116)運動とケトン食で頭が良くなる
体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術116
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【脳は鍛えることができる】
知性や感情、意志、行動は全て脳に支配されています。脳には約1000億個のニューロン(神経細胞)が存在します。
ニューロン(神経細胞)は幾つかの化学物質を介して互いにコミュニケーションを取りながら、思考や行動のひとつひとつを決めています。一つのニューロンは他の多数のニューロンからの情報を受け取り、それを総合して自身の信号を発します。
ニューロンの枝と枝の結合部位をシナプスと言います。一つのニューロンは他の多数のニューロンとシナプス結合によって複雑な神経細胞のネットワーク(神経回路)を形成しています。(下図)
図:(左)ニューロンの結合部位であるシナプスでは、前シナプスニューロンから放出された神経伝達物質が後シナプスニューロンの受容体に結合することによって、シナプス間の信号が伝達される。
(右)多数のニューロンが相互にシナプスを介して信号のやり取りを行うことによってニューロンのネットワーク(神経回路)を形成している。
「脳の可塑性」や「シナプス可塑性」という神経科学分野の用語があります。「可塑」と言うのは「やわらかくて形を変えやすいこと」と言う意味です。「脳の可塑性」や「シナプス可塑性」というのは、「脳の神経のネットワークを変えることができる」ということです。
前述のように、シナプスとは、ニューロン(神経細胞)とニューロン、あるいはニューロンと効果器細胞との接合部位のことで、このシナプスの間には約20nmの間隔があり、神経伝達物質(グルタミン酸、γアミノ酪酸、ドーパミン、アセチルコリン、ノルアドレナリンなど)によって刺激が伝達されます。多数のニューロンの接続(シナプス)によって脳の機能を支える「神経のネットワーク(神経回路)」が形成されています。
脳が情報を取り込むとニューロン間の活動が起きます。その活動が繰り返されるほど、ニューロン同士の連絡が強くなり信号が伝達しやすくなって、ニューロン間の結びつきができていきます。このようにして新しい情報が記憶として定着して行きます。このシナプス可塑性は脳の成長段階での学習や記憶の強化に関与します。
20世紀の間は、脳のニューロンのネットワークは青年期に完成したあとは変えられないというのが神経科学の常識でした。しかし、1998年に脳の海馬のニューロンが分裂して増殖する(ニューロン新生)ことが証明されました。海馬は記憶と学習に関わる領域です。
つまり、神経回路は刺激(入力)によって発達しながら形成され、成人になるまでにひとまず完成しますが、成人になってからも、外部入力に応答して脳の神経回路は変化し続けます。つまり、成人してからも脳は発達し、能力を高めることもできるのです。
シナプス可塑性はアポトーシスによるニューロンの減少と、神経細胞の新生や発芽によるシナプス接合部の増加という物理的な変化と、長期増強(long-term potentiation)という信号の通りが良くなるという生理的な変化によって起こります。
脳が情報を取り込むとニューロン間の活動が起こります。その活動が繰り返されるほど、ニューロン同士がより強く連結するようになり、信号が伝達しやすくなります。このようにして、ニューロン間の結びつきができて行きます。このようにして新しい情報が記憶として定着していきます。このようなメカニズムが長期増強です。
脳の可塑性が高いというのは、新しい機能を獲得する性質、新しく獲得した機能を維持する性質に優れているという事です。つまり、学習機能や記憶力が高い状態を意味します。
日常的に運動習慣のある人、ウォーキングやジョギングや社交ダンスなどを続けている活動的な人は、高齢になっても記憶力が鮮明で、性格も前向きな方が少なくありません。運動が脳の健康に良い効果をもたらすこと、運動を続けると歳をとっても良好な認知力や記憶力を保ちつづけることは、医学的にも証明されています。
【運動は脳由来神経栄養因子の産生を高め、シナプス可塑性を増強する】
運動は、血液の循環をよくし、体の代謝を盛んにし、気分を爽快にして、ストレスを緩和し、リラクセーションと快適な睡眠により体の治癒力を向上します。
運動には、身体的な利点と同時に、大きな心理的変化も起こします。規則的に運動している人は、運動していない人に比べて考え方が柔軟になりやすく、自己充足感が高く、抑うつ感情も軽減します。抑うつ感情は健康維持に悪い影響を与えるため、規則的な運動によって抑うつ状態から抜け出すことは、心身を健全な状態にもっていき、免疫力にも良い影響を与えます。
運動が認知機能を良くすることも良く知られています。運動が脳の可塑性を高め、認知機能など脳機能を高めるメカニズムの一つとして、脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor:BDNF)の関与が指摘されています。
脳由来神経栄養因子(BDNF)は、標的細胞表面上にある特異的受容体TrkBに結合し、神経細胞の生存・成長・シナプスの機能亢進などの神経細胞の成長を調節するタンパク質です。脳の中では、BDNFは、海馬、皮質、前脳基底核で活性化されています。それらの部位は、学習、記憶、高度な思考に必須の領域です。
哺乳類の脳にある大多数のニューロンは、胎児期に形成されますが、成人の脳の一部分では、神経幹細胞から新しいニューロンを成長させる能力を維持しています。
学習と記憶形成のプロセスには脳由来神経栄養因子が重要な役割を果たしています。脳由来神経栄養因子は神経を増殖させ、新しいシナプスを作ることによって、学習や記憶の働きを高めるのです。
身体活動や神経活動は脳における脳由来神経栄養因子遺伝子の発現を顕著に亢進します。その結果、運動は学習機能や記憶形成の能力を高めることになります。
【βヒドロキシ酪酸は脳由来神経栄養因子の産生を高める】
運動で海馬のβヒドロキシ酪酸が増え、脳由来神経栄養因子(BDNF)を増やして、認知機能や学習能力を高める機序が報告されています。以下のような報告があります。
【要旨】
運動は脳において良好は反応を引き起こす。この反応においては、認知機能を向上させ、さらに抑うつや不安を軽減する作用を持つ脳由来神経栄養因子(BDNF)の増加が関与している。しかしながら、身体的運動が脳におけるBDNF遺伝子の発現を誘導するメカニズムについては十分に解明されていない。
ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤の薬効用量でBDNF遺伝子の発現が亢進する。この研究では、運動後に分泌される内因性の分子がハツカネズミのBdnf遺伝子の発現を亢進することを明らかにした。
長期間の運動によって産生が増える代謝産物のβヒドロキシ酪酸がBdnf遺伝子のプロモーター活性を増強した。
βヒドロキシ酪酸は、Bdnf遺伝子プロモーターに選択的に作用するヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)のHDAC2とHDAC3に作用することを明らかにした。
さらに、脳室内にβヒドロキシ酪酸を直接注入すると、海馬のBdnf遺伝子発現が亢進した。
電気生理学的実験によって、βヒドロキシ酪酸は神経伝達物質の放出を増やしたが、この作用は脳由来神経栄養因子受容体(TrkB)に依存していた。
これらの結果は、運動がPDNF(脳由来神経栄養因子)の発現を誘導するメカニズムを明らかにしている。
この実験では、マウスを1匹づつケージに入れて、運動群(running wheelあり)と非運動群(running wheelなし)で30日間飼育しています。Running wheelというのはマウスを運動させる「回し車」で、マウスは運動好きなので、これをケージに入れておくと自発的に毎日10キロメートル以上も走るそうです。この回し車を入れていないケージのマウスは運動しないことになります。
その結果、運動をするマウスでは、脳の海馬のBdnf遺伝子の発現量が増えていることが明らかになりました。さらに、海馬のβヒドロキシ酪酸の濃度も高くなっていました。
βヒドロキシ酪酸にはクラスIのヒストン脱アセチル化酵素を阻害する作用があります。
この論文では、βヒドロキシ酪酸を脳室に直接注入するとBdnf遺伝子の発現が亢進することを確かめています。運動するとβヒドロキシ酪酸の産生が増え、βヒドロキシ酪酸はヒストン脱アセチル化酵素を阻害してヒストンのアセチル化を亢進します。その結果Bdnf遺伝子の発現が誘導されるというメカニズムを提唱しています。(下図)
図:運動は脳(特に記憶や学習に関与する海馬や大脳皮質)においてβヒドロキシ酪酸の産生を増やし、βヒドロキシ酪酸はヒストン脱アセチル化酵素阻害作用によってヒストンをアセチル化し、脳由来神経栄養因子の産生を増やす。脳由来神経栄養因子はニューロンを新生とシナプス結合を増やすことによってシナプス可塑性を亢進し、学習機能や記憶形成の能力を高める。
運動は海馬の脳由来神経栄養因子(BDNF)のレベルを増やすことによって抑うつ気分を軽減します。BDNFは可塑性とシナプス形成を高め、神経変性を減少させます。
βヒドロキシ酪酸はケトン体の一種です。絶食で増えてきます。βヒドロキシ酪酸を増やすケトン食は様々な病気の治療に使われています。アルツハイマー病や認知症の治療にも有効性が認められています。
βヒドロキシ酪酸がヒストン脱アセチル化酵素阻害作用によってシナプス形成を亢進することは学習機能と記憶を高めることになります。
βヒドロキシ酪酸のクラスIのヒストン脱アセチル化酵素に対する50%阻害濃度(IC50)はおよそ2~5mMと報告されています。つまり、βヒドロキシ酪酸を2mM以上に高めれば高めるほど、脳由来神経栄養因子の発現が増え、学習や記憶の機能が高まります。つまり、頭が良くなります。
これが、ケトン食が認知症など神経変性疾患に効果を発揮する根拠の一つです。
【運動とケトン食と活発な知的活動はシナプス可塑性を高める】
認知機能やシナプス可塑性は脳由来神経栄養因子(BDNF)によって影響され、BDNFシグナル系は多くの神経変性疾患や精神疾患で低下しています。BDNFの低下はうつ状態になり、抗うつ剤治療でBGNFは増加することが報告されています。
運動は脳においてBDNFの発現を亢進し、認知機能を高め、うつ状態を軽減すると説明されています。運動が神経変性疾患や精神疾患を改善するメカニズムの一つがBDNFと言われています。
前述のように、動物実験では運動はBdnf遺伝子のmRNA発現を増やすことが報告されています。多くの脳領域で増えますが、とくに海馬と大脳皮質で増えます。
運動はケトン体のβヒドロキシ酪酸の海馬における濃度を高めました。βヒドロキシ酪酸は神経細胞のエネルギー源となると同時に、ヒストン脱アセチル化酵素阻害作用によって、BDNF遺伝子の発現を亢進する作用が指摘されています。
成人期に定期的に運動をしている人はパーキンソン病やアルツハイマー病になりにくいことが示されています。
空腹時に体と脳が機能しなければ生存はできません。
現代人とペットと家畜は、自由にいつでも食べることが保証されています。しかし、我々の太古の祖先や野生の動物は、飢餓を絶えず経験する生活を送っています。
例えば、野生の肉食動物が獲物を食べるのは、1日に1回であったり、数日に1回であったり、さらに間隔があくこともあります。キングペンギンや皇帝ペンギンは毎年3〜6ヶ月間絶食しています。
世界中の草食動物も、食糧のない時期をいつも経験しています。例えば、北極地域のトナカイは、冬の長い間をほとんど食糧がない状況で暮らしています。逆にアフリカやオーストラリアでは夏の干ばつ時期には食糧が無くなります。
現代人でも、発達途上国では、飢餓をしばしば経験します
脳神経のシナプス可塑性を高める方法として、運動とケトン食と知的活動が有効です。
通常、実験に使われるラットやマウスは、餌は自由に食べるだけ食べ、ケージには回し車(running wheel)もなく、運動できる状況でもなく、一つのケージに4〜5匹程度の小グループで生活しています。
このような状態を英語でcouch potato(カウチポテト)と呼んでいます。「ソファーにジャガイモのように寝そべってテレビばかり見ていること」を意味します。野生の動物に比べると、運動不足で過食で知的な刺激も乏しい状態です。
回し車を使えるようにすると、マウスやラットは1日に10から20kmにもおよぶランニングを自発的に行います。そして、このような運動をするマウスやラットは海馬のシナプス可塑性が亢進し、記憶や学習機能が良くなります。運動は海馬の神経細胞の増殖も亢進します
一般に老化に伴って学習や記憶の機能は衰えますが、運動をすることによって、老化に伴う脳の機能低下は防げます。食事のカロリー制限やケトン食も学習や記憶の機能を高めることが明らかになっています。
例えば、3ヶ月齢のマウスを12ヶ月間カロリー制限を行うと、学習や記憶の機能を評価する様々な試験で、コントロール群と比べて成績が顕著に良かったという報告があります。
ケトン食が認知機能を高めることは多くの研究で証明されています。
運動とカロリー制限は、神経可塑性の改善において相加的に働くことが示されています。つまり、餌のカロリーを減らし、runnig wheelで運動させると、学習や記憶の機能は明らかに良くなったという報告があります。海馬のシナプスの密度も亢進していました。
運動とケトン食でも同様の相加効果が得られます。
知的刺激を増やす方法もシナプス可塑性を高めます。マウスの実験で、ケージを1m四方くらいに広げ、その中にrunning wheelだけでなく、多数の登坂器具や潜り穴やおもちゃのようなものを入れて飼育すると、知的活動を刺激することができます。
このような環境に入れると、マウスは不安や抑うつのような症状が無くなり、様々な学習や記憶の試験で良好な結果を出すことが示されています。
老化に伴う認知機能の低下を防ぐためには、運動とカロリー制限と知的刺激が有効です。βヒドロキシ酪酸の血中濃度を高めるケトン食もシナプス可塑性を高めて記憶や学習機能を高める上で有効です。
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