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心の中がギンギンに燃え続けてる/田名網敬一展(4) | Misakiのアート万華鏡

記憶とアート

 アートや本は、私たちの心のタイムマシンのようなもの。過去へタイムトラベルして、様々な経験を思い出すことができます。それは、過去の出来事だけでなく、自然の美しさや社会の出来事、人々の喜びや悲しみといった、さまざまな経験が心の奥底に刻まれているからです。過去の経験を思い出すことで、私たちは今を、より深く理解し、未来を想像することができるのではないでしょうか。
 記憶と鑑賞、読書は、そのように密接に関係し、中世の絵画や書物もまた、記憶に寄り添って作られ、親しまれてきました。描くこと、書くこと、鑑賞すること、読むことは、同じ記憶の作用と結びついていたのです。
 記憶は、単なる過去の記録ではなく、現在と未来を繋ぐもの。 記憶することで、私たちは過去の経験を基に現在を理解し、未来を想像することができるのかもしれませんね。芸術作品は、その過程において重要な役割を果たします。記憶を形作り、それを共有する行為なのです。 芸術家たちは、自分の経験や感情を作品に込めて、後世に伝えることで、記憶を共有し、形作ってきました。
 私は、残念ながら記憶力にあまり自信がないのですが、学生時代に語学の単語を覚えるのに苦労したことをよく覚えています。古い辞書には、何度もマーカーを引いた跡が残っていますが、なかなか覚えられずにいました。一方、人との出会いや出来事については、視覚的な記憶が強く、鮮やかな映像が頭の中に残っています。しかし、その記憶は時とともに変化し、都合の良いように美化されてしまうことも多く、少し恥ずかしいと感じています。
 田名網敬一さんの作品に惹かれたのは、彼が自身の記憶をどのようにアート作品に昇華させていったのか、その点に強い興味を持ったから。彼の作品からは、記憶の儚さや美しさ、そして人間の心の奥底にあるパワーが感じられますね。

 皆さんは、記憶についてどのように考えていますか?記憶は、私たちを過去と未来に繋ぐ大切なものですが、同時に、脆く、儚いものなのかもしれません。

『人工の楽園』

 田名網は1980年に中国を旅行した際に見た自然に感動し、古代中国の不老不死を願う神仙思想やアジアの民衆文化に興味をもつようになっていきました。しかし、多忙な生活がたたって、1981年に結核を患い、四カ月近く入院することになったのです。夜ごとに薬の副作用に苦しみ、幻覚や夢に悩まされました。サルバドール・ダリの絵画や、病院の庭にあった松の木が奇妙にねじれるなど、奇妙な光景が次々と現れました。

国立新美術館『人工の楽園』展示風景より(2024) 撮影:MISAKI

 この貴重な体験を記録しようと、田名網は10冊ものノートに書き留めました。退院後、彼はこれらの記録を元に、新たな創作活動を開始しました。それまでのポップアートとは異なる、生命力あふれる独特な世界観が生まれたのです。特に、病院の庭にあったねじれた松の木は、彼にとって生命力の象徴となり、以降の作品に頻繁に登場するモチーフとなりました。
 死を間近に感じた経験は、田名網の創作活動に大きな影響を与え、新たなエネルギーをもたらしたのです。もう、心の中がギンギンに燃え続けているって感じですよね。

国立新美術館『人工の楽園』展示風景より(2024) 撮影:MISAKI

「ようやく時代が自身に追いついてきたようだ」

 田名網の60年間にわたる作品群はどの時代においても熱量がすさまじいです。どの時代においても田名網の生き方は変わらないです。時代に即応しようとすればするほど右往左往するでしょうが、とにかくいいものを作る。その一点しかないとのこと。

「人生は変えられない。でも時代は変わる」(by 田名網敬一)

「田名網敬一 × 篠原有司男&乃り子「これがアーティストの生きる道」」

「つくづく途方もない人生だ」と田名網は述懐していますが、好奇心やアイディアをアートで表現する生き方は変えられなかったということでしょう。

エクスペリメンタル・フィルム

 田名網は1990年代にドローイングを多数制作するなかで、それらをアニメーションとして動かしたいという欲求を抱くようになっていたようです。
映像はさまざまメディアを王冠することで新たな表現を田名網にとって欠かせない手法となりました。

国立新美術館『Good Bye Elvis and USA』展示風景より(2024) 撮影:MISAKI

「ピカソの悦楽」

国立新美術館『ピカソ母子像悦楽のシリーズ』展示風景より(2024) 撮影:MISAKI

 2020年春、新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、田名網の予定はすべてキャンセルになり、自由な時間が増えました。何もすることがなくなった彼は、ピカソの絵画の模写を始めることにしました。目的も締切もなく、ただひたすら形と色を描き移すというシンプルな行為に、彼はすぐに夢中になったのです。写経のように、ピカソの絵画を深く理解し、自身の作品との共通点を探求しました。 
 こうして生まれたのが「ピカソ母子像の悦楽」シリーズ。ピカソと自分の、異なる時代と文化が生み出した作品が、時空を超えて共鳴し、新たな創造を生み出している。その様子は見る者を圧倒します。

 田名網さんの生き方は、逆境をどう乗り越え、それをどう作品に生かすかを教えてくれます。彼の人生そのものが、まるで一つのアート作品のようです。たとえ何もすることがなくなったとしても、模写や写経が新たな道を開拓する手段になり得ることも示してくれました。
 たとえば『人工の楽園』は、死を間近に感じた体験から生まれ、『ピカソの悦楽』シリーズは、自由な時間が創造力を解き放つ場となりました。どちらの作品も、田名網さんが逆境の中でいかに創造力を発揮したかを象徴しています。特にピカソの模写シリーズは、異なる時代と文化を超えた芸術家同士の対話のようで感動的でした。
 ぜひこの展示を通じて、田名網さんのエネルギーを感じ取ってください。

終わり


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