305号室の灯り
『ただいま!』と、重い鉄扉を勢いよく開けた。その声は以外にも小さく、誰もいない玄関に響き渡っていた。
台所の机に一枚のメモが置かれている。そのメモを見つめながら、直人は深く考え込んでいた。
その時、玄関先から「先に帰っていたのね。おかえり。ごめんね、今日はお弁当なの。ええか。」と言いながら、大きな袋を二つ台所へ置いた。「うん、ランドセルを置いてくるね」と返事をした。
台所の灯りは二人が揃うと、直管型の蛍光灯の光が何倍も明るく感じられた。
二人は、他愛のない会話を楽しみながら、夜ご飯のハンバーグ弁当を食べていた。
『お婆ちゃん、ごちそうさまでした』と、小さな体を精一杯に伸ばして台所に立ち、自分で使った箸を丁寧に洗い、食べ終わった弁当容器をきちんとゴミ箱に捨てる。
直人の、一連の行動を祖母は微笑ましく見守っていた。
こたつに入り宿題をしている直人に、「直君さ、今年の夏も、お父さんとお母さんのお墓参りに行くやろ?」と声をかける「うん、行くよ」と、保母の方を向いて返事をした。
そして、直人は仏壇の写真を見つめていた。
「あいつは、幼い頃両親を亡くしているんだよ。実世ちゃん、直人と長く付き合ってあげてね。あっ、深い意味とかではないから。俺みたいな感じで…。なんというか、兄弟みたいな。いつでも遊んでくれると思うから。ね…。あの、こんな事を言ってたなんて直人には秘密ね」と、人差し指を立て、口の前にあて優しい笑顔で実世に伝えた。
実世は、たかしから直人の家庭環境について、少し同志のような親近感を抱いていた。
直人の一時帰国に、実世はリクエストした水族館の最寄り駅へと向かっていた。彼女の足取りは次第に速くなり、待ち合わせ場所へと急いでいた。
そして、実世は多くの人々がいる中で直人を探し出した。
直人に近づいていった実世は直人の視線の先に合わせた。
その先には立ち去っていく、双子の彼女がいた。