詩)本読みの悲しみ
中野の書店併設の
ブックカフェには
お席の利用は60分までとある
女性がふたりで喋っている
ひとりが仕事のことを話し
「わたしが気に入らなかったんじゃない?」
「ええ!」と話はどんどん広がって
壁際の席には 老いた男がひとり 本を広げている
帽子を被り じっと影のように
もうただのブックエンドのようだ
俺の人生はなんだった?
つまらない権威を守るために
嫌なことを我慢してやってきたのに
どうして俺は
どうして俺は
幸福にならないんだ
誰にも振り返られず
こんなところで
コーヒーを飲んで
読みたくない本を
広げているんだ?
あの女はなぜあんなに楽しそうなんだ?
身振り手振りで
一生懸命なんだ?
俺だって一生懸命だった
必死にこの世のルールを守るために
頑張って来た!
だから幸せになる権利があるだろ?
なぜ幸せになれない?
なぜここにいる?
なぜ居場所がない?
あの女たちのように
本は黙っている
周りは違う時間軸で回っている
男が何もかも仕切っていると
思っていたのは
錯覚に過ぎなかった
全て仕切っていたのは
誰か今わかる
本を閉じ
とっくに空のコーヒーカップを
セルフに戻して
出口に向かう
やっと自分の価値に気がつく
なにものにも囚われない
ただの男としての
一本の木としての
出口をでる
今日から始まるだろうか
自分の足音を聞く
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