見出し画像

聖アンデレ、美女の正体を暴く

聖書によれば、この世は悪魔に支配されているそうである。犯罪、殺人、詐欺が横行する今の世を見れば、納得できるかもしれない。ところで悪魔の筆頭格であるサタンは、元々ルシファーという名の天使であったが、高慢になったことで神から天国を追放され、地獄に落ちた。悪魔は人に嘘をつかせたり、悪い考えを浮かばせたり、人を誘惑したり、あるいは別の生き物に姿を変えることができる。

これから述べる話は、そうした悪魔が出てくる話である。

イエスキリストが生きていたころの時代であるから、2000年も前のことである。ある地方の教会に、キリストの弟子である聖アンデレを崇敬する敬虔な司教がいた。どの聖人よりも聖アンデレを敬愛し、何をするに当たっても、まず「天主と聖アンデレの御名において」と言って、聖アンデレを心から敬愛していた。

ある時、悪魔がこれを妬み、悪知恵を絞ってこの司教を騙そうと考えた。そこで、ある日、悪魔は美女の姿に身をやつして、司教の教会に現れ、是非司教に告解を聞いてもらいたいと申し入れた。

「神父さま、どうか私に憐れみをおかけくださいませ。私は、ある王族の娘ですが、大事に育てられてきました。こちらへお伺いしましたのは巡礼の途次でございます。と申しますのは、私の父は国王で、私をある強大な領主と結婚させようといたしました。しかし私は、わが身の純潔を永遠にイエスキリストに捧げる誓いを立てていますので、この世の男性と結婚するわけにはまいりません、と父に答えました。父は、意に従わなければひどい罰を加えるぞ、と申しました。それで私はこっそり逃げ出したのでした。ところが、神父さまの高い評判を耳にいたしましたので、あたたかいご庇護におすがりしたくて、こちらに飛び込んで参ったのでございます。静かで敬虔な観想の日々を送ることができ、また現世の悲しみや誘惑などに煩わされないような、平安な場所をあなた様のもとに見出せましたならば、何よりの幸せと存じます。」

司教はうら若く美しい乙女の胸からこんな立派な、信心深い言葉が溢れ出てきたことに驚嘆し、優しい声で答えた。「安心しなさい。聖なる教会の娘よ、怖れることはありません。あなたはキリストのために血縁と名誉と財産を敢然と退けたのですから、キリストは、あなたにこの世では大きな恩寵を、あの世では溢れるばかりの栄光を授けてくださるでしょう。キリストのしもべであるある私は、私自身と私が持っている全てのものをあなたに提供しますから、どこなりと気に入った場所を住居ににしなさい。それから、今日は一つ私と一緒に食事をしてください。」

乙女は、答えた。「神父さま、それだけは、ご勘弁くださいませ。世間の疑いを招いて、神父さまのご声名に泥をぬるようなことがあってはなりませんから。」司教は言った、いや、何も二人きりで食事をしようというのではありません。私の部下の者も大勢一緒なのです。ですから、誰も変なことを勘ぐるわけがありません。」

さて食事の時になると、司教は彼女を自分の向かいの席につかせ、他の人たちは司教の脇に座った。司教はなんどとなく彼女の顔を眺め、どうしても視線を離すことができなくなった。それほど彼女のたぐい稀な美貌に見とれたのである。こうして彼の心は、彼の目の視線のために駄目にされてしまった。彼の眼がその美しい顔に見とれているうちに、悪の棘が心に刺さったのである。悪魔はこれに気付き、益々その美貌を増した。司教が娘を口説き落とそうという気持ちになりかけたとき、突然門を激しくたたく音がした。一人の巡礼者が中に入れてもらおうとして大声で叫んでいたのであった。

しかし誰も門を開けようとしなかったので、その巡礼者は益々大声を張り上げ、激しく門を叩いた。そこで司教は入れてやってもよいかと娘にたずねた。娘は、「難問を出してやることにしてはどうでしょうか。それに正しく答えられたら、入れてあげるだけの値打ちのある人ですし、答えられなければ、愚かな人で、神父さまの前に出るにも値しないでしょう」と答えた。

さてその難問を出せるだけの知恵者は誰であろうか、と部下たちは互いにたずねあった。しかし誰も見当たらなかったので、司教は、「その難問を出せるほど聡明な者は、あなたの他に見当たりません。ですからあなたが出題者になってください」と頼んだ。乙女は、先ず二つの問いを出したところ、巡礼者は即座に答えたため、一同、感嘆に絶えず、巡礼者の聡明さに舌を巻いた。

すると乙女は、こう言った。「三番目の問いは、最大の難問で、これまで誰もその解答を知らなかったものです。この問いを解いたならば、神父さまの食卓に連なる値打ちのある人でございます。それでは問いです。天(天国)は、地(地獄)からどれくらいの高さにあるでしょうか。」

巡礼者は、「この質問を出した人は、私よりもその答えをよく良く知っています。その人は、天国から地獄に落ちたとき、自分でその高さを測ったはずだからです。私は悪魔のように天から落ちたことがないので、そんな高さを測ったことがありません。と言いますのは、質問をした人は美女に身をやつしていますが、正体は女ではなく、悪魔なのです。」部下一同はこの答えに驚き狼狽している間に、悪魔は皆の目から姿を消した。

司教は我に返ると自分を厳しき責め、わが罪に主の恩寵を乞うた。司教は直ちに部下に命じて、巡礼者を迎えにやった。しかし巡礼者の姿は、もうどこにもなかった。その後、司教は、斎食と祈祷を通して巡礼の者が聖アンデレであるとのお告げを受けた。そういうことがあって司教は以前にも増して聖アンデレをあがめるようになったということである。

いいなと思ったら応援しよう!