「暗黒面の寓話・#13:写身」
(Sub:彼女の事情(お約束のネタ)、、、!?)
「サード先生、おはようございます」、
医務室から出てきた儂に彼女が声をかけてきた。
「おお、ユキ君か!?、調子はどうだ?」
「はい、大丈夫です」、「ただ、まだ記憶は戻りません」
「そうか」、「あまり気にするな、そのうち戻るじゃろ」
地球を出発してから何度か繰り返してきた会話だ。
彼女は “森井ユキ” といって、この “宇宙戦艦ムサシ“ で船務長を務めている。
“ムサシ“ は現在、地球から遠く離れたイカスンデル星へ向けて外宇宙を航海している。
片道16万8千光年という途方もない距離を踏破し、イカスンデル星から “放射能消去装置:コスモ・リバーシ“ を持ち帰るのがこの航海の目的だ。
彼女は、美人で、気立てもよく、それでいて芯が強い、理想的な女性だ。
そんな彼女が、時折、不安げな表情を見せることがある。
実は、彼女には1年分の記憶しかなく、それ以前の記憶がまったくない。
1年前に事故にあって重傷を負ったせいとのことらしい。
知識や技能にはまったく問題がないので任務には支障はないのだが、
時々情緒的に不安になってしまうことがあるようなのだ。
そんな時は、船医として儂が ”発破をかけてやる“ ことにしている。
前向きな気持ちでいることが “なによりも大事” なのだ。
森井ユキが立ち去った直後、背後から声が掛かった。
「サード先生”、 “地球を出てからそろそろ8週目だ」
「そろそろ、じゃないのかね!?」
そこには怪訝そうな顔をした沖手艦長が立っていた。
「艦長?!」、
「うむ、解っとるよ」、「直ぐに準備しよう」
「すまんな、先生」、「よろしくたのむ」
重苦しい会話の後、儂と艦長は艦首部分にある立ち入り禁止エリアにやってきた。
この区画は、艦長と副長、儂の三人だけしか立ち入ることができない。
ここには、”ムサシ” の最重要機密である “外宇宙航法システム” が設置されている。
人類が経験したことのない銀河系外宇宙を航行するためのナビゲーション・システムだ。
波動エンジンの設計図と共にイカスンデル星からの使者がもたらしたというこのシステムのお陰で ”ムサシ” は遥か彼方のイカスンデル星を目指して航行することができるのだ。
艦長による生体認証の後、二人は厳重に封鎖されていた航法システムの内部へ進入した。
そこには、、、
部屋の中央部に、透明な容器に収められた人間の ”生首” が設置されている。
薄紫色の液体に浸されたその頭部は首から下が引きちぎれたようになくなっており、美しいその顔にも小さな傷跡が見受けられる。
そして、その顔は先ほど言葉を交わしていた “森井ゆき” と瓜二つだった。
「どうかね?」、 艦長が尋ねてくる。
「大丈夫じゃ、安定しとる」、儂は脳波計のパネルを確認して返事をする。
彼女は1年前にイカスンデル星からやってきた使者:サーシャンだった。
乗ってきた宇宙船が火星に墜落し、その際の爆発で瀕死の重傷を負ってしまったのだ。
彼女の携えてきたメッセージを確認した地球連邦政府は、なんとしてでも彼女を生かすため、彼女の躰を解体して頭部だけにすることでその命を繋いだのだ。
波動エンジン技術を与えられ、イカスンデル星の場所を教えられても、そこまでの長大な道中をどのように進めばいいのか、人類には図り様がない。
唯一、その手掛かりになるのは、その道のりをやってきた彼女の記憶だけなのだ。
《 故郷に帰りたい 》、そう願う彼女の気持ちだけが頼りだった。
だが、万が一、 “自分の躰は既に失われており脳だけで生きている“、
などということが彼女に気づかれてしまったら、
彼女は絶望して、生きる気力をなくし、故郷へ帰る気持ちもなくしてしまうだろう。
”ムサシ” が航海していく為には、彼女(の脳)が “絶望する” ことがあってはならないのだ。
その為、培養液に浮かんでいるだけの彼女の脳に外部から情報と刺激を与え続けて、“自分は活きている”、と思い込ませるための偽装が計画された。
まず、バラバラになったサーシャンの肉片から彼女のクローンが作り出された。
クローンには特殊な情報発信端末が埋め込まれており、クローンが見聞きし体験した全ての情報は彼女の脳と共有され、彼女の脳はそれらを自身の経験として認識する。
そのクローンを ”ムサシ” に乗艦させ、他のクルーと苦楽を共にさせることで、彼女の脳に ”ムサシ” とそのクルーに対する “シンパシー”を抱かせ、
“彼らと共にイカスンデルへ帰る”、ことを “望ませる“ のだ。
当初、この企ては旨くいくように思われたが、
計画の途中である厄介な問題が発覚してしまった。
地球の技術では、1年という短い時間で完全なクローンを “育成“ することができなかったのだ。
短時間で強引に19歳前後の状態まで急速培養を行った結果、クローンの寿命が極めて短くなってしまったのだ。
出来上がったクローンは遺伝子端のテロメアが脆くなってしまい、30日程度しかその命を保つことができないことが判明した。
イカスンデルまで片道6か月(180日)を要すると思われる航海には全くと言っていいほど足りない寿命だ。(因みに復路に彼女は必要ない)
そこで連邦政府は、複数のクローンを運用することにした。
30日ごとに1体ずつクローンを使い捨てるのだ。
スペアを含めて7体のクローンが ”ムサシ” に “積み込まれ”、1体ずつ順番に ”覚醒” させてその役割を務めさせることとなった。
各クローンには、クルーとして必要な知識や技能が優先的に入力されたため、記憶に関しては任務遂行に必要な “開戦してからの1年分” だけが与えられた。
また、活動中のクローンからの情報は、サーシャンの脳だけではなく待機中の各クローンにも共有(並列化)され、後続のクローンが同一人物として整合性ある行動がとれるようにも配慮された。
こうしてサーシャンの脳に “生きる希望” と ”故郷に帰るモチベーション“ を与え続けるために、彼女のクローンは ”森井ユキ“ という名で ”ムサシ” に乗艦することとなったのだ。
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「サード先生、おはようございます」、
医務室から出てきた儂に森井ユキが挨拶をしてきた。
「おお、ユキ君か!?、調子はどうだ?」
「はい、大丈夫です」、「だげど、まだ記憶は戻りません」
「そうか」、「あまり気にするな、そのうち戻るじゃろ」
「ところで」、「そろそろ地球を発ってから3か月じゃが、」
「寂しくはならないか?」
「それも大丈夫です、わたし、地球での思い出があんまりないから、、」
「それに、」
「ムサシでみんなと頑張っている方が生きてる実感がするんです!」
森井ユキは屈託のない笑顔を返してくる。
「そうか」、「それはよかった」、「問題なさそうじゃな!」
そう、前向きな気持ちでいることが “なによりも大事” なのだ。