物事は明るく捉えなくても良い。HSPが仕事で気持ちを切り替えるポイント
仕事をしていると失敗することが多くあると思います。何でこんなことでミスするんだろうか。何でそのような想像力が働かなかったのだろうかと自分を責めてしまうこともあると思います。
それでも仕事はしなくてはいけませんし、過度に落ち込んでいたりすると周りの雰囲気も悪くなってしまいます。
しかしそんな時にすぐに気持ちを切り替えられる程、簡単ではないですよね。
それではどのようにして気持ちをコントロールしていけば良いのでしょうか。そのポイントには「無分別」「自己注目」という仏教と心理学の概念があると思います。
そこで今回は仏教的な物事の見方を紹介してから、それに似た陽転思考を例に挙げて気持ちの切り替え方の要点に迫っていきたいと思います。
物事に良いも悪いも無い
人は失敗すると「悪いことが起きた」と思ったり、褒められると「良いことがあった」と思います。しかし仏教学者鈴木大拙は物事に善悪はないと言います。
人間は過剰な生き物だというのが仏教の教えです。何かを特別に好んだり、嫌がったりします。例えば人は一度失敗したことを避けたり、あるいは趣味に関することは好んでしたりします。
このような特性が人間にあるのはなぜでしょうか。鈴木大拙は「自分のしたことを振り返るから」だと言います。
あの時こうしていればと人間は考えるものです。この振り返りをする時に出来事にプラスやマイナスの意味づけをしてしまうのです。
「陽転思考」とは
この振り返りをする時に「良い面をみよう」というのが陽転思考です。物事には「良い面」と「悪い面」と陽転思考は考えます。
プラスに考えてもマイナスに考えても起こった事実が変わらないのなら、プラス思考の方が良いというのが陽転思考の要点です。
しかし、個人的にこの考え方にはいささか無理があると思っています。もちろん陽転思考は良い面もあると思っていて、陽転思考を私は参考にしています。
しかし、怒られたら嫌なものですし失敗したら辛いものです。
その「良い面」をみようとすることは「今、辛いと感じている私の感情」を殺すことになるのではないでしょうか。
そのうえ、世の中にはいつでも明るく、物事の明るい面だけをみようとする風潮があります。そんなことをしていたら、いつかは疲れてしまいます。
そこで私は2つのことを実践しています。それは「無分別」と「自己注目をしない」です。
気持ちを切り替えるポイント
「無分別」という言葉は何かというと先ほど述べたよう「物事には善悪はない。その出来事に対して人間が意味づけをしている」という仏教の考え方です。
このように考えること意義は「メタ分析」をすることです。
この出来事から「辛い」という意味づけをしているんだと俯瞰して分析することで「失敗」という意味づけから距離を置くことができます。
このように囚われている考え方を客観視することで、失敗だと感じていることは「たくさんある意味づけのひとつに過ぎない」と冷静になることができます。
しかし、それでも辛さは大して変わりません。そこでポイントになるのが「自己注目をやめる」ことです。
自己注目というのはあがり症などの研究で出てくる心理学の用語です。あがり症の人は自分がちゃんと喋れているか・ちゃんと対応できているかなど自分へ意識が向いてしまい緊張してきてしまうといわれています。
その自己注目の対処法として「部屋の様子をみる」など意識的に視点を外に向けることであがり症が軽減されるというものがあります。
この方法を私は応用して気持ちを切り替えています。失敗したということは「自分の気持ちが落ち込んでいる間に誰かが迷惑しているかもしれない」という現実があります。
そこに目を向けて目の前の仕事に取り組むことで自然と視点が外に向いていきます。そうすると疲れは残りますが少しずつ気持ちが切り替わっていきます。
簡単に例えると、感情を手段に置き換えているというとわかりやすいでしょうか。無分別を意識しても達人でない限り嫌な感情は必ず残ります。
その失敗に対処することという手段に置き換えることでより冷静に客観視できるようになると思います。
まとめ
今回の要点は以下の通りです。
・物事に良い・悪いもない
・明るく捉えなくても良い
・意識や視線を「失敗した自分」ではなく、外に向ける
是非試してみて、自分のやり方に合うように試行錯誤してみてください。
記事作成の励みになります。