UHCの専門家にはどうすればなれるの?
本稿で繰り返すまでもなく、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(universal health coverage; UHC)の達成は数あるグローバルヘルス・アジェンダの中でも最も重要な物の1つである。例えば、持続可能な開発目標(SDGs)の目標3.8はUHC達成である。また世界保健機関(WHO)の第13次中期計画(GPW13)では、UHC達成は3本柱の1つである。
日本は低中所得国がUHC達成を支援するために多大な資金援助をしている。例えば、2018年に日本政府は世界保健機関(WHO)に対してUHC分野で約50億円を拠出した。素晴らしい!一方で日本の人的貢献はどうなのだろう?まぁ意見が割れるところではあるが、援助額と比べるとやや見劣りしてしまう感は否めないだろうか…?例えば、WHOの西太平洋地域の国事務所に配属されている保健システム専門家のうち、日本人は片手で数える程度である(本稿執筆当時)。やっぱり人的貢献を強化したくなる。
とは言え、言うは易く…である。私も「UHC達成のための保健システム専門家」を目指してはいるものの、その道のりは平坦ではない。日本語で書かれた情報も少ない。ググっても、UHCに関する情報量は日本語と英語で約1,000倍の格差がある。
そこで本稿では、私のWHOで悪戦苦闘しながら経験したことも踏まえて、将来は途上国のUHC達成のために働きたい若者にとって、指針になるような情報をまとめたい。
UHCの専門家など存在しない
しかし!のっけからちゃぶ台をひっくり返すようで恐縮だが、UHCの専門家など存在し得ないと思っている。↓のUHCの定義を読み返してみると、ご理解頂けるだろう。
要するに、UHCには保健医療に関するあらゆることが含まれているのだ。1人の専門家がカバーするには範囲が広すぎる。例えば、もし医学生が全ての科の専門医を取得したいと言ったら、それは無理だろ!という話になるだろう。UHCの専門家という言葉には同様の響がある。あらゆる医療サービス・制度に精通している人材になど、そう簡単になれるものではない。
これは私が本稿の導入部分で「UHCの専門家」ではなく「UHC達成のための保健システム専門家」になりたい、と書いた理由でもある。しかし「保健システム」自体も実に多くの要素を含んでいることは否めない。
↑の保健システムの定義を参照すれば分かるように、ヒト、モノ、カネ等の医療資源や保険医療機関も保健システムに含まれる。正直、これでもまだ分野として広過ぎるなぁと思ってしまう。
保健システムのbuilding blocksから選ぶ
そこで、保健システムの専門家になるはじめの一歩として、特定の構成要素にフォーカスしたい。の際に指針になるのが2007年にWHOが提唱した、保健システムの "building blocks" である。
これは保健医療システムの構成要素をおおむねMECEになるように6つに分解したフレームワークである。その6つとは…
保健医療サービスの提供
保健医療人材
保健医療情報
必須医薬品・ワクチン・医療技術
保健財政
ガバナンス・リーダーシップ
…である。欧米でMPHを取得した日本人にも以外に知られていない。なぜこのフレームワークが重要なのかと言うと、国際機関の保健システム関連の求人はこのいずれかにカテゴライズされるからである。つまり上記6つのどれかの専門家を名乗ることが、この分野で仕事を得る第1歩なのだ。
一部の読者は、でも現場では保健システムの全ての構成要素にある程度対応できる、言わば「保健システムのジェネラリスト」も必要ではないのか?と感じるかもしれない。確かにその指摘は一理ある。仮にあなたがWHOの国事務所に配属されて、保健システムの専門家があなたしかいなかったら、1つのbuilding blockしか対応しないという訳には行かない。大学病院のスーパーサブスペシャリストをど田舎の診療所に派遣しても、スキルと仕事内容にミスマッチが生まれてしまうのと同様である。
まぁしかし、こうしたHealth Policy AdvisorやHealth Systems Team Lead/Coordinator等と呼ばれるポジションはP4~5である。少なくともJPOがいきなり目指せるポジションではない。保健システムでP3~4のポジションを探すとなると、例えば "Technical Officer (Health Financing)" 等のように、特定の building block を担当するポジションの獲得を目指すことになる。現実的には、まず特定のbuilding blockで専門性を確立し、他のbuilding blockに知識・経験の幅を広げていくのが妥当だと思う。
技術的専門性を高める
6つのbuilding blocksの中の1つを選んだら、該当する求人情報をいくつか眺めて、どのような学位・スキル・経験が必要か把握しよう。詳細は個々人で調べて欲しいのだが、非常に簡単にまとめると以下のようになる。
例えば、仮に保健財政の専門家を目指すのであれば、学歴的には医療経済学の修士号以上を取得する。医療専門職である必要性は必ずしもないし、仮に医療職であっても長い臨床経験は必要ない(注1)。職歴的には、低中所得国に焦点を当てた医療政策・制度分析に従事できるとベストである。詳細な説明は省くが、いわゆるNational Health Accounts (NHA; 国民保健会計)やcatastrophic health spending (破滅的自己負担保健医療支出)等に精通していれば、何かと重宝されるだろう。昨今の保健システム分野の求人では保健財政政策の専門家が増えているので、チャンスはあるかもしれない(詳細は以下の記事を参照↓)。
国際機関は外資系企業と同様にジョブ型採用である。ある分野にいくら興味があっても、応募する時点でその求人が求めるqualificationを満たしていなければ、門前払いでショートリストすらされない。グローバルヘルスの業界で飯を食っていきたければ、求められるqualificationから逆算して、学歴・職歴を積むことが最も重要である。
注1:余談だが、非医療系学生にグローバルヘルスに興味を持ってもらう取り組みも大切だと思う。医療者は医療提供側で国際協力したいと思いがちである。しばしばグローバルヘルスに興味がある非医療系学生が医学部・看護学部に編入しようとするが、もちろん本人が納得していれば良いのだが、そうじゃない道でもグローバルヘルスに貢献できることは啓発してもよいのでは?と思う。