「暗黒面の寓話・#3:アテンダント」
(Sub:みなんが憧れたあのお姉さんの素顔は、、、)
「ゴメン、、やっぱり君と一緒には行けない」
テーブルの向こうの若者は申し訳なさそうにそう言った。
まだ少し幼さが残る小柄な青年だ。
「どうして?、わたしのことがイヤになったの?」
わたしは心の中で舌打ちしながら、マニュアル通りの長い髪を肩に流して聞き返す。
冗談ではない。 ここで降りられては今週末の便に間に合わない。
この3か月の苦労が無駄になってしまう。
この3か月、時間をかけて彼がわたしに好意を持つように仕向けてきた。
マニュアルでは直接的にオンナの武器を使うことは禁止されている。
だから、とても地道で面倒なやり取りを重ねながら彼の心を掴んできたのだ。
この週末、一緒に旅に出発すればノルマは達成したも同然のはずだった。
なのに、この小僧は土壇場になってビビってしまったらしい。
このままでは今週末の便に “穴“ をあけてしまう。
なんとか言い包めて彼をその気にさせなければならない。
規則違反だが、わたしは少しだけオンナの武器を使うことにした。
マニュアルがその類の行動を禁止しているのでわたしと彼はまだ清い仲なのだ。
わたしは彼の横に移動して彼の腕に躰を押し付け、
研修で習った “旅立ちを煽るセリフ“ を囁いてみる。
「あなたはこの荒んだ町を出て新しい世界を見たくはないの?」
「この暗い世界で一生を過ごしてもいいの?」
すると見る間に青年の瞳が輝きを取り戻し、わたしの手を握ってくる。
「そうだ、そうだった」、「僕はこの町を出たかったんだ」、
「一人になるのが不安で心が迷ってしまった」
「ひとりじゃないわ。わたしが一緒よ」
「そうだね、君が一緒なら何も怖くはないよ」、「行こう一緒に!」
その後、わたしたちは初めて口づけを交わした。
わたしは心の中でガッツポーズした。 危機は去ったのだ。
これで私たちは今週末の便に搭乗することができるだろう。
"銀河超特急・九九九(さんきゅー)号" は週に一便運航されている。
この列車に乗るのは基本的に一組のカップルだけだ。
たった一組のカップルを遠い星に送るためだけにこの長大な路線は毎週運航されている。
月に4便、年間では48便の ”九九九号” が運航され、
合計48組のカップルを毎年遠く離れた星に送り届けている。
”九九九号” に乗るのはわたし達アテンダントと勧誘された各地の少年達。
母星のコンピューターが選定した少年を現地に出向いて勧誘し、
自分の意思でその星までやって来させるのがアテンダントの役目。
無理強いすることなく自分の意思で故郷を離れさせ、
遠い星に赴くように仕向けるには時間がかかる。
だから毎週一人の対象者を ”九九九号” に乗せられるように複数のアテンダントが同時並行的に活動している。
アテンダントは3か月をかけて入念に対象者を勧誘する “プラン“ を練る。
次の3か月でその "プラン" を実行に移して対象者を勧誘する。
それから3か月をかけて ”九九九号” で対象者と共に母星に戻ってくるのだ。
その後、3か月の休暇をとってリフレッシュし、次のシフトに入る。
実に50人近いアテンダントが ”同時” に各地で勧誘活動に勤しむことで、
年間48便の ”九九九号” の運航を維持しているのだ。
だから一人ひとりのアテンダントの責任はとても重大だ。
もし対象者の勧誘に失敗して “穴” をあけてしまった場合、
”九九九号” は無駄に長大な距離を運航することになってしまう。
”九九九号” の莫大な運航経費から考えて、それはあってはならないことだ。
この重要な役割を果たすため非番や待機の者も含めると百名以上のアテンダントが存在しており、その筆頭は実に母星のプリンセスなのだ。
彼女はプリンセスの身でありながら自らもアテンダントの一人となって率先してこの任務を推進している。
(因みにわたしたちが使うマニュアルも彼女が作成したものだ)
辺境でくすぶっている少年達に手を差し伸べ、彼らが大人へと旅立つ手助けをする。
アテンダントは実にやりがいのある仕事だ。
アテンダントの養成所を卒業する時にプリンセスが訓示で言っていたように、わたしたちが導いた少年達は時が流れて大人になっても、けしてわたしたちのことを忘れることはないだろう。
わたし達は時の流れの中にいるオンナなのだ。
「暗黒面の寓話・#21:復路」 へ続く