56)ケトン食はアディポネクチンを増やす
体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術56
ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。
【脂肪組織は生体内の最大の内分泌臓器】
脂肪組織は、余剰エネルギーを中性脂肪として貯蔵する単なるエネルギー貯蔵臓器と考えられていたましたが、近年、アディポサイトカインあるいはアディポカインと総称される生理活性物質を活発に産生・分泌する生体内で最大の内分泌臓器として、個体の恒常性維持や代謝の調節に大きく関わっていることが明らかになってきました(下図)。
図:脂肪組織はアディポカインやサイトカイン、ケモカイン、補体因子などの生理活性物質を産生している。アディポカイン(アディポネクチン、レプチンなど)は、インスリン感受性、心血管疾患、関節炎や肥満などにおいて重要な役割を果たしている。
【アディポネクチンはAMP活性化プロテインキナーゼを活性化してインスリン感受性を高める】
アディポネクチンはアディポカインの一つです。脂肪細胞から分泌される善玉ホルモンのようなタンパク質で、肝臓や筋肉細胞のアディポネクチン受容体に作用してAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し、インスリン抵抗性を改善し、動脈硬化や糖尿病を防ぐ作用があります。
アディポネクチンは血中に1分子ずつバラバラにではなく、複数個がくっついた形で存在しています。低分子量(3量体)、中分子量(6量体)、高分子量(12~18量体)です。中でも高分子量アディポネクチンの生理活性が最も強いことが知られています(下図)。
図:アディポネクチンは主に脂肪細胞から分泌されるアディポカインの一種で、低分子量(3量体)、中分子量(6量体)、高分子量(12~18量体)の形で存在する。肝臓や筋肉細胞の受容体に作用してAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し、インスリン抵抗性を改善し、動脈硬化や糖尿病を防ぐ作用がある。
肥満が老化やがんの発生・増殖を促進することは多くの研究で明らかになっています。その最も大きな理由は、「インスリン抵抗性」を高めるためです。
インスリン抵抗性とはインスリンの作用が低下した状態のことです。インスリン抵抗性になるとそれを代償するために血中のインスリン濃度が高まります。インスリンは老化速度とがん細胞の増殖を促進する作用があります。
インスリンは51個のアミノ酸からなるペプチドホルモンで、血糖値(血中のブドウ糖の量)が上がると膵臓のランゲルハンス島のβ細胞から分泌され、血糖値を一定以上に上昇しないように調節する働きをおこなっています(下図)。
図:膵臓の内部に島の形状で散在する内分泌を営む細胞群があり、これをランゲルハンス島という。ランゲルハンス島はグルカゴンを分泌するα細胞、インスリンを分泌するβ細胞、ソマトスタチンを分泌するδ細胞などから構成される。
細胞表面にあるインスリン受容体にインスリンが結合することによって作用を発揮し、筋肉細胞へのブドウ糖の取り込みや、脂肪細胞での脂肪合成、肝臓におけるグリコーゲン合成を促進します。
肥満になって脂肪が増えると、脂肪組織にマクロファージなどの炎症細胞が浸潤し、TNF-αやIL-6などの炎症性サイトカインの産生が増えます。これらの炎症性サイトカインは脂肪細胞からのアディポネクチンの産生を減少させます。
肥満は脂肪組織における炎症を引き起こし、体を一種の慢性炎症状態にしています。この慢性炎症状態は、炎症性サイトカインの産生や酸化ストレスを高め、老化と発がんを促進する原因にもなります。インスリン抵抗性が亢進して血中のインスリン濃度が高くなると、老化を早めて寿命を短くすることになります。
炎症と高インスリン血症は発がん過程やがん細胞の悪性化を促進します。つまり、肥満ががんの発生や悪化を促進する理由の一つは、脂肪の増加によって体内で炎症性サイトカインの増加とアディポネクチンの産生低下が起こるからです。これは、肥満が老化を促進し、寿命を短縮する理由とも関連しています(下図)。
図:肥満による脂肪組織・脂肪細胞の増加は炎症性サイトカインを増やし、アディポネクチンを低下させてインスリン抵抗性を高め、高インスリン血症を引き起こす。インスリンは老化と発がんを促進し、寿命を短縮し、がん細胞の発生や増殖・転移を促進する。
多くの疫学研究で、血清アディポネクチンの濃度とがんの発生率が逆相関することが示されています。例えば、血清アディポネクチンの濃度と様々ながんの発生率を検討した2002年から2011年までに発表された45編の研究論文をレヴューした総説論文があります(ISRN Oncol. 2012;2012:982769.)。
これによると、血清アディポネクチンの濃度が高いほど、乳がん、前立腺がん、子宮内膜がん、大腸がん、食道がん、膵臓がんなど多くのがんの発生率が減少することが示されています。
また、アディポネクチンはがん抑制遺伝子のLKB1を活性化し、その下流のシグナル伝達系にあるAMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)の活性化とmTOR(mammalian target of rapamycin:哺乳類ラパマイシン標的蛋白質)の活性阻害によって、がん細胞の増殖や転移を防ぐ作用があることが報告されています。そして、アディポネクチンは糖尿病や動脈硬化やメタボリック症候群を予防し、寿命を延ばす作用があります。
したがって、アディポネクチンの産生を増やすことは、長寿とがん予防の両方を達成するために極めて重要と言えます。
【GPR109Aはアディポネクチンの分泌を刺激する】
GPR109AはGタンパク質共役型受容体(7回膜貫通型受容体)の一種です。Gタンパク質共役型受容体(G protein coupled receptor : GPCR)は細胞膜の受容体で、光・匂い・味などの外来の刺激や、神経伝達物質・ホルモン・イオンなどの内因性の刺激を感知し、細胞内に伝達するはたらきをしています。
GPCRに分類される細胞膜受容体を作る遺伝子は1000種類以上が見つかっており、細胞膜受容体の最大のグループを形成しています。
Gタンパク質共役型受容体(GPCR)には、まだ内因性リガンドが発見されていないものが多く残っています。このようなリガンドが見つかっていない受容体をオーファン受容体(Orphan Receptor)と言います。Orphan は「孤児」という意味です。リガンドは受容体に特異的結合してその受容体を活性化する物質です。
GPR109Aも長い間そのリガンドが判らないオーファン受容体でしたが、2003年に、ビタミンB3として知られるナイアシン(ニコチン酸)の受容体であることが判明し、さらにケトン体のβ-ヒドロキシ酪酸の受容体であることが明らかになりました。
GPR109A(HCA2とも呼ばれる)は脂肪組織とマクロファージに多く発現しています。マクロファージあるいはその系統の細胞であるミクログリア細胞の活性化が原因となる様々な炎症性疾患にGPR109Aのリガンドが抑制的に作用します。
ナイアシンの高脂血症の改善と動脈硬化の予防効果はこのGPR109Aを介することが明らかになっています。GPR109A遺伝子を欠損するマウスでは、ナイアシンの高脂血症の改善と動脈硬化の予防効果が見られないことが報告されています。
動脈硬化の抑制に関しては、高脂血症の改善(LDLコレステロール低下、HDLコレステロール増加、中性脂肪低下)による作用の他に、ナイアシンはマクロファージに発現しているGPR109Aに作用して動脈硬化の進行を抑えることが報告されています。これは、動脈硬化を起こしやすくしたマウスに、GPR109A遺伝子を欠損したマウスの骨髄を移植すると、ナイアシンの動脈硬化抑制作用は認められなくなることから証明されています。
さらに、ナイアシンがGPR109Aを活性化する機序でアディポネクチンの分泌を刺激することが明らかになっています。
【β-ヒドロキシ酪酸はGPR109Aのリガンドになる】
ケトン体は絶食などで糖質が枯渇した状態で脂肪酸の燃焼(β酸化)が亢進したときに肝臓で産生され、グルコース(ブドウ糖)が枯渇した時の代替エネルギーになります。絶食時などで日常的に産生されています。
ケトン体としてアセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸、アセトンの3種が作られますが、アセトンは呼気となって排泄され、アセト酢酸とβ-ヒドロキシ酪酸はエネルギー源になります。
肝臓では主にアセト酢酸が作られ、血液中にはアセト酢酸が還元されたβ-ヒドロキシ酪酸が多く存在します。β-ヒドロキシ酪酸は細胞に取り込まれると再びアセト酢酸に変換され、さらにアセチルCoAになってミトコンドリアのTCA回路で代謝されてATP産生に使われます。
ケトン (ketone) は R−C(=O)−R'の構造式で表される有機化合物です。酸素と二重結合している炭素の両脇が炭素である化合物をケトンと言います。β-ヒドロキシ酪酸はケトン基を持っていない(ケトン基が還元されて水酸基になっている)ので、正確にはβ-ヒドロキシ酪酸はケトンとは言えませんが、ケトンのアセト酢酸に変換されて代謝されるので、ケトン体に含められています(下図)。
図:脂肪酸の燃焼で産生されたアセト酢酸は脱炭酸によってアセトンへ、還元されてβヒドロキシ酪酸へと変換される。このアセト酢酸、βヒドロキシ酪酸、アセトンの3つをケトン体と言う。β-ヒドロキシ酪酸はケトン基を持っていないので正確にはケトンとは言えないが、アセト酢酸と相互に変換されるのでケトン体に含まれている。
ケトン体は、絶食時や糖質摂取が極端に減ったときに、グルコースの代替燃料として肝臓と赤血球以外の細胞で使用されます。肝細胞は他の組織のためにケトン体を産生する工場であり、作ったケトン体を自分で消費しないように、ケトン体をエネルギーに変換する酵素が欠損しています。赤血球はミトコンドリアが無いためケトン体を代謝できません。その他の正常細胞はケトン体をミトコンドリアで代謝してエネルギー(ATP)に変換できます。β-ヒドロキシ酪酸は細胞内でアセト酢酸に変換されてエネルギー源になります。
一方、β-ヒドロキシ酪酸は燃料としての役割だけでなく、β-ヒドロキシ酪酸そのものが様々な生理活性を持っていることが近年明らかになっています。
つまり、絶食やケトン食で血液中に増えてくるケトン体の一種のβ-ヒドロキシ酪酸には、燃料としての役割の他に、遺伝子発現を制御して細胞機能を変えたり、炎症を抑えたり活性酸素の害を軽減して、2型糖尿病や動脈硬化や認知症などの病気を予防し治療する効果があるのです。β-ヒドロキシ酪酸が単なる燃料ではなく、むしろ遺伝子発現を制御したり、炎症を抑制する作用などを有する生理活性物質と認識されるようになりました。
β-ヒドロキシ酪酸がリガンドとなる受容体が現時点で2種類見つかっています。リガンドというのは、受容体に結合して作用を発揮する物質のことです。β-ヒドロキシ酪酸が作用する受容体は、GPR109A(HCAR2, PUMA-Gとも報告されている)とGPR41(FFAR3とも言う)で、共にGタンパク質共役型受容体です。GPR41は交感神経節に多く分布していますが、その働きに関してはまだ十分に解明されていません。
前述のように、GPR109Aはナイアシン(ニコチン酸)の受容体として知られ、ニコチン酸誘導体のニセリトロール(商品名:ペリシット)は高脂血症治療薬として臨床で使用されています。GPR109Aは中性脂肪の分解を抑制して高脂血症を改善する作用をもっています。
GPR109Aの発現は最初は脂肪細胞だけだと思われていましたが、免疫細胞や肝細胞や小腸や大腸の粘膜上皮細胞や網膜色素上皮細胞などにも発現していることが明らかになっています。免疫調節作用に関わっていることも報告されています。
ケトン食がアディポネクチンの産生を増やす効果があることが報告されています。ケトン食は糖質摂取を減らし、脂肪摂取量を増やして、脂肪の燃焼によるケトン体を増やす食事です。
肥満した小児および青年を対象にして、低カロリー食とケトン食の代謝に対する影響を比較した研究が報告されています。(J Pediatr Endocrinol Metab. 25(7-8):697-704.2012年)
この研究では、58人の肥満者をケトン食と低カロリー食のどちらかに振り分けて6ヶ月間の食事療法を行いました。
食事療法の開始前と終了時(6ヶ月後)の比較において、低カロリー食とケトン食の両方のグループにおいて体重、体脂肪量、腹囲、空腹時インスリン値、インスリン抵抗性指数の著明な減少あるいは低下が認められました。しかし、効果はケトン食の方が高かったということです。両グループともインスリン感受性は統計的有意に上昇しましたが、活性の高い高分子量アディポネクチンの増加を認めたのはケトン食のグループだけでした。
この論文の結論は、「ケトン食療法は、体重の減量や代謝数値の改善において低カロリー食よりも効果が高く、肥満小児の体重減量の治療法として、安全で実施可能な食事療法であることが明らかになった」と記載されています。
この研究で最も注目すべき点は、高分子量アディポネクチンの値が、低カロリー食では有意な上昇を認めず、ケトン食でのみ増加が認められた点です。
アディポネクチンは血中に1分子ずつバラバラにではなく、複数個がくっついた形で存在しています。低分子量(3量体)、中分子量(6量体)、高分子量(12~18量体)です。中でも高分子量アディポネクチンの生理活性が最も強いことが知られていますので、活性の高い高分子量のアディポネクチンの値がケトン食で増加したことは、ケトン食が寿命の延長やがんの予防に効果があることを示唆しています。
また、ラットを使った実験で、ケトン食が、脂肪組織におけるアディポネクチンmRNAの量を増やすことが報告されています。(J Clin Neurosci. 17(7):899-904.2010年 )
つまり、ケトン食はアディポネクチンの分泌促進を介して抗老化作用と寿命延長作用と抗がん作用を発揮することが期待されます。
ケトン食は、がん細胞へのブドウ糖(グルコース)の供給を減らし、さらにインスリンやインスリン様成長因子の産生を減らすことによって増殖シグナルを低下させるメカニズムなどによって抗がん作用を発揮します。 ケトン体のβヒドロキシ酪酸は抗炎症作用(NLRP3インフラマソーム阻害作用など)や抗酸化力の増強作用などによってがん予防や抗老化や寿命延長作用が報告されています。
さらに、ケトン食が寿命延長作用と抗がん作用のある高分子量アディポネクチンの産生を増やすという臨床試験の結果は、ケトン食の抗がん作用と寿命延長効果をさらに支持することになります。
【黄蓍(オウギ)はアディポネクチンの産生を刺激する】
アディポネクチンを増やすには、体脂肪を減らすことが必要です。もし、アディポネクチンの産生を増やすような薬やサプリメントがあれば、動脈硬化性疾患やがんの予防や治療に役立つ可能性があります。老化を抑制し寿命を延ばす効果も期待できます。ナイアシン(ニコチン酸)やニコチン酸誘導体のニセリトロール(商品名:ペリシット)はGPR109Aを活性化してアディポネクチンの産生を増やす効果があります。
漢方薬に使う生薬でアディポネクチンを増やす効果が報告されているものに黄蓍(オウギ)があります。
黄耆はマメ科のキバナオウギおよびナイモウオウギの根で、病気全般に対する抵抗力を高める効果があります。体表の新陳代謝や血液循環を促進し、皮膚の栄養状態を改善する効果や、細胞の代謝機能を増強し、再生肝におけるDNA合成を促進するなどの作用も報告されています。
黄耆に含まれる様々なトリテルペンサポニンはマクロファージやリンパ球を活性化して、細胞性免疫や抗体産生を高める効果があります。
サポニンというのは、本来は、水に混ぜて振ると、石けんのように持続性の泡を生ずる化合物群に付けられた名称です。サポニンの名前は泡を意味する「シャボン(サボン)」に由来します。
サポニンは構造的にはトリテルペンやステロイドに糖が結合した配糖体の一種です。糖の部分は水酸基が多く親水性であるのに対して、非糖部(トリテルペンやステロイド)は疎水性の性質を持ちます。同じ分子内に親水性と疎水性という両極端な性質をもった部分構造が共存していることになり、この構造的特徴が緩和な界面活性様作用をもたらし、体内で様々な薬効を発揮します(下図)。
図:マメ科のキバナオウギおよびナイモウオウギの根を乾燥して刻んだ生薬を黄耆という。黄耆には様々な種類のトリテルペン・サポニンや多糖類を含み、多彩な薬理作用を示す。
漢方では生命エネルギーを「気」という概念で現し、気の量に不足を生じた状態を気虚(ききょ)といいます。気虚とは生命体としての活力である生命エネルギーの低下した状態であり、新陳代謝の低下・諸々の臓器機能の低下・抵抗力の低下した状態です。元気がない・疲れやすい・食欲がない、手足がだるいなどの症状が出てきます。
漢方治療で極めて使用頻度と有用性の高いオウギが、アディポネクチンの産生を高める効果が報告されています。以下のような報告があります。
この論文では、アディポネクチンの産生を高める効果をもった成分を探索するために、中国伝統医学で使用される50以上の生薬の活性成分をスクリーニングし、オウギに含まれるアストラガロシドII(astragaloside II)とイソアストラガロシドI(isoastragaloside I)に強い活性を発見しています。アストロガロシドIIとイソアストロガロシド Iはいずれもサポニンという成分です。
この報告では、オウギのastragaloside IIとisoastragaloside Iが血中の総アディポネクチン濃度を高め、特に活性の高い高分子量のアディポネクチンの割合が上昇することを報告しています。
図:黄蓍(オウギ)に含まれるastragaloside IIとisoastragaloside Iが脂肪組織からのアディポネクチンの産生を高める作用が報告されている。アディポネクチンは肝臓や筋肉細胞の受容体に作用してAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し、インスリン抵抗性を改善し、動脈硬化や糖尿病を防ぐ作用、抗老化と寿命延長効果を発揮する。
以上から、ケトン食やナイアシン(ニコチン酸)やニコチン酸誘導体のニセリトロール(商品名:ペリシット)や黄蓍(オウギ)を多く含む漢方薬は、アディポネクチンの産生を高めて老化を抑制し、がんを予防し、寿命を延ばす効果が期待できると思います。
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