“ぼく”はヨルシカの何を聴いているのか
ヨルシカの新しいアルバム「盗作」が発売されて一週間ほどが経つ。
youtubeでトレイラーを聞いた時から楽しみにしていたが、CD全編を通して聴くとまた格別に好きだと感じる。音が邪魔でエアコンすら消した闇の中、スピーカーに耳を傾ける。あまたある音楽の中でヨルシカの何に惹かれるのか考えた。
たぶん、失望だ。心からの失望を聴いている。
02昼 鳶ーつまらないものだけが観たいのさ
04爆弾魔ーこの日々を爆破して心ごと爆破して
10思想犯ー他人に優しいあんたにこの孤独がわかるものか
これらの歌詞に反応するのは失望に慣れきった大人の“私”や“俺”ではない。現実への期待ゆえに心から失望し、いっそブッ壊れればいいとさえ思っていた“ぼく”が顔を出す。
つまらない日々に望みを失う。でもまた美しいものを望んでしまう。苦しみの輪が全部吹き飛んでしまえばいいのに。でも死にたいわけじゃない。何もしなくても満たされたい。でも満たされた端から次が欲しくなってしまう。ほんとは苦しみの中で生きているんだろう?隠すなよ。苦しんでいるのが自分だけだと、一層、孤独が深まってしまう。ましてや愛なんて忘れておかないと、手に入るか分からないのに渇望してしまう。でも忘れられない。他には何もいらないから夏の木陰で過ごした時間のような永遠の一瞬が欲しい。でももう君は忘れてしまったかな。
無限に続く失望の螺旋の上で、でも同時に生まれ続ける希望。自分の心を守るために痛みを麻痺させた群衆の中、ヨルシカは自分の傷を直視し、目の前に突きつけてくる。
でも戻らない後悔の全部が美しいってわかってるから、口を滑らせる。失望は希望の裏返しだ。
02昼 鳶ーつまらないものだけが観たいのさ
君の全部が僕は欲しい
04爆弾魔ーこの日々を爆破して心ごと爆破して
辛くてもいい苦しさも全部僕のものだ
10思想犯ー他人に優しいあんたにこの孤独がわかるものか
死にたくないが生きられない
だから詩を書いている
罵倒も失望も嫌悪も僕への興味だと思うから
他人を傷付ける詩を書いてる
ヨルシカの失望を聴きながら、同時にそこに湧いてくる希望を聴く。
また明日からも“ぼく”を無くさず、ちゃんと、失望して生きていきたい。