続・下町音楽夜話 0325「コレクターの意識が薄いヤツ」
趣味的な意味でも中途半端になっているのがSP盤である。鳴らす蓄音機を持っていないので、積極的に買い集めているわけではないが、それでも気になる出物があれば気まぐれで買ったりはする。それも「噓でしょ」と言われるほどにお安く入手している。最も高価な買い物で350円程度だ。「これは貴重な文化遺産ではないか」などと思いながら、一枚あたり100円程度のお値段に躊躇していたりする。そもそも7インチ盤シングルも何千枚かあるが、購入価格を平均すれば100円には届かないだろう。趣味は無理のない範囲内で楽しむに限る。
それでもこんなことを長年続けていると、結構いいコレクションができたりする。時間をかけて蓄積したものは、金銭的な価値では測れない価値を帯びてくる。時間が長ければ長いほど、追いつけなくなるレベルに達するので当然の成り行きだ。今「この7インチ盤を全部まとめて売ってくれ」と言われたときに、幾らほどのお値段になるかと考えると、とても1千万円とかいった値段では売る気にならない。多くの盤は値札を付けて売っているので、大した思い入れでもないのだが、「売りたくない度」でつけた値札は法外に高いものもあれば、「え、この値段で売っちゃうの?」と驚かれるほどお安いものもある。要はテキトーなのだ。
しかしSP盤に関しては、「ローカル・カルチャーを語る上でも貴重な文化財ではないか」などと考えてしまい、売りに出す気になれない。しかし鳴らせるわけでなしと考えると、まとめて処分してしまいたいと思うことしばし、「幾ら?」と言われても思い入れがないので、「言い値でいいですよ」などということになる。こういう会話を何度かしたことはあるが、結局誰も譲り受けてはくれない。割と貴重な盤もあるとは思うが、貰い手はない状況が続いているのである。
そういうことを言いながら年数を重ねていくうちに、今となってはSP盤も簡単に入手できるものではなくなってしまった。おそらく今後も、価値は高まることはあっても下がることはなかろう。正直なところ、扱いに困っているに近い状況なのである。死蔵しておくにはあまりにもったいないし、そもそも専門的な知識があるわけではないので、正しい保管方法も知らない。ウェブで調べれば少しは出てくるだろうが、さすがにSP盤の情報は少ない。カイガラムシの分泌液を固めたシェラックという素材が、どういう性格のものかという程度は分かっても、クリーニングすら恐ろしくてなかなかできない。
いろいろ調べたところ、アルコールはダメということは間違いなさそうだ。ほかのアナログ・レコードとはこの段階で扱いが異なってしまう。ヴァイナルと言われるLPや7インチ盤も、以前は慎重に水洗いしていたが、状態の酷いものはアルコールの方が圧倒的に汚れが落とせるので、最近はアルコールを使っている。経過観察中の盤も、もう何十年も経って特に問題がないので、ヴァイナルに関してはこれでよしとしよう。問題はSPで、こちらは水の激落ちくんというアルカリ電解水がよいということだが、どうにも上手くいかない。2~3枚試してみたのだが、フリクションが大きくて上手く拭き取れないのである。7インチ盤等をアルコールで拭いたときと比べ、全然捗らないのである。
過日、「ルンバの王様」と呼ばれたザビア・クガートのSP盤が何枚もあるので、いろいろ調べて遊んだことがある。特別好きな音楽というわけではないが、ウォルドーフ・アストリア・ホテルとの関係などが歴史本に出てくるので、ついつい近現代史の舞台として非常に重要な歴史を持つこのホテルに関連する情報として蓄積しているのだ。ウォルドーフ・アストリア楽団を従えての録音も何枚かあり、まさに歴史上重要な意味を持つ晩餐会のBGMとして生で演奏していたものだと思うと、ちょいと面白くなってしまうのである。音楽オタクであると同時に歴史オタクでもあるので、この辺の音源は興味が倍増してしまうのである。
その一方で、やはり好きなジャズの盤などは、ついつい扱いも丁寧になる。ディジー・ガレスピーやレスター・ヤングあたりの盤はやはり手放さず、いつかのお楽しみ用にとっておくかという気にもなる。とりわけノーマン・グランツ盤はあのトレードマークを眺めているだけでも、妙に心躍るものなのである。ビクター盤のニッパー君も魅力ではあるが、どの時代にもいるので有難みが少々薄い。またMGM盤などもそうだが、SP盤の時代のイラストなどは、妙にオシャレでそそられるのである。
ちなみに、自分の場合、ジャズの7インチ盤もそれなりの数をストックしている。先日、誰もが認める有名コレクターのMJ氏がご来店くださったが、その時もマイルス・デイヴィスの7インチ盤を見て随分驚かれていた。こういうものも、ある程度の数がまとまってあるからこそ面白いのではなかろうか。そもそも売っているからという理由で、自分はコレクターという自覚が薄いが、せっかくレコード・コレクターズ誌でもご紹介いただいたのだから、やはり7インチ盤コレクターとして、もう少し自覚を持ちながら活動を展開した方がよいのかもしれない。
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