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古い家

いつも通る道に、空き家と思しき、とてもとても古い木造住宅がある。

おそらく戦後直後に建てられたのではないか。
家を囲んでいるブロック塀は道路側に少し傾いていて、危なっかしいことこの上ない。塀の隅に三段ほどのコンクリートの階段があり、階段の上には白い小さな鉄製の門がある。白いといってもだいぶ腐食が進んでおり、塗料がはげ落ち、サビに覆われている。門の右側には、これも腐食した赤い金属製の郵便受けがあって、チラシが1枚、無造作に投げ込まれていた。塀の上には背の高い木が顔を出し、あるものは青々と葉を茂らせ、あるものはまだ青い何か柑橘系らしき実をつけていて空を覆い、その隙間から朽ちかけた家屋が見える。

私は引き寄せられるように階段を上り、門の前に立って塀の向こうを覗き込んだ。鬱蒼とした樹々が覆って昼間でも庭は暗く、地面にはギボウシと名も知れぬ草が生い茂り、湿った枯れ葉が隙間を埋めるように降り積もっていた。さらに覗き込むと、壺やプラスチック容器のようなものが打ち捨てられているのが見える。家屋の南側には縁側らしき場所があるが、木の板でふさがれており、端の板が1枚落ちて倒れている。東側には古い家電のようなものが置かれ、その横に木材が積まれていた。

その古い家に生活の匂いは無く、どう見ても空き家なのだが、全体的に何かとても不思議で魅力的な均衡を保っていて、中から住人が現れるような気がしてならず、私は飽きずにその家を眺めた。

私が生まれ、幼少期を過ごした1970年代には現役の木造住宅は至るところにあって、人々が生活し、話し声が漏れ聞こえ、夜になると灯がついて、おいしそうな匂いを漂わせていた。そんな家々はけれど次々と取り壊され、建て替えられ、新しい家に変わっていった。
少し前までは人が暮らしていただろうその古い家は、誰かの記憶の中の映像を見ているのではないかと思うほど静寂で、そこだけゆるりとした時間が流れていた。

生い茂ったギボウシの間から、何か白っぽいものが見える。身を乗り出して眺めれば、それは小さな花をたくさんつけた、薄紫色のスプレーマムだった。この家の主は縁側に座り、秋になるとこの可憐な花を愛でていたのだろうか。

この古い家でひっそりと、誰にも知られず、主を待つように咲く花を、私は立ち尽くしたままいつまでもいつまでも眺めていた。






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