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「暗黒面の寓話・#18:画面の向こうの彼女」

(Sub:白ワンピに黒髪ロングヘアーって男は好きだよね、、、!?)

僕の名前は “風谷(かざや)ノリオ“、プログラマーをしている。
今、僕には好きな女性がいる。
彼女は物静かで控えめだけど、しっかりと目標を持っていて、
それでいてどこか陰りのある女性だ。

彼女はひとりで動画配信をやっている女性で、
元々は一人でアナログ的な映像制作などをやっていたらしい。

けれど最近のデジタル技術やネットワーク技術に “彼女” だけでは対応できなくなってしまい、それらへ対応するための手伝いを、今、僕がやっている。

仕事を手伝っているけれど、実は僕はまだ彼女に “会ったことがない“。

会ったことがない女性を好きになるのは変かもしれないけれど、
そもそも、僕と彼女の出会いからして少し異常なんだ。

僕は、とある会社でネットワーク関連の仕事をしていたのだが、
そこがあまりにもブラックで、終わらないデス・マーチに心身をすり減らす日々を送っていた。

そして、とうとう限界が来てしまった僕は自分の人生を終わらせることを考え始め、そのための情報収集をするようになっていた。

“もう何もかもがイヤだ”、 “死んでしまいたい“、
“どうすれば簡単に死ねるのか?”
 
ネットの掲示板に書き込みをしているとき、“ある人物“ からRSEが届いた。

《何故、死にたいのですか?》

僕は、どこの誰かもわからない相手に自分の苦悩を話してしまった。
誰かに聞いてもらうことで、少しは気持ちが楽になると思えたから。

すると、その話の途中で ”その相手” が僕に質問をしてきたのだ。

《あなたはプログラマーですか?》

そうだと答える僕。

《”Java” は解りますか?》

“Java“ と ”Python“ が得意だと僕は答えた。

すると、

《もしあなたがわたしの仕事を手伝ってくれるなら、》
《わたしがあなたをその苦しみから解放してあげます》

というコメントが返ってきた。

すでにメンタルが限界になりつつあった僕は、藁にもすがりつく思いでその相手とチャットで連絡を取り合うようになっていった。

けしてRES(コメント)は多くはなかったけれど、何時だろうとRESを返してくれるその相手にいつしか僕はこころ惹かれるようになっていった。
そして “やり取り“ を重ねるうちに、その相手がどうやら ”女性“ であるらしいことが分かってきた。

僕は、“彼女” のことをもっと知りたくなってしまい、“彼女の仕事” を手伝うことにした。

“彼女“ は、これまで一人で動画制作を頑張ってきたらしいのだが、
最新のネットワーク技術に対応できずに困っていて、
それをなんとかしてほしい、というのが “その仕事” の内容だった。

僕は早々に元の会社を退職して、彼女の仕事を手伝うことにした。

僕の仕事は、彼女が製作した動画コンテンツをネット上に自動配信するボットを組むことと、この動画の再生が巷のセキュリティ・ソフトなどに阻止されないようにする “気の利いたJavaスクリプト” を構築することだった。

あいかわらず、ネット上のチャットだけのやり取りだけだったけれど、
惚れっぽい性格だった僕は、だんだんと会ってもいない彼女を好きになってしまった。

僕は、仕事にかっこつけて彼女のことをいろいろと知ろうとした。

“歳はいくつなのか”、 “何処に住んでいるのか”、
 “独身なのか”、 “恋人はいるのか”

《ゴメンナサイ、わたし ”陰キャ“ だから、自分の事を喋るの苦手で、》

それが彼女のRSEだった。 
そんな彼女の反応にも僕は親近感を覚えた。
僕自身も “コミュ症“ で、”もっとハッキリ話せ!“ とよく怒られていたからだ。

それでも彼女が ”一人でいる” らしいことがだんだんと解ってきた。
そして、彼女はいつも、

《あなたが、その力を貸してくれるなら、、》
《、、わたしがあなたの苦悩を終わりにしてあげる》

そう言ってくれる。
彼女のその “詩的” な表現が僕の心の琴線を一層振るわせるのだ。

実は、僕はまだ “彼女の動画” を見てはいないのだけれど、いま取り組んでいるボットが組み上がって自動配信が始まったら、実際に配信された動画でソレを見てみようと思っている。
なんでもその動画は、彼女自身が映っているイメージ・ビデオのような内容らしい。

いつも控えめで、“自称:陰キャ“ と言っている彼女が自ら動画に出演していたというのは少し意外だったが、ひょっとしたら ”何か辛い出来事” を経験する前の昔の彼女は明るい女性だったのかもしれない。
イメージ・ビデオに出演するくらいなのだから、きっと綺麗な人に違いない。
早々に仕事を完成させて、まだ見ぬ “彼女の姿” を一目見てみたいと思う。

そして今夜、件のボットとJavaのスクリプトがようやく出来上がった。
チャットでそう告げると、すぐに彼女からRSEが戻ってきた。

《あなたは約束を果たしてくれたから、今度はわたしの番》
《今度はわたしがあなたの苦悩をおしまいにしてあげる》

彼女は約束を覚えていてくれたのだ。
けれど、僕の苦悩はとっくの昔に解消されてしまっている。
自分に出来ることで “好きな女性” の力になれるのだから、
これほどの “やりがい” は他にはないだろう。

全てのコンテンツをサーバーにアップして、自動配信ボットが稼働を始めれば世界中に向けて彼女の動画が配信されて再生される。
僕の自信作の “壁越えスクリプト” は殆どのファイア・ウォールを突破するはずだ。

そして、時間になるとPCのブラウザが予定通りに “勝手に” 動画の再生を始めだした。
この瞬間、ネットに接続されている不特定多数のPC上で同時にその動画の再生が始まっているはずだ。

僕は、自分のPCのモニター画面に刮目した。

数秒のノイズ画面の後、そこには “古い井戸” の映像が映し出されていた。


《暗黒面の寓話・#27:夏が来る》へ繋がる


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