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第16景 なぜ起業家は現代アートに惹かれるのか@Misakiのアート万華鏡
現代アートとは何か
現代アートとは何か。それは1917年、マルセル・デュシャンが男子用便器をさかさまにしてR・マットと署名したときに始まった。美術といえば絵画と彫刻しか存在しなかった時代、主催団体の理事たちは困惑し、激論の末に出展を拒否した。しかしデュシャンの代表作《泉》は、現代アートの歴史における重要な転換点となった。
20世紀初頭は、政治・社会制度、科学、技術に限らず、芸術の諸分野においても革新が行われた時代だった。デュシャンは、芸術の定義を問い直し、日常の物に芸術的な意味を与えることで、芸術の概念を拡張した。アーティストにとって「作品」とは「アート作品」のこと。その常識を覆す問いへの答えが「レディメイド」であり、デュシャンは平凡な櫛、シャベル、帽子掛けなどを作品として発表するようになった。
その後、アンディ・ウォーホルがキャンベルスープの缶を並べてシルクスクリーンに刷ったとき、現代アートは確立した。32種類のスープ缶を工場の生産ラインのように並べた作品は、アメリカの消費社会を鮮やかに切り取り、人々に新たな視点を投げかけた。
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© Association Marcel Duchamp / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2023 E5401
デュシャンの代表作《泉》(1917)
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ウォーホルは32種類のキャンベルスープ缶を、まるで工場の生産ラインのように並べて描いた。この作品は、アメリカの消費社会を鮮やかに切り取り、人々に新たな視点を投げかけたのだ。
現代アートの革新性
コモディティにならないようにしてきたのが美術の歴史だったのに、現代アートは日用品から始まった点が興味深い。リチャード・ハミルトンは雑誌広告のコラージュを、リキテンスタインはコミックの一場面を印刷の網点ごと拡大した。ジョセフ・コスースは椅子と椅子の写真と辞書の「椅子」の項目を並置し、高松次郎は錯覚を利用した空間作品を制作した。
現代アートは以下のような特徴を持つ:
多様性:従来の表現形式を超えた手法
素材の多様化:従来にない素材の使用
メディアの融合:多感覚的な体験の提供
実験性:新技術や表現方法の積極的な採用
社会性:現代社会の問題提起
アイデンティティ:個人や社会のアイデンティティの探求
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Just What Is It That Makes Today’s Homes So Different, So Appealing? Collage, 1956.
ハミルトンは、雑誌広告のページをコラージュして展示した
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リキテンスタインはコミックの一場面を印刷の網点ごと拡大した。
これは広告やマンガ雑誌から現代アートが鬼っ子のように生まれたようなものだった。
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Museum of Modern Art, New York, NY, USA. © Joseph Kosuth.
ジョセフ・コスースは椅子と椅子の写真と辞書の「椅子」の項目の解説コピーとを並べて飾った。コンセプチュアルアートの代表作ともいえる作品
椅子、椅子の写真、辞書での椅子の定義の3つで1つの作品となっている。
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(c)The Estate of Jiro Takamatsu, Courtesy of Yumiko Chiba Associates
高松次郎は4脚の椅子とテーブルがそれぞれ直角に見えるように錯覚するような仕掛けを見せた。家具屋からアートが生まれたようなものだ。
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中原浩大はレゴでフィギュア彫刻をつくった
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世界の人が納得する「価値」の見せ方
村上隆はフィギュアの美少女を巨きく再生した。アニメや漫画をアートに昇華させた。
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フェリックス・ゴンザレス゠トレスは色とりどりのチョーク
あるいはキャンディをギャラリーの片隅に山積みした。
この作品は、鑑賞者が飴を持ち去り、食べ、補充されることで完成する。
アメリカの国旗色の飴は、社会の分断と、失われつつある「分かち合いの精神」への問いかけだ。
いずれも世の中で知られている日用品をなんらかの方法で「変換」して、アートにした。すでに消費されたものがトリックよろしくアートに生まれ変わっていったのだ。消費されたものが対象になるのだから、すぐさまゴミや廃棄物もアートになった。
現代アートのそれぞれ、さまざま
長坂真護: ガーナの電子廃棄物を素材にした作品は、グローバルな問題である電子ゴミ問題に光を当て、アートを通して社会問題への関心を高めている。
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テレンス・コー: 自分の排泄物を金メッキしたオブジェは、身体と芸術の関係性、そして価値観そのものを問い掛ける挑発的な作品だ。
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ヨゼフ・ボイス: フェルトスーツを着用したパフォーマンスは、自然との共生や、人間の内なる力を表現している。
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マリーナ・アブラモヴィッチ: 観客に自分の身体に触れることを許可するパフォーマンスは、身体と他者との関係性、そして芸術における主体性と客体性の概念を問いかけている。
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マリーナ・アブラモヴィッチ。Photo: Joe Maher/Getty Images
バンクシー: 社会的不平等、戦争、政治腐敗など、現代社会が抱える問題を匿名で表現することで、人々の意識に深く突き刺さる作品を生み出している。
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起業家と現代アートの意外な共通点
現代アートと起業家、一見異なるように思えるが、実は共通点がたくさんあるのではないか。
1. 創造性と革新性
ゼロから何かを生み出す: どちらも、既存の概念や枠にとらわれず、新しい価値やサービスを生み出すという点で共通している
実験精神: 現代アートは新しい素材や表現方法を試すように、起業家も新しいビジネスモデルや技術に挑戦し続ける
2. 不確実性とリスクへの挑戦
未来は予測できない: どちらの世界も、未来は不確実で、成功を保証されるものではない
リスクを恐れずに挑戦: 新しい作品を発表したり、新しい事業を立ち上げたりする際には、必ずリスクが伴う
3. コミュニケーション能力
自分の考えを伝える: 現代アーティストは作品を通して、自分の考えや感情を表現する。起業家は、投資家や顧客に自社のビジョンを伝え、共感を呼ぶ必要がある
チームをまとめる: 大規模な作品制作や事業展開には、多くの人の協力が必要。コミュニケーション能力は、チームをまとめ、目標達成に不可欠だ
4. ストーリーテリング
作品にストーリーを込める: 現代アーティストは、作品に物語を込めて、鑑賞者に何かを感じさせようとする。
ブランドストーリーを創出: 起業家は、自社の製品やサービスにストーリーを付け加え、顧客の心を掴む
5. 変化への対応
時代に合わせて変化する: 現代アートは常に時代を反映し、変化し続けている。起業家も、市場の変化や顧客のニーズに合わせて、ビジネスモデルを柔軟に変えていく必要がある
具体例
スティーブ・ジョブズ: Appleの創業者であるスティーブ・ジョブズは、製品のデザインに美学を取り入れ、まるでアート作品のような製品を生み出した。
村上隆: ポップアートで世界的に有名な村上隆は、自身の作品をビジネス化し、アートとビジネスを融合させた新しいモデルを確立した。
現代アートと起業家は、一見異なる世界に見えるが、創造性、リスクへの挑戦、コミュニケーション能力など、多くの共通点があるのではないか。現代アートに触れることは、起業家にとって、新たな視点やインスピレーションを得るきっかけになるかもしれない。
それでは、本題にはいろう。
T2 Collection「Collecting? Connecting?」展
株式会社ブレインパッドの共同創業者である高橋隆史氏の「T2 Collection」展(2024年10月4日~2025年3月16日、WHAT MUSEUM)は、約6年かけて収集された現代アート作品約35点を展示している。
高橋氏は、作家が社会や芸術、文化、政治などのテーマを独自の視点で表現する点に、起業家の創造性との共通点を見出した。特に、作家の新たな挑戦や若手作家の作品に注目する姿勢は、イノベーションを追求する起業家精神と重なる。
開催概要
展覧会名:T2 Collection「Collecting? Connecting?」展
会期:2024年10月4日(金)~2025年3月16日(日)
会場:WHAT MUSEUM 1階SPACE1 / 2階(〒140-0002 東京都品川区東品川 2-6-10 寺田倉庫G号)
開館時間:火~日 11:00~18:00(最終入館17:00)
休館日:月曜(祝日の場合、翌火曜休館)、年末年始
入場料:一般 1,500円、大学生/専門学生 800円、高校生以下 無料
コレクションがつむぐ関係性
高橋氏は、作品収集を通じて生まれる作家やコレクター、アート関係者とのコミュニティを重視する。これは、起業家がビジネスを通じて構築するネットワークと類似している。「点と点の繋がり」が意味を持つという視点は、ビジネスの創造過程とも共鳴する。
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たとえば、白河昌生の《バスケットボール?Plywood?》。合板の上にバスケットボールが2つ置かれたシンプルな作品。白河昌生の深い哲学と思考が反省されている。日常的な素材を意図的に使用。廃材を群馬で拾い、作品として東京に持ち込むという一種の循環性を象徴している。バスケットボールの円形=円環も循環を視覚的に表現している。作品の「存在の階層」は日常的な素材=物質が美術作品という存在レベルに移行したことからつけられ、地方というマイナー性を引継ぎながら、現代社会との関係を問いかけている。
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透明なアクリル樹脂の中にさまざまな豆が浮んでいる。廣瀬は豆を重要なモチーフとして数多くの作品を制作してきた。本作では豆を神話的思考から生と死を繋ぐ両儀的な存在であること、そして質素な食材ながら栄養豊富で「貧しいのに豊か」であることに発想を得ている。「わたしたちは善悪ないし両極のどちらかに偏る在り方や考え方など、物事を極端に白黒付けがちであるが、その両極を自由に移動できるような柔軟性、知性、完成がよりよく
生きていくうえで必要である」廣瀬はいう。
名和晃平の《PixCell-EVA-01》。名和は、日本を代表する彫刻家として活躍している。
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インタラクティブな展示
本展では、観客参加型の展示も特徴的だ。宮島達夫の《数字?Number?》では、観客自身がサイコロを振り、作品の形を変化させる。この能動的な参加により、作品と観客の直接的な対話が生まれる。また、宮島は「それは変化しつづける」「それはあらゆるものと関係を結ぶ」「それは永遠に続く」の3つのコンセプトを元にデジタルカウンターを用いて時間を可視化することを試みた。
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展示の見どころ
コンセプチュアルアートの意外性: 身近な素材を使った作品など、ユニークな視点で制作された作品が多数展示されている。たとえば、身近な石を糸と布を使った作品。
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カメラや写真の概念を取り入れた作品: 写真の技術や役割の変化をテーマにした作品を通して、現代アートの表現の幅広さを感じることができる。
カメラや写真の技術、そしてその役割は時代と共に変化し、今ではスマートフォンやSNSの普及により、より手軽で身近なものとなった。カメラと写真の記録性と再現性を活かしながら、従来の技法や技術を独自の表現に昇華させた作品は、明確なコンセプトに基づいて独自性が際立っている。
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高橋氏の視点: 高橋氏が作品を選んだ理由や、コレクションに対する想いが紹介されている。コレクションは作家や作品との出会いから始まり、そこから生まれるエピソードは唯一無二だ。美しさに一目ぼれしたベルナール・フリズの作品をきっかけにスタートしたコレクション。作家の挑戦を応援したいという思いから始まった。現代を見つめ、思考をめぐらせる起業家とアーティストに共通する点を見出したのは松山智一との作品の出会いだったという。
まとめ
現代アートと起業家は、創造性、つながり、新しい価値の創造という点で深い共通点を持つ。この展覧会は、アートとビジネスの融合点を示唆し、観る人に新たな視点とインスピレーションを提供している。
アートコレクションは単なる収集ではなく、新しい価値観との出会いであり、それは起業家精神と通じる創造的な営みなのだろう。
高橋氏の言葉や、展示された作品を通して、観る人は現代アートの世界への新たな視点を得るとともに、自身の仕事や人生にも何かしらのインスピレーションを得ることができるだろう。
高橋氏は、作品を集めるだけでなく、作家やコレクター、アート関係者とのコミュニティが生まれ、それがコレクションの喜びだと語る。これは、起業家がビジネスを通じて様々な人と出会い、ネットワークを築くことと似ているように感じる。また、点と点の繋がりが、やがて大きな意味を持つようになるという彼の言葉は、起業家が様々なアイデアを繋ぎ合わせ、新たなビジネスを生み出す過程を彷彿とさせる。
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