58)生物は食事を減らすと寿命が延びる
体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術58
ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。
【人間は水だけで1ヶ月以上生きられる】
普通の体格の人では、絶食しても水だけ飲めれば1〜2ヶ月くらいは生きていけます。高度に肥満した人であれば1年くらいは生きていけます。
長期間の絶食(断食)で水だけの摂取ではビタミンやミネラルが不足して健康障害がでてきますが、ビタミンやミネラルをサプリメントなどで補充すれば、健康障害を起こすことなく1ヶ月以上は普通に暮らしていけます。
その理由は、体脂肪に1ヶ月分以上のエネルギーが蓄えられているからです。体重に占める体脂肪の比率は、平均的な体格の人で、男性は10〜20%程度、女性は20〜30%程度です。
体重60kgの人で体脂肪率が20%とすると、12kgの脂肪が貯蔵されています。1gの脂肪は約9キロカロリーのエネルギーを産生するので、12kgで約10万キロカロリーのエネルギーになります。普通に生活して消費するエネルギー量は2000キロカロリー程度なので、約50日分のエネルギー量に相当する計算です。
動物の場合、食事からの余ったカロリーはグリコーゲンと脂肪に合成されて貯蔵されます。
グリコーゲンはブドウ糖(グルコース)が多数結合したもので、主に肝臓や筋肉に貯蔵されています。平均的な成人のグリコーゲンの貯蔵量は、肝臓にせいぜい100g程度、筋肉には400g以下しかありません。グリコーゲンはブドウ糖に分解されてエネルギー産生に使われますが、グリコーゲンもブドウ糖も1gのエネルギーは約4キロカロリーなので、グリコーゲン貯蔵量を最大に見積もって500gとしても2000キロカロリー程度、すなわち1日程度で枯渇してしまいます。通常のグリコーゲンの貯蔵量は200〜300g程度なので、数時間から半日程度で枯渇します。
一方脂肪は、前述のように1ヶ月から2ヶ月分のエネルギーを蓄えることができます。
グリコーゲンは、動物の体内でエネルギーを一時的に保存しておくための物質で、脂肪に比べると利用しやすいかわりに、すぐに枯渇する欠点を持っています。一方、脂肪は体積当たりのエネルギー量が糖質より大きく、長期的なエネルギーの保存に適した物質と言えます。この体脂肪に蓄えたエネルギー源によって、人間は水だけで1ヶ月以上の生存と活動が可能になっています。
図:体重60kgの標準的な体格の人では、肝臓と筋肉に貯蔵されているグリコーゲンの量は500g以下で、2000キロカロリー(kCal)程度のエネルギー量に相当し、絶食すれば24時間以内に枯渇する。一方、体脂肪率が20%で10kg程度の脂肪が貯蔵されており、エネルギー量は10万キロカロリー(kCal)程度になり、これは1〜2ヶ月分のエネルギー量に相当する。
【食べ物が減ると生殖を先延ばしにする】
断食やカロリー制限が老化速度を遅くし寿命を延ばすのは、食糧が少ない時期に生殖を先延ばしするというメカニズムが体内に存在するからです。
生物が生きる最大(唯一ともいえる)の目的は、種の維持と繁栄です。生殖活動を行うために、食物から栄養を摂取して成長・成熟し、生殖年齢が超えたあとは成長・成熟のメカニズムが老化を促進して、不要になった(生殖寿命が尽きた)個体を集団から排除するというのが、生物の宿命になっています。
冬になって食糧が乏しくなるように、自然環境においては食糧が手に入らない状況が突然訪れることがあります。このような状況では生殖活動するエネルギーもなく、子供を作っても育てられません。したがって、生物は食糧事情が悪くなると生殖活動を先延ばしし、食糧が豊富になったときに生殖活動を行うように、その期間を老化が進行しないようなメカニズムを進化の過程で獲得してきたということです。そして、そのメカニズムの基本は、酵母から哺乳動物まで共通しています。
種の繁栄に有利な性質が進化の過程で淘汰を生き残ることになります。食糧が乏しくなるとすぐ死ぬような生き物は進化の過程で簡単に淘汰されます。栄養やエネルギーの不足に対して抵抗性を持つようなメカニズムを獲得したものが生き残ります。実際、断食やカロリー制限食では酸化ストレスや栄養飢餓など様々なストレスに対する抵抗性が増すことが知られています。
食糧が乏しい時には、栄養飢餓に対する抵抗性を高め、代謝を抑制して寿命を延ばし、食糧が十分に入手できるようになったときに生殖活動が行えるように、食糧が乏しい条件(カロリー摂取が不足するとき)では寿命を延ばすメカニズムやストレスに対する抵抗性を高めるメカニズムが進化したと言えます。
飢餓時にストレスに対する抵抗性を高める複数のメカニズムが知られていますが、その一つが転写因子のFOXOの活性化です。
【転写因子FoxOはストレス耐性を高めて寿命を延長し、がんを抑制する】
寿命延長とストレス耐性が相互に密接に関連することは、1980年代にショウジョウバエの研究で初めて明らかになっています。
老化の遺伝学的研究の第一人者であるマイケル・R・ローズ博士(Michael R. Rose:現カリフォルニア大学アーヴァイン校/生態学・進化生物学部門教授)は、寿命を延ばしたショウジョウバエの集団を作成して、老化の遺伝的研究を行っていました。ローズ博士は長寿化したショウジョウバエ群を初めて作成した研究者ですが、研究の初期のころ(1982年)、実験助手がエサをやるのを忘れてハエを死なせてしまうという出来事がありました。そのとき、普通のハエはほとんど死んでいたのに、長寿のハエはほとんどが生き残っていました。
そこで、ローズ博士は、「長寿バエはストレスに対する抵抗力を高くなっている」、「老化の先送りはストレス耐性の向上と関連している」と考えました。 実際に、長寿バエは普通のハエに比べて、飢餓や乾燥や酸化ストレスに対する耐性が高いことがその後の実験で明らかになっています。
この偶然の発見から、ショウジョウバエを使った長寿の遺伝子の研究は進歩します。つまり、それまでは、ハエの寿命が延びたかどうかは、ハエが死ぬまで(3ヶ月程度)待たなければなりませんが、若いハエを使ってストレスに対する能力を測定するのは数日で調べられるので、実験のスピードは5~10倍にまで加速することになったということです。
(上記の内容の参考図書:マイケル・R・ローズ「老化の進化論:小さなメトセラが寿命感を変える」熊井ひろ美訳、みすず書房2012年)
最近の研究で、このようなストレス耐性を高めているのがFoxO(Forkhead Box O)という転写因子であることが明らかになっています。
転写因子FoxO(Forkhead Box O)はDNA結合ドメインFox(Forkhead box)を持つForkheadファミリーのサブグループ“O”に属する転写因子です。哺乳類では4種類(FoxO1, FoxO3a, FoxO4, FoxO6)ありショウジョウバエでは1種類(dFOXO)あります。
ハエと哺乳類において、インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)シグナル伝達系は保存されており、FoxO転写因子はこのシグナル伝達系の下流する位置しています。
FoxO1とFoxO3は約650個のアミノ酸からなる蛋白質で、遺伝子のプロモーター領域のTTGTTTACという配列に結合します。アンドロゲン受容体やβカテニンとも相互作用します。
転写因子というのは特定の遺伝子の発現(DNAの情報を蛋白質に変換すること)を調節している蛋白質で、FoxOはストレス応答、代謝制御、細胞周期、アポトーシス、細胞分化、DNA修復、免疫機能、炎症などに関連する多くの遺伝子の発現を促します。
FOXOは様々なストレスに対する抵抗力を高める作用を担っており、たとえば、カタラーゼやスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)のような抗酸化酵素の発現を高めることによって酸化ストレスに対する抵抗力を高める作用があります。 がん抑制遺伝子としての性格も持っており、FoxOの活性化は抗がん作用を示します。
絶食すると脂肪が燃焼してケトン体が多く産生されます。ケトン体の一種のβヒドロキシ酪酸はヒストン脱アセチル化酵素を阻害し、FOXO遺伝子のプロモーター領域におけるヒストンの高アセチル化を引き起こし、FOXO遺伝子発現を亢進することによって酸化ストレス耐性を高めることが報告されています。
すなわち、飢餓や絶食による寿命延長効果のメカニズムとして、βヒドロキシ酪酸によって転写因子FOXOが活性化され、Mnスーパーオキシドジスムターゼ(Mn-SOD)やカタラーゼの発現を誘導し、酸化ストレスに対して耐性が増強することが関与している可能性が示唆されています。これは、血中のβヒドロキシ酪酸が高濃度になるケトン食や絶食(断食)が、寿命延長やがん抑制に有効である可能性を示唆しています。
【インスリンやインスリン様成長因子-1(IGF-1)はFOXO活性を抑制して寿命を短縮する】
線虫とハエと哺乳類において、インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)シグナル伝達系は保存されており、FOXO転写因子はこのシグナル伝達系の下流する位置しています。
FOXOのリン酸化にはリン酸化されるセリンあるいはスレオニンの部位によって、核外に移行して転写活性が阻害される場合と、逆に核内に保持されて転写活性が亢進される場合の2種類があります。
インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)はPI3K/Aktシグナル伝達系を亢進し、活性化されたAktは転写因子FOXOをリン酸化します。この場合、リン酸化されたFOXOは核外(細胞質)へ移行して分解されるので、FOXOの転写活性は抑制されます。(下図)
図:インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)はPI3キナーゼ/Aktシグナル伝達系を亢進し、活性化されたAktは転写因子FOXOをリン酸化する。リン酸化されたFOXOは14-3-3というたんぱく質と結合し核外(細胞質)へ移行して分解されるので、FOXOの転写活性は抑制される。FOXOの標的遺伝子はストレス応答、代謝制御、細胞周期、アポトーシス、細胞分化、DNA修復、免疫機能、炎症などの細胞機能を制御する。インスリン/IGF-1シグナル伝達系の活性化はFOXOの核外への移行(不活性化)を促進して、ストレス抵抗性を低下させ、寿命を短縮する。
前述の様に、FOXOはインスリン-PI3K-AKTシグナルによって負に制御されています。つまり、PI3K-AKTシグナルが活性化されるとAKTによって直接的にリン酸化され、FOXOの核外移行を促進することでその転写活性は抑制されます。
一方、栄養飢餓状態ではPI3K-AKTの不活性化に伴いFOXOの活性化が誘導されることになります。つまり、飢餓や断食やカロリー制限などによる寿命延長や抗がん作用に関与する転写因子として重要な役割を担っています。
断食というのは、一定期間すべての食物または特定の食物の摂取を断つことです。絶食というのは生物にとっては生きるか死ぬかの強いストレスになるので、体は最大の防衛モードに入ります。日頃細胞分裂を行っている細胞も一時的に増殖を止めるか分裂速度を低下させ、様々なストレスや毒物に対する抵抗性を高めるタンパク質の合成を促進させます。
すなわち、絶食を行うと、物質を合成する同化作用や細胞分裂させる作用をもったホルモンや増殖因子(インスリンやインスリン様成長因子など)は減少し、ストレスに対する抵抗力を高める遺伝子の発現は増加します。
酵母の実験では活性酸素や抗がん剤に対する抵抗性は、栄養飢餓(絶食)によって10倍以上に高まることが報告されています。
絶食はインスリンやインスリン様成長因子-1(IGF-1)の発現を低下させます。マウスの実験で、72時間の絶食で血中のIGF-1濃度が70%低下し、IGF-1の活性を阻害するIGF結合タンパク質-1 (IGFBP-1)の濃度は11倍に増加しました。IGF-1の血中濃度が70から80%減少したマウスでは、抗がん剤などによる細胞毒性に対して抵抗性を示しました。
成長ホルモン/IGF-1シグナル伝達系の阻害は、ストレス抵抗性を高め、寿命延長作用を示すことが多くの実験モデルで示されています。IGF-1シグナル伝達系が欠損している動物は寿命が長く、ストレスに対する抵抗性が高いことが報告されています。
つまり、絶食やカロリー制限はインスリンやIGF-1シグナル伝達系の抑制によってストレス抵抗性が増し、寿命を延ばすメカニズムが作動するのです。このメカニズムの中心が、栄養飢餓時に活性化されるFOXOという転写因子です。
【FOXOの遺伝子型が寿命に関連する】
ハワイで日系移民を対象にしたコホート研究のHonolulu Heart Program/Honolulu Asia Aging Studyは世界的に有名な疫学研究です。
1900年~1919年に生まれたハワイのホノルル在住の8006人の日系アメリカ人を対象に1965年から始まり、ほぼ50年間の追跡が行われています。
このうち約1200人が90歳以上生きており、まだ250人程度が生存しているということです。
このデータの解析では、身長が低い方が寿命が長いことが明らかになっています。
以下のような論文が最近報告されています。
ホノルル心臓プログラム(the Honolulu Heart Program)の研究のデータから得られた1915人の非喫煙者の健康な日系アメリカ人を対象に36年間追跡した解析では、エネルギー消費量が平均の15%低いグループでは死亡率が低いことが示されています。
この論文では以下のような図が載っています。この集団では、80歳くらいまでは身長による生存率に差は認められませんが、80歳以降は身長が低い方が長く生きることが示されています。
この論文では、成長の初期の段階で体格が小さいことが80歳以降の寿命の延長に関連しており、寿命に関連するFOXO3遺伝子の遺伝子型との関連を示唆しています。
FOXO3は転写因子で寿命を延ばす作用があります。このFOXO3遺伝子には一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)に基づく活性の違いがあります。このうち、寿命延長に関連したFOXO3遺伝子型を持っている人では、インスリン濃度が低値で、がんも少なく、身長が低い関係があると報告しています。
インスリン/インスリン様成長因子-1のシグナル伝達系の活性が低いと身長や体格は小さくなります。つまり、身長と寿命の逆相関はインスリン/インスリン様成長因子-1のシグナル伝達系、mTORC1活性、FOXO活性で説明できることになります。
身長の高い人や体格の良いひとはカロリー摂取が多いことががんのリスクを高めたり、早死にする原因になっているという指摘もあります。
女性が男性より寿命が長いことも身長との関連が指摘されています。女性において、インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)シグナル伝達系の活性の低下は寿命延長と短身長と相関しているという考えです。
大きい人は成長ホルモンやインスリン/インスリン様成長因子-1のシグナル伝達系(最終的にはmTORC1の活性化)が亢進しているから、成長が良いのだけど、これらのシグナル伝達系が亢進すると老化が促進されて寿命が短くなるというメカニズムです。
生物が「カロリー制限によって寿命が延びる」ようなメカニズムを進化の過程で獲得したであろうことは容易に理解できます。このメカニズムを獲得したものが淘汰に生き残ったとも言えます。この生物の生存や種の繁栄においてメリットがあるからです。
絶食やカロリー制限食では酸化ストレスや栄養飢餓など様々なストレスに対する抵抗性が増すことが知られています。
食糧が乏しい時には、栄養飢餓に対する抵抗性を高め、代謝を抑制して寿命を延ばし、食糧が十分に入手できるようになったときに生殖活動が行えるように、食糧が乏しい条件(カロリー摂取が不足するとき)では寿命を延ばすメカニズムやストレスに対する抵抗性を高めるメカニズムが進化したと言えます。
FOXOは酸化ストレスや飢餓ストレスに対する抵抗力を高める作用があります。栄養飢餓を乗り越えるために進化の過程で獲得したメカニズムです。
食糧が少なくなったとき単に寿命を延ばすだけでなく、食糧が得られるとき生殖活動を再開することが目的であるため、若々しく保つ(老化を抑制する)ことも重要です。
すなわち、カロリー制限は寿命を延ばすだけでなく、体を若々しくする効果もあることになります。
西洋人において理想の身長は188cmという報告があります。高身長は社会的にはかなりのメリットがあります。近い将来、遺伝子改変や薬を使って、自分の子供の身長を大きくすることを希望する親が出て来る可能性が高いことが指摘されています。現時点でも小児期に成長ホルモンを投与すれば、身長を伸ばすことは簡単にできます。
そのため、身長と寿命の関連に関する研究が必要という意見があります。その意見では、「体を大きくすることは寿命を犠牲にする」ことを知っておかなければならないと言っています。
高身長の人が寿命を延ばしたければ、インスリン/インスリン様成長因子-1のシグナル伝達系を抑制するしかありません。そのためには、カロリー制限や糖質制限を行うと目的を実行できます。ケトン食も有効です。
運動も食事制限もやりたくなければ、薬やサプリメントを使ってAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)とサーチュイン1を活性化してFOXOを活性化する方法もあります。その方法として、メトホルミン、レスベラトロール、プテロスチルベン、ビタミンD3、ニコチンアミド・モノヌクレオチド、ニコチンアミド・リボシドなどが有効です。(下図)
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