55)HDLコレステロールを増やして寿命を延ばす方法
体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術55
ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。
【HDLコレステロールを高めると寿命が延びる】
血液中のコレステロールや中性脂肪などがタンパク質と結びついたものを「リポタンパク質」といいます。リポタンパク質とは、血液中において水に不溶な脂質を、吸収部位や合成部位から使用部位へ運搬するための複合体粒子です。
粒子の外側には親水性のリン脂質や遊離コレステロールやアポリポタンパク質が、粒子の内側には疎水性のコレステロールエステルや中性脂肪の脂質成分が含まれています。
リポたんぱくを遠心分離器にかけると、比重の違いによって軽い順に、カイロミクロン、VLDL(超低比重リポたんぱく)、LDL(低比重リポたんぱく)、HDL(高比重リポたんぱく)などに分けられます。
LDL(低比重リポたんぱく)はリポたんぱくの中でコレステロール含有量が最も多く、細胞内に取り込まれなかった余剰なコレステロールを血管内に放置し、動脈硬化を引き起こす原因となるため、「悪玉コレステロール」と呼ばれています。
一方、HDL(高比重リポたんぱく)は血管内皮など末梢組織に蓄積したコレステロールを肝臓に運ぶ働きがあり、その結果、動脈硬化を抑える働きがあるので、「善玉コレステロール」と呼ばれています。
LDL-コレステロールが減少し、HDL-コレステロールが上昇することは、動脈硬化の予防や改善に有効と考えられています。
図:LDL(低比重リポたんぱく)は動脈壁にコレステロールを沈着させて動脈硬化を促進し、HDL(高比重リポたんぱく)は血管壁に沈着したコレステロールを除去して動脈硬化を改善する。
HDLコレステロールと冠動脈疾患発症との間には負の相関が示されています。つまりHDLコレステロールが高いほど冠動脈疾患の発症率が低いという関係があります。さらに、HDLコレステロールが高いと寿命が延びることが報告されています。
次のような報告があります。
VAというのはVeterans Affairsの略で米国の「退役軍人に関する業務」のことで、米国では、退役軍人用の医療施設や診療所が多数あって、退役軍人に医療サービスを提供しています。退役軍人省は、「規範的老化研究(Normative Aging Study)」に収集したデータを提供しています。
このVA normative aging studyのデータから、中年に測定したHDLコレステロール値が85歳まで生存するのにどのような影響があるかを検討しています。
1961年から1970年までに登録した21歳から80歳までの2,280例を1984年まで追跡して生存率を検討しています。
その結果、HDLコレステロールが10mg/dl高くなれば、85歳前に死亡するリスクは14%減少する(ハザード比:0.86, 95%信頼区間:0.78-0.96)という結果でした。
この論文の結論は「寿命に関わる様々な他の要因を調整した結果、HDLコレステロールの高値は85歳までの生存と有意に関連していた。」となっています。HDLコレステロール値が高いほど寿命が延びるという結果です。
男性の医者を対象にした研究では以下のような報告があります。
米国におけるPhysicians' Health Study (PHS)からのデータを解析しています。2009年の3月4日までに90歳に達する予定の男性医師1351人を対象に平均6.8年間追跡しています。
HDLコレステロール値が高い上位4分の1のグループは、HDLコレステロールの値が低い下位4分の1のグループに比べて90歳以前に死亡するリスクが28%低下する(ハザード比0.72, 95%信頼区間:0.55-0.94)という結果を報告しています。
この論文の結論は、「男性医師において、HDLコレステロールの高値は90歳以前の全死因および心血管関連の死亡率の低下と関連する」となっています。
HDLコレステロールを高めることは寿命を延ばすことにつながると考えて良いようです。
【HDLコレステロールが高いとがんの発生リスクが低下する】
HDLコレステロールが高いとがんの発生率も低下する可能性が指摘されています。以下のような論文があります。
メタボリック症候群の症状(肥満、耐糖能低下、HDLコレステロールの低値、中性脂肪の高値、高血圧)が乳がんの発生リスクを高めることが指摘されています。
この論文では、38,823人のノルウェー人女性(17〜54歳)を対象に、身長、体重、血圧、血中脂質、食事(脂肪やカロリー摂取量)、経口避妊薬服用、運動、飲酒、喫煙などの因子と乳がん発症のリスクを評価しています。
平均約17年間の追跡で、708例の浸潤性乳がんの発症が認められました。多因子解析の結果、閉経後乳がんの発症リスクは高比重リポタンパク質コレステロール(HDLコレステロール)の血中濃度と逆相関の関係が認められました。つまり、HDLコレステロールが高いほど閉経後乳がんの発症率が低下していました。
HDLコレステロール値が高い上位4分の1のグループ(1.64 mmol/L以上)は、HDLコレステロール値が低い下位4分の1のグループ(1.20 mmol/L以下)に比べて、乳がん発症の相対リスクは0.75(95%信頼区間:0.58-0.97)でした。
BMIが25 (kg/m2)以上の肥満したグループでは、HDLコレステロールが1.64 mmol/L以上のグループの閉経後乳がんの発症リスクは1.20 mmol/L以下のグループの0.43(95%信頼区間:0.28-0.67)でした。
以上の結果から、この論文の結論は「HDLコレステロールの低値は閉経後乳がんの発症リスクを高める」となっています。
乳がんの場合、閉経前と閉経後ではがんの性状が異なります。肥満は閉経後乳がんの発症リスクを高めます。皮下脂肪は女性ホルモンの産生を増やすためです。
閉経後の女性では、運動によって、乳がんのリスクが減少することが、ほぼ確実であるとされています。高身長も閉経後乳がんの発症リスクを高めます。
前立腺がんや非小細胞性肺がんなど他のがんでも、HDLコレステロールが高いほど発生リスクが低下することが疫学的研究で報告されています。
非小細胞性肺がんの患者の検討で、HDLコレステロールが高いとCRPなどの炎症性マーカーが低く、患者の予後が良いという結果が報告されています。
つまり、がんの予防や進行がんの予後の改善において、HDLコレステロールを増やすことは意味があると言えます。
そこで、HDLコレステロールを増やす薬を使うという方法が、がんや循環器疾患の予防や治療に役立つ可能性が示唆されます。HDLコレステロールを高める薬にナイアシン(ビタミンB3)があります。
【ナイアシンは代謝に重要な働きを担っている】
ナイアシン (Niacin) は、ニコチン酸とニコチン酸アミドの総称で、ビタミンB3とも言います。
水溶性ビタミンのビタミンB複合体の一つで、糖質や脂質やタンパク質の代謝に不可欠です。電子伝達体のニコチンアミドアデニンジヌクレオチド (NAD+) やニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸 (NADP+) に変換され、酸化還元反応 (電子が供与体分子から受容体分子に転移する反応) に関与する酵素の補酵素として機能しています。また、NAD+が基質として利用されるADP-リボシル化反応にも関与しています。さらにNAD+は長寿遺伝子のサーチュインを活性化します。
ADP-リボシル化は細胞内で起こるタンパク質の修飾で、NADのADPリボース部分がポリADPリボースポリメラーゼによりタンパク質分子に付加されます。この反応はDNA修復やテロメアの維持において重要な役割を果たしています。
サーチュインはタンパク質の脱アセチル化(アセチル基を除去する)によって様々な酵素の活性を調整することによって、細胞周期、代謝、抗酸化システム、オートファジーなどの細胞機能を制御します。栄養素、特に糖が減少すると、NAD+が増え、サーチュインが活性化します。つまり、サーチュインはNAD+/NADHの比率の変動を感知することによって、細胞内の栄養素の供給状況や物質代謝の状況を把握しています。カロリー制限による寿命延長において中心的な役割を担っています。
ナイアシンは食品からの摂取以外に、生体内で必須アミノ酸のトリプトファンから生合成することができ、食物から摂取したトリプトファンの1/60がナイアシンに転換されるといわれています。循環系、消化系、神経系の働きを促進するなどの働きがあり、不足すると、皮膚炎・口内炎・下痢・精神神経障害を主症状とするペラグラを引き起こします。
ペラグラ(Pellagra)はイタリア語で「皮膚の痛み」を意味します。ペラグラはナイアシン欠乏によって発症する病気で、トウモロコシを主食とする地域でよくみられます。
ナイアシンは必須アミノ酸のひとつであるトリプトファンから体内で生合成されますが、トウモロコシはトリプトファンが少ないので、トウモロコシを主食にしてタンパク質の摂取が少ないと、トリプトファンが欠乏することでナイアシンが欠乏してペラグラが発症します。
ニコチン酸誘導体のニセリトロール(商品名:ペリシット)、コレキサミン(商品名:ニコモール)は高脂血症治療薬および末梢循環障害(ビュルガー病、閉塞性動脈硬化症、レイノー病、レイノー症候群)の改善薬として臨床で使用されています。
ニセリトロールとコレキサミンは総コレステロール、中性脂肪、LDLコレステロールを低下させ、HDLコレステロールを増やす効果が証明されています。
【ナイアシンはGPR109Aのリガンドとして働く】
ナイアシンは様々なメカニズムで作用しますが、その一つがGPR109Aのリガンドとして作用することです。
GPR109AはGタンパク質共役型受容体(7回膜貫通型受容体)の一種です。Gタンパク質共役型受容体(G protein coupled receptor : GPCR)は細胞膜の受容体で、光・匂い・味などの外来の刺激や、神経伝達物質・ホルモン・イオンなどの内因性の刺激を感知し、細胞内に伝達するはたらきをしています。
GPCRに分類される細胞膜受容体を作る遺伝子は1000種類以上が見つかっており、細胞膜受容体の最大のグループを形成しています。
医薬品の半数くらいがGタンパク質共役型受容体をターゲットにしていると言われています。GPCRにはアドレナリン受容体やヒスタミン受容体、ドーパミン受容体、嗅覚受容体、アデノシン受容体、セロトニン受容体、オピオイド受容体、カンナビノイド受容体など多数あります。
GPR109A(HCAR2, PUMA-Gとも報告されている)はナイアシンの受容体として発見されましたが、その後、短鎖脂肪酸の酪酸やケトン体のβヒドロキシ酪酸もこのGPR109Aのリガンドであることが明らかになっています。
例えば、食物繊維が腸内細菌で発酵すると短鎖脂肪酸の酪酸が産生され、この酪酸が抗炎症作用やがん予防効果を発揮します。この作用メカニズムがGPR109Aの活性化だと考えられています。
つまり、酪酸が免疫細胞(マクロファージと樹状細胞)に存在するGPA109Aを活性化すると、マクロファージと樹状細胞が抗炎症性の分子を生産し、抗炎症的に作用するというメカニズムが提唱されています。
図:腸内細菌による食物繊維の発酵によって産生される酪酸とケトン食で産生されるβヒドロキシ酪酸はマクロファージなどの炎症細胞に発現しているGPR109A(HCAR2)に作用して抗炎症作用を発揮する。
ケトン体のβヒドロキシ酪酸もGPR109Aの活性化を介して抗炎症作用を発揮することが指摘されています。以下のような報告があります。
HCA2はGPR109Aの別名です。2つは同じものです。
【要旨】
神経組織の炎症は、多発性硬化症や脳卒中を含む多くの神経疾患に共通する病理所見である。しかしながら、神経系の炎症を制御する治療法の確立は困難である。
神経炎症における炎症細胞はHCA2受容体を発現している。HCA2は内因性の神経保護作用のあるケトン体のβ—ヒドロキシ酪酸の受容体であり、さらにフマル酸ジメチル(dimethyl fumarate)とニコチン酸の受容体でもある。
フマル酸ジメチルは多発性硬化症の治療に有効であり、ニコチン酸は実験的脳卒中に治療効果を示すことが報告されている。
この総説では、神経炎症を軽減するフマル酸ジメチルとニコチン酸とβ-ヒドロキシ酪酸の治療効果にHCA2が関与しているエビデンスをまとめた。
さらに、神経炎症性疾患におけるHCA2の治療効果の作用メカニズムと最近開発されたHCA2の合成リガンドの治療効果について考察した。
これは、総説論文ですが、ニコチン酸やβ-ヒドロキシ酪酸の神経変性疾患に対する治療効果としてGPR109A(HCA2)の関与が重要という内容です。
【ナイアシンはGPR109Aを介してアディポネクチンの分泌を刺激する】
GPR109Aがアディポネクチンの分泌を刺激するという報告もあります。アディポネクチンは人間の脂肪(脂肪細胞)から分泌されるホルモンの一種で、寿命を延ばす作用と同時に、がんを抑制する作用があります。以下のような論文があります。
【要旨】
ナイアシン(ニコチン酸)はメタボリック症候群の男性において血清アディポネクチンの濃度を高めることが最近報告されている。しかしながら、ナイアシンがアディポネクチンの分泌を制御するメカニズムについてはまだ解明されていない。
ナイアシンはその受容体であるGPR109Aに依存するメカニズムと、GPR109Aを介さないメカニズムで脂肪分解に作用することが知られている。そこで、この研究はアディポネクチンの分泌におけるGPR109Aの役割を検討する目的で行った。
まず、ラットを使った動物実験では、ナイアシン(30 mg/kg)の経口投与は血清アディポネクチンを急速に高めたが、遊離脂肪酸の血清濃度は低下させた。
さらに、脂肪細胞の初代培養を使った実験では、ナイアシンあるいはβ-ヒドロキシ酪酸(GPR109A受容体の内因性リガンド)を脂肪細胞に投与すると、アディポネクチンの分泌が増え、脂肪分解が減少した。この作用は脂肪細胞を百日咳毒素で前処理すると阻止された。(補足:百日咳毒素はGタンパク質共役型受容体のシグナル伝達を阻止する)
細胞膜にGPA109A受容体の発現が無い3T3-L1脂肪細胞では、ナイアシンはアディポネクチン分泌や脂肪分解に作用しなかった。
これらの培養細胞を使った実験結果をさらに確かめるため、GPR109A受容体を正常に持ったマウスとGPR109A受容体遺伝子を欠損させた(ノックアウトした)マウスを用い、ナイアシンあるいはプラセボ(偽薬)を1回投与して血清を採取しアディポネクチンと遊離脂肪酸の濃度を測定した。
GPR109A受容体を正常に持ったマウスでは、ナイアシン投与後10分以内に血清中のアディポネクチンは増え、遊離脂肪酸は減少した。しかしながら、GPR109A受容体遺伝子を欠損させたノックアウトマウスでは、ナイアシン投与はアディポネクチン分泌と脂肪分解には作用しなかった。
これらの結果は、GPR109A受容体は、アディポネクチン分泌と脂肪分解の制御において重要な役割を担っていることを示している。
Gタンパク質共役型受容体(G protein coupled receptor : GPCR)には、まだ内因性リガンドが発見されていないものが数多く残っています。このようなリガンドが見つかっていない受容体をオーファン受容体(Orphan Receptor)と言います。Orphan は「孤児」という意味です。リガンドは受容体に特異的に結合してその受容体を活性化する物質です。
GPR109Aも長い間そのリガンドが判らないオーファン受容体でしたが、2003年に、ビタミンB3として知られるナイアシン(ニコチン酸)の受容体であることが判明し、さらに単鎖脂肪酸の酪酸やケトン体のβ-ヒドロキシ酪酸の受容体であることが明らかになりました。
ナイアシンの高脂血症の改善と動脈硬化の予防効果はこのGPR109Aを介することが明らかになっています。GPR109A遺伝子を欠損するマウスでは、ナイアシンの高脂血症の改善と動脈硬化の予防効果が見られないことが報告されています。
動脈硬化の抑制に関しては、高脂血症の改善(LDLコレステロール低下、HDLコレステロール増加、中性脂肪低下)による作用の他に、ナイアシンはマクロファージに発現しているGPR109Aに作用して動脈硬化の進行を抑えることが報告されています。これは、動脈硬化を起こしやすくしたマウスに、GPR109A遺伝子を欠損したマウスの骨髄を移植すると、ナイアシンの動脈硬化抑制作用は認められなくなることから証明されています。
ナイアシンはその血清脂質に対する有効性から、心血管疾患に50年以上前から使用されています。
つまり、ナイアシンやケトン体のβ-ヒドロキシ酪酸にはGPR109Aを介して、高脂質血症と動脈硬化を改善する効果があると考えられています。
GPR109A(HCA2とも呼ばれる)は脂肪組織とマクロファージに多く発現しています。マクロファージあるいはその系統の細胞であるミクログリア細胞の活性化が原因となる様々な炎症性疾患にGPR109Aのリガンドが抑制的に作用します。その結果、様々な神経炎症性疾患(パーキンソン病やアルツハイマー病など)や動脈硬化性疾患を抑制します。
マクロファージの細胞株を使った実験で、マクロファージをLPS(リポ多糖)で活性化するとGPR109Aの発現が増加します。β-ヒドロキシ酪酸はマクロファージのGPR109Aに作用してマクロファージの活性を抑え、抗炎症作用を発揮します。GPR109Aは炎症性疾患の治療薬の開発の重要なターゲットとして注目されています。
GPR109Aの発現は最初は脂肪細胞だけだと思われていましたが、免疫細胞や肝細胞や小腸や大腸の粘膜上皮細胞や網膜色素上皮細胞などにも発現していることが明らかになっています。免疫調節作用に関わっていることも報告されています。
最近の研究で、GPR109Aの活性化が神経障害を抑制したり、神経細胞を保護する作用があることが明らかになっています。例えば、GPR109Aの活性化は糖尿病性網膜症やパーキンソン病の改善作用があることが報告されています。
ニコチン酸誘導体のニセリトロール(商品名:ペリシット)やコレキサミン(商品名:ニコモール)は高脂血症治療薬として臨床で使用されていますが、寿命延長やがん予防の目的で利用しても良いかもしれません。
図:ビタミンB3のナイアシン(ニコチン酸とニコチン酸アミド)や高脂血症治療薬のニコチン酸誘導体(ニセリトロール、コレキサミン)は脂肪細胞やマクロファージなどに発現しているGタンパク質共役型受容体のGPR109Aのアゴニスト(作動薬)として作用し、高比重リポたんぱく(HDL)の血中濃度を上昇させ、抗炎症作用やアディポネクチン産生亢進などの作用を発揮する。その結果、動脈硬化の進行を抑えて心血管疾患の発症や進展を抑制し、がんの発生・進展を抑制し、抗老化作用と寿命延長効果を発揮する。