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「暗黒面の寓話・#36:人形の家」

Sub:サイボーグになっても恋はする、、、

>バトゥーは生きた人形(サイボーグ)である。
>腕も脚も、その躰の全てが作り物。
>残されているのはわずかな脳と、一人の女性、草荻モトコの記憶だけ

「お茶がはいったぞ」

背後から不意に声をかけられて、バトゥーは思わず振り向いた。
いつものことだが、彼女は “義体のスキ” を突くのがうまい。

「おい!?、気配を消して近づくのやめろよ!」

バトゥーの背後には、ティーポットとカップをトレイに乗せた小柄な少女が立っている。

「なんだ不満か?、だらしなく呆けているオマエが悪いんだ」

少女はその可愛らしい外見とは裏腹に、棘のあるコトバをバトゥーに投げかけてくる。
だが、それはバトゥーにとってはなによりのものだった。

“少佐“ はもとより ”口が悪い“ のだ。
美しい外見をしていながら、その中に野生動物のような強さと猛々しさを宿している。
それでいて、どこか儚げな危うさのような心の揺らぎを見せることもある。
そんな強さと儚さの両面を併せ持っている少佐のゴーストにバトゥーは惹かれていたのだ。

 ************

かつて戦場や事件現場で幾度も修羅場をともにし、その都度、彼女の強さとしたたかさに舌を巻いた。

《 このオレよりもスゴイ ”義体使い” がいるなんて!?》

同じ全身義体のサイボーグとしてのレスペクトはいつしか好意になった。

だが、どう考えても “少佐” が、恋愛感情になど興味を持つとは思えない。
もし、そんな思いを僅かでも気取られたら “一巻の終わり“ に違いない。

だから、バトゥーは自分の思いを表にすることを諦めた。
表にすることは諦めたが、その思いを捨てはしなかった。
密かに思いを募らせ、自分なりにその発露をつくりあげていった。

表向きは信頼できる仕事仲間として振る舞い、プライベートでは彼女への思慕を燃え上がらせる二重生活を始めたのだ。

バトゥーは、密かに少佐そっくりの義体をつくり、彼女の人格をシュミレートする疑似人格プログラムを入力した。
金に糸目はつけず、時には職務上の特権も利用して、非合法な地下ビルダーへの依頼も多用した。

最初に出来た人形は、少々ぎこちなく “ツクリモノ感“ が否めなかった。
だが、それでもバトゥーは楽しかった。
“けして自分を振り向いてくれないひと“ の分身を創り上げるのだ。
ワクワクしないはずがなかった。

バトゥーは少佐の人形を創り続けた。
出来上がった人形を動かし、自分が感じた違和感や不満な部分を洗い出し、
次の人形製作にフィードバックしていった。

そうするうちに、バトゥーには ”ある思い” が芽生えてきた。
自分の知っている少佐ではなく、”自分の知らない少佐” に逢ってみたくなったのだ。

最初は、任務以外のプライベートの姿を見てみたくなった。
本物の少佐はけして着ないであろう、レースの白いワンピースを人形に着せたりした。
バトゥーは楽しかった。 

そして次は、自分の知らない自分と出会う前の少佐に逢ってみたくなった。
バトゥーは、高額な光量子コンピュータによるシュミレーションを駆使して、少佐の年齢を退行させた場合の容姿や人格をモデリングした人形を製作することにした。

最初は、現実の少佐よりも少しだけ若い設定の人形を作った。
今の彼女ほどグラマラスではない体型で、
今ほど達観した性格ではなく、それでいて素直ではない感じに。
バトゥーはとても楽しかった。

その次は、更に若い設定で人形を作った。
まだ大人の女性に成りきっていない線の細い少女体型で、
少しだけ反抗的だが、まだまだ素直さが残っている感じに。
バトゥーはスゴク楽しかった。

自分の知らない少佐のゴーストを追いかけるように、バトゥーは少佐の人形を作り続けた。
給与はもちろん、米帝時代に蓄えた資金も惜しみなく注ぎ込んだ。

いつしか、バトゥーのセーフ・ハウスには7歳から27歳までの少佐人形が揃っていた。
どの人形もみな愛おしかったが、あえてひとりを選ぶとするならば、、、
バトゥーのお気に入りは、13歳の ”草荻モトコ” だった。

その事実はバトゥー自身にとっても新鮮な驚きであり、新しい己の発見でもあった。

“ヤレヤレ、このオレにロリコン趣味があったとは、、”、
“まったく驚きだぜ!”、
“まあいいか!”、 “こんな人形創ってる時点でまともじゃないか!?”、

ひとり自虐しながら、バトゥーは人形と戯れる生活に入り浸っていった。

 ************

そして、、そんな時、、“あの事件” が勃発した。

《 人形遣い事件 》

稀代のハッカー:人形遣い
その実は高度に自己進化を果たしたAIプログラム。
そのAIが少佐との融合を求めて引き起こした一連の暴走事故。

その事件の顛末は、、、
ローカルの義体に追い込まれたAIがその義体の電脳ごと破壊され、
同時にそのAIにより電脳汚染された可能性の高い公安の特務捜査官の一人が巻き添えとなり死亡した、、、ということになっている。

だが実は、、、
事件現場からはその特務捜査官の脳核の残骸は発見されていなかった。

その脳核、すなわち少佐の電脳は事件現場からバトゥーの手によって密かに持ち出されていたのだ。
バトゥーはその事実を公安組織にも隠し、自分のセーフ・ハウスに持ち込んでいた。

それは、少佐を組織の追求から匿い、逃がす為であった。
だがそれは、バトゥーにとって千載一遇のチャンスとなってしまった。

少佐は一連の出来事で意識を昏睡させており、少佐の電脳はサスペンド状態となっていた。
当然、普段は手も足も出ない厳重な防壁も今であれば容易に超えることができる。

「わりいな、、少しだけ覗かせてもらうぞ、、」

バトゥーは、少佐の電脳を ”ある装置” に接続し、その装置を稼働させた。
その装置は、以前 “とある事件” を捜査した際に隠匿した “ゴースト・ダビング装置” だった。

本人に無断でゴースト(人格データ)の複製(ダビング)を行うなど、人権侵害、倫理違反、も甚だしいことだ。
だが、バトゥーは自分を抑えることができなかった。

このデータ、本人のゴーストを解析することができれば、
彼の人形をホンモノにすることができるのだ!

本物の少佐がバトゥーの思いに応えることはけしてないだろう。
そんなことはとうのむかしに理解し受け入れている。

だから彼は少佐の人形を創ってきたのだ。
そして今は、その人形をホンモノにしてゆくことが彼の思いの発露なのだ。

実は、7歳から27歳までの少佐人形と戯れるうちに、バトゥーは自身の興味がローティーンの少佐人形に偏向しつつあることに気づいていた。
そしてそれと同時に、大人の少佐、本物の少佐に対する興味は次第に薄れてきていた。

もちろん、優秀なリーダーに対する敬意や、同じ全身義体サイボーグである彼女へのシンパシーがなくなったわけではないが、それでも以前のような特別な感情を抱くことはなくなっていた。

だから今回の彼のとった行動は、純粋に友人であり同胞である彼女を救うためだった。
そしてその結果、たまたま、ソレが可能な状況が整ってしまったのだ。

バトゥーは葛藤したあげく、ゴースト・ダビング装置をスタートした。

もちろん後ろめたさはあったが、それよりも彼女のゴーストを手に入れたいという欲求が勝ってしまった。
本来はけして自分のものにすることができないソレが目の前にあるのだ。

本人のゴーストを解析できれば、それを模倣している人形のAIを限りなくホンモノに近づけることができる。
というより、それはもう模倣ではなくなり、本人の ”生き写し” になるのだ。

このデータがあれば、模倣ではない “少女のモトコ” に逢えるのだ!
バトゥーは己の欲求に逆らうことができなかった。

 ***********

20数時間の後、、、少佐の脳核が目を覚ました。

少佐の脳核は、バトゥーの好きな13歳のモトコ人形に収納してあった。
どうせなら自分の一番の ”お気に入り” に魂を入れてみたかったのだ。

「か、勘違いするなよ!」
「急だったから、闇ルートではそんな義体しか手に入らなかったんだ、」
「お、俺の趣味じゃねえからな」

バトゥーは、どうにも無理筋な言い訳をくちにする。
どう考えても少佐をそのまま少女にしたような見事な出来栄えの義体が短時間のうちに用意できるはずがない!

だが、少佐はそのことを追求しようとはしなかった。

「2501、ソレ、再開した時の合言葉にしましょう」

そう言い残すと、まるで年の離れた妹のような義体を操って少佐はセーフ・ハウスを出て行った。

バトゥーは思わず深くため息をもらしながら椅子に座りこんだ。
少佐は去ってしまったが、バトゥーは落胆してはいなかった。

そのバトゥーの周囲には複数の少佐の人形が集まってきていた。
幼い少女の少佐から、妙齢の大人の少佐まで、まるで姉妹のようだ。

「おい、バトゥー」、 「これからどうするつもりだ!?」

その中の一人が、バトゥーに問いかけてくる。
その “言い様“ は、まさに少佐そのものだ。
本人のゴースト・データをフィードバックした人格AIは、もはや本人そのものだ。

唯一、本人と異なるのは、そのAIはバトゥーを拒んだりしないことだ。

「わりいな少佐、」、 「そして、あんがとよ!」、

バトゥーは、久しぶりに満ち足りた気持ちに包まれていた。
これからこの家で、少佐に囲まれて暮らすのだ。






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