる肝試きもだめしの範疇はんちゅうに収まるものではなかった。

誰もいない廊下に響く、不規則ふきそくひびく足音。

教室の窓に浮かぶ影――それはどこかこちらを見ているようだった。

閉ざされた教室の中かられ聞こえる話し声――だが誰もいない。

さらには、写真に写り込む“制服を着た生徒の影”――。

――体験者は語る。これらはただの"怪談"を逸脱いつだつしていった。

“それだけ”では終わらなかったからだ。

探索《たんさく》した者、撮影さつえいした者の中には、その後行方ゆくえ知れずになる者も後を絶たないのだ。

2017年
この廃校を訪れたグループがSNSえすえぬえすにアップした写真には、薄暗うすぐらい教室の奥に立つ人影が映っていた。

白いシャツに膝丈ひざたけのスカート――まるで学生のような姿だったという。

だが、よく見ると顔の輪郭りんかくはぼやけ、どちらを向いているのかさえ判然はんぜんとしない。

その写真はSNSを通して急速に拡散かくさんされ、「廃校の幽霊」として語りがれることとなる。

2021年
別のグループがこの廃校を訪れた際、誰かが撮影していたビデオカメラが校舎裏で発見された。

映像には、無人の廊下をゆっくりと歩く視点映像が延々えんえんと記録されていた。

やがて画面が暗転あんてんし、最後に映っていたのは教室の窓に佇む“影”――それだけだったという。

ありふれた、ありきたりな題目の怪談話に思えるかもしれない。

だが、これほど具体的な目撃証言もくげきしょうげん物証ぶっしょうが十年以上に渡り“繰り返される”怪談......いや、もはや怪異かいいと言うしかないものが、全国にどれだけあるだろうか?

そもそも廃校そう多くない日本において、これほどの噂を集め、近隣にまで広がる“流行”を見せているのは、果たして偶然なのだろうか?

いや――。
この『廃校を舞台にした噂』に限っては質も違えば、噂伝いに伝わってくる話の雰囲気から違う。

残された目撃写真の数々――その多くに同じ幽霊が映り込んでいるという事実。

限られた人間だけが把握している「行方不明者」達。

にもかかわらず、これほど語られながら、この怪談の“核心”にたどり着いた者は誰一人いない。

何故なら、この怪談話は“全国各地”なのだから。

まるで、伝承でんしょう神話しんわに近いものだ。

本当に、これはただの作り話なのか?

怖ろしい目撃情報も出鱈目でたらめで、映像も作り物だろうか?

はたまた陰謀論いんぼうろんや、都市伝説としでんせつたぐいであろうか?

それとも、この『廃校』には何か“別の意図”が隠されているのか?

そして、今夜。
新たに噂の廃校へと足を踏み入れる者達が居た。



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