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64)過度な筋力トレーニングはがんを増やし、寿命を短くする

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術64

ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。

【運動の健康作用はJカーブを示す】

 適量の飲酒を毎日する人は、全く飲まない人や時々飲む人に比べて、心筋梗塞などの冠動脈疾患による死亡率が低い傾向にあります。血液循環が良くなるためです。そのため、全死亡率も低下すると言われています。
 

しかし、毎日大量飲酒する人では、がんや心血管疾患や肝疾患などの発症リスクが高くなり、死亡率も高くなります。適量というのは、日本人であれば純アルコールで1日平均20g程度とされています。具体的にはビールなら500ml、日本酒なら1合(180ml)程度です。
 

そこで、1日の飲酒量と死亡率の関係を グラフに表すと“J”の字になるため、一般的にこれを「J カーブ効果」と呼んでいます。(下図)

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図:全く飲酒しない人を1とした場合の飲酒量と全死亡率の関係。適量(純アルコールとして1日20g程度)の飲酒は死亡率を最も低下させ、飲酒量が過剰になると量に比例して死亡率が増える。


このようなJカーブの関係は運動でも認められています。つまり、適度な運動は寿命を延ばし、運動不足は様々な病気のリスクを高め、過剰な運動も健康にマイナスになることが知られています。  
 

筋肉トレーニングもやり過ぎると、健康にマイナスになり、がんや循環器疾患の発症を増やし、死亡率を高める可能性が指摘されています。つまり、筋力トレーニングの量と死亡率はJカーブの関係にあります。以下のような論文が最近報告されています。

Muscle-strengthening activities are associated with lower risk and mortality in major non-communicable diseases: a systematic review and meta-analysis of cohort studies.(筋力強化運動は、主要な非感染性疾患のリスクと死亡率の低下に関連している:コホート研究の系統的レビューとメタアナリシス)Br J Sports Med. 2022 Feb 28;bjsports-2021-105061.

【要旨】
研究の目的:有酸素運動とは無関係に、筋肉強化運動(筋力トレーニング)と非感染性疾患のリスクおよび成人の死亡率との関連を定量化すること。

研究法:前向きコホート研究の系統的レビューとメタアナリシス。

データソース: MEDLINEとEmbaseは、開始から2021年6月まで検索され、すべての関連記事の参照リストがレビューされた。

研究を選択するための適格基準: 重度の健康異常のない18歳以上の成人における筋力強化運動と健康転帰との関連を調べた前向きコホート研究。

結果:16件の研究が適格基準を満たした。筋力強化運動は、すべての原因による死亡、心血管疾患、全がん、糖尿病、および肺がんのリスクが10〜17%低くなることに関連していた。筋肉強化活動といくつかの部位特異的がん(結腸、腎臓、膀胱および膵臓がん)のリスクとの間に関連は見られなかった。
すべての原因による死亡率、心血管疾患および全がんの発症リスクは、筋肉強化活動が週に30分〜60分で最大のリスク低減(約10〜20%)を伴うJ字型の関連が認められた。糖尿病では、週に60分の筋力強化活動で最大のリスク低下を示すL字型の関係が観察された。
筋力強化と有酸素運動の組み合わせは、どちらの運動もしない場合と比べて、すべての原因による死亡率、心血管疾患及び全がんの死亡率の低下と関連していた、

結論: 筋力強化運動は、すべての原因による死亡率と、心血管疾患、全がん、糖尿病、肺がんなどの主要な非感染性疾患の発症リスクと逆相関していた。ただし、観察されたJ字型の関連性を考慮すると、すべての原因による死亡率、心血管疾患および全がんに対する過度の筋肉強化運動の影響は不明である。


この論文は東北大学大学院医学系研究科スポーツ運動医学専攻(Department of Medicine and Science in Sports and Exercise, Tohoku University Graduate School of Medicine)、早稲田大学スポーツ科学部(Faculty of Sport Sciences, Waseda University)、九州大学大学院医学系研究科疫学・公衆衛生学専攻(Department of Epidemiology and Public Health, Kyushu University Graduate School of Medical Sciences)の共同研究です。

レジスタンストレーニングやウエートトレーニングなどの筋力トレーニングと全死亡や心血管疾患、がん、糖尿病の発症リスクとの関連について検討するため、今まで報告された論文の結果を調査して系統的レビューおよびメタ解析を行なっています。

メタ解析の結果、日常的に筋トレを実施している群では非実施群と比べてこれらのリスクが10~17%低下することが示されました。しかし、筋トレの実施時間が週130~140分を超えると全死亡、心臓血管疾患、がんについてはリスクが上昇に転じるJ字型の関連が認められました。
 

前述のように、J字型の関連(Jカーブ)というのは、ある範囲でリスクが低下し、その領域よりも少なくても多くてもリスクが上昇するという関係です。

つまり、筋トレには長期的な健康増進効果がありますが、やり過ぎると効果が得られなくなってしまう可能性がある、あるいは心臓血管疾患やがんの発症リスクを高め、死亡率を高める可能性があることを示唆しています。
一方、筋トレと糖尿病リスクの間にはL字型の関連が認められ、筋トレの時間が週に60分に達するまで大幅な糖尿病リスクの低下が認められ、60分を超えてもリスクは低下していました。
 

総合的には、筋力トレーニングは週に30分から60分程度が最も健康に良く、週に130分を超えると健康にマイナスになり、がんや心血管疾患の発症リスクを高め、寿命を短縮する可能性がありそうです。 
 

ただし、筋力トレーニングの強度が体に及ぼす影響の程度には個人差があるので、筋トレをかなり長時間行っても問題ない人も多いと思います。



【過度な運動は逆効果】

 定期的な運動がヒトの病原微生物に対する免疫反応を高めることが示されています。興味深いのは、ポジティブな免疫調節効果は軽度から中程度の強度の運動でのみ達成できることです。対照的に、高強度または長時間の運動(マラソンやトライアスロンなど)は、体のストレス状態を高め、内因性コルチゾール(副腎皮質ホルモン)の増加により、免疫応答を低下させることが知られています。

運動は急激に大量の酸素を消費するため、多量の活性酸素が体内に発生し、体の酸化障害を促進することになります。肉体的および精神的なストレスを引き起こすような過度の運動は、ナチュラルキラー細胞活性などの免疫系の働きを低下させることが知られています。
 

マラソンのトレーニングとそれに類似した過酷な運動は免疫機能を低下させ,感染症リスクを増大させる可能性を指摘する報告は数多くあります。(図)

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図。運動は不足しても過剰でも、感染症やがんの発症や寿命にマイナスになる。適度な運動は感染症に対する抵抗力を高め、がんを予防し、寿命を延長する。



【オスは屈強さを得るために寿命を犠牲にする】

 日本の2017年のがん統計によると、1年間にがんと診断されたのは約98万人で、そのうち男性は約56万人、女性は約42万人となっています。人口10万人あたりの粗罹患率(2017年)は男性が906.4人、女性は643.4人です。つまり、男性のがんの発生率は女性の約1.4倍です。
 

生涯でがんに罹患する確率は、男性65.5%で女性50.2%です。生涯でがんによって死亡する確率は、男性は24%、女性は15%というデータもあります。
 

がんは男女とも60歳代から増加し高齢になるほど高くなりますが、60歳代以降のがんの発生率は男性が女性より顕著に高いのが特徴です。70歳以上では1年間にがんになる率(がん罹患率)は、男性は女性の2.5倍以上です。(下図)

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図:がんは加齢とともに発生率が上昇するが、60歳代以降のがんの発生率は男性が女性より顕著に高い。


がんの発生率が男性より女性の方がかなり低いという現象は、多くの国で確認されています。さらに、女性の寿命が男性より長いことも多くの国で認められています。
 

2019年の日本人の平均寿命は女性87.45歳、男性81.41歳で過去最高を更新しています。日本の場合、女性の平均寿命が男性より5~7歳長いというのは1965年以降ずっと続いています。1965年は平均寿命がまだ70歳前後のころです。1950年代は平均寿命が60歳代ですが、この頃でも女性の方が3~4歳ほど寿命が長いことがデータで示されています。
 

女性の方が男性より寿命が長いというのは、ほとんどの国で確認されています。特に寿命が長い先進国では、日本と同様に5~7歳くらいの男女差があり、しかも、寿命が延びるほど男女差が拡大する傾向にあります。世界中の100歳以上の人口の75%は女性で、110歳以上の人口の90%が女性と言われています。このように、がんの発生率や寿命における男女差の原因としては、様々な理由が考えられます。

一般的に男性は、喫煙や飲酒の量が多く、危険な職業等により、女性に比べて身体に悪い影響を受けていることから、女性より短命でがんの発生も多いと言われています。あるいは、女性ホルモンのエストロゲンが動脈硬化を予防する効果があるとか、性染色体(男性はXYで女性はXX)やミトコンドリアDNAの違いの関与など生物学的な様々な違いの関与も指摘されています。
 

女性より男性の方が身長が高いことは、男性の方が体の成長を促進する成長因子やシグナル伝達系が亢進していることを意味し、その結果、がんの発生が多く、寿命が短いと言う推測もあります。生物学的に「オスは屈強さを得るために寿命を犠牲にする」という考えです。


最近の老化の研究からこの男女差の原因の根本的な理由に哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1(mTORC1)が関与していることが指摘されています。mTORC1は体の成長を促進し、屈強な体を作る作用がありますが、この作用が老化を促進するという考えです。
 

筋力トレーニングは筋肉の量を増やし、筋力を高め、屈強な体を作ることを目的にします。この場合、mTORC1を活性化するため、老化を促進し、寿命を短くするというメカニズムが提唱されています。
 

プロのスポーツ選手、特に体重や筋肉を増やすようなスポーツ選手は老化や発がんを促進する可能性が高いことが指摘されています。
牛乳タンパク質や糖質の多い食事も、mTORの活性を高める作用があるので、老化と発がんを促進する可能性があります。インスリンやアミノ酸のロイシンはmTORC1活性を高めます。
 

つまり、筋力トレーニングを過剰に行って筋肉量を増やすことは、がんや心血管疾患のリスクを高め、寿命を短くする可能性があることに注意が必要です。

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術 記事まとめ


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