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「愛はお金で買える」の嘘。お金で買った愛なんて本当の愛じゃない
愛はお金で買えるのか?
いつの時代も何かと物議を醸す問題だ。
デヴィ夫人が「愛はお金で買えます!」と語っていた記事を見て、私は違和感を覚えた。
お金で買った愛って、本当の愛って言えるの?
大好きな年収200万の男vs好きでもない年収1憶の男
一時期SNSでもかなり話題になったので、今更感もあるけど、この記事。
年収200万円の男と1億円稼ぐ男の違いをデヴィ夫人が語っていましたが、本当にこれはスマホ片手に「確かに……」って呟いてしまった。
年収200万円の男性との結婚生活。結婚したらその男性を嫌いになってしまうのではないかしら? 大昔の大和撫子はもういないから、貧しく満たされない生活だと、相手を敬えなくなってくるのよ。ケンカも増えるでしょうし、不平不満が増して愛の熱量も冷めてくる。
年収1億円稼ぐ男性は、あなたの生活を満たすことができる。人間は満たされていると不平不満がなくなり、相手のことを敬うことができるの。それに感謝も。わたくしの周りには億以上の収入がある人と結婚している方がたくさんおります。みなさん満たされ豊かな生活を日々実感されていて、とても幸せそうですわ。
実のところ、私の父はそこまでお金持ちじゃない。
とはいうものの、そんなに貧乏ってほどでもなかった。
何不自由なく生活はさせてもらえていたけれど、母からは、
「お金がないと愛は生まれないんだから、お金に余裕のある人と結婚しなさい」
と、ずっと言われてきた。
母の生活や態度を見て、子供の頃からそれを妙に納得していたから、デヴィ夫人が言っている話もよく理解できた。
うちに比べるとはるかに年収の高い叔父の家庭は、うちに比べてすごく幸せそうに見えたし。
大人になった今は、私も十分幸せだったと思えるけれど。
でもこの記事を読んでいて思ったことがある。
それって本当に“その人への愛”なの?って。
“その人への愛”じゃなくて、“お金への愛”なんじゃないの
じゃあ、年収1憶稼ぐ男性が、経営破綻し翌年から年収200万になってしまったら?
今までと同じような生活ができなくなってしまったら、その男性の価値やその人に対する気持ちはどうなっちゃうの?
お金で愛が買えるのであれば、そのお金がなくなったとき、買った愛はどうなるの?
ちゃんと残るの?
なんて、そんなもしも話をしていたらキリがないんだろうけど。
お金で買った愛は、“その人への愛”じゃなくて“お金への愛”なんじゃないかなと思ったり。
それって果たして、“その人そのものの人間性”に対して愛情を持てているのかなって疑問が残る。
だとすると、「お金で愛は買える」じゃなくて、「お金で愛が生み出せる」って言うのが正しいんじゃないかな。
お金で生み出した愛を、これからどう育んでいくのかはその人たち次第なわけで。
お金が少なくても、お金がなくなってしまっても、
「それでもこの人だから一緒にいたい」
そう思えるのが本当の愛なんじゃないかなと思う。
年収1憶の男性が1憶稼げなくなってしまったら別れる!!
そうなってしまうのなら、お金で買った愛は形だけだったんでしょうね。
そんなの本当の愛って言えないじゃん。
自分の幸せは自分で作る。自立の先にあるのが愛
そもそもこの問題って、女性が“幸せ”を男性に委ねすぎているから物議を醸す問題になるのかなと思ったり。
女性は子供を産む、子供を産んで育てるのにはお金と体力がいる、そうなるとパートナーが必要不可欠な存在になる。
人間の本能として男性の力が必要だっていうのはわかるけど、それが必ずしもその人の幸せとは限らないし。
そもそも自分の幸せは自分で作るもの。
自分の幸せのためにどんな男性を選ぶのかは自由だし、お金持ちの男性を選ぶのも間違っていない。
だけど、少なくとも私は、
「年収が200万でも気にしない!私も一緒に稼ぐから!一緒に幸せ作ろう!だってあなたの人間性が好きだからお金がなくても一緒にいたいの!」
って言える人間になりたい。
お金じゃなくて、その人の人間性に対して愛を感じられる人になりたい。
けど、これも立派な“綺麗事”なのかもしれないね。