続・下町音楽夜話 0322「アメリカン・ロックの鳴り」
6週間ぶりにディナータイムと週末の営業を再開した。と言っても、20時終了である。酒類の提供も19時までなので、さすがにお客様は少ない。音楽好きの常連さんがお一人でいらっしゃっただけだ。経営的にはお話しにならない状況だが、とりあえずこれでも営業できるだけ有り難い。ランチタイムのみの営業だと、ろくに音楽を聴くことができないので、さすがにこちらもストレスが溜まってしまう。久々なので疲れは酷かったが、気分は悪くない。
酒ソングスをテーマとしたラジオ番組でかけた曲の話題から、イリノイ・スピード・プレスの「デュエット」をかけたところ、こんなにいい音だったかと少々不思議な気分になった。そういえば店のスピーカーでしっかり音を出して聴いていない。ラジオ番組前のノイズ・チェック程度の聴き方しかしていなかった。随分久しぶりにちゃんと聴いて認識を新たにした。
イリノイ・スピード・プレスは、後にポコに加入するポール・コットンとカル・デヴィッドのユニットである。2人ともギター&ヴォーカルで、その2人だけがメンバーとしてクレジットされているだけなので、バンドとは言いづらい。それでも2枚の素晴らしいアルバムを残しており、再発ものの名盤〇〇選などという企画でよく見かけた連中だ。評価は高くても、商業的に結果を出せていなければこういうことになる典型だ。カントリー・ロックを中心としたアメリカン・ロックにはこういった名盤が多く、苦労して手に入れたものが多い。
またカル・デヴィッドはキャリアを通してそういった印象が強い。これといって代表的な有名バンドがあるわけではないが、知る人ぞ知るギターの名手である。70年代はエレクトリック・フラッグにいたハーヴィー・ブルックスとファビュラス・ラインストーンズなどというバンドをやっているし、80年代にはジョン・メイオール&ブルースブレイカーズにいたこともある。日本ではおそろしく認知されていないギタリストである。
ウッドストック界隈ではそれなりに有名人ではあるが、ビッグネームのサポート的な活動しかなかったように思う。如何せんウェブを眺めていても情報が少なくて呆れてしまう。イリノイ・スピード・プレス結成前には、シカゴのピーター・セテラと一緒にやっていたという情報も出てくるが、イリノイ・スピード・プレスはシカゴ同様、ジェームス・ウィリアム・ガルシオがプロデュースしているので、その辺の繋がりが見えてきて面白い。
さて、こんなものを聴くと、やはりアメリカン・ロックが聴きたくなってしまう。とりあえず取り出したのがジーン・クラーク「ホワイト・ライト」とそのアウトテイク集「ヒア・トゥナイト」だ。バーズ、ディラード&クラーク、フライング・ブリトー・ブラザースあたりの音源に芋づる式に行くとエンドレスになるが、ジーン・クラークのキャリアを振り返るのは意外に面白い。
次は「マッギン・クラーク&ヒルマン」に行ってみた。バーズのオリジナル・メンバーが1979年に集結したアルバムだが、意外なほどバーズ臭が感じられず、カントリー・ロックの中でも好きな方の一枚だ。イーグルスの終わりが見えてきた頃に、美しいコーラスを聴かせるカントリー・ロックはなかなかに切ないものがあった。やはり時代を彩った名盤の一つである。
もう一枚、ジーン・クラークがカーラ・オルソンと一緒にやったアルバムも面白い。カーラ・オルソンといえばミック・テイラーと一緒にやっていた女性だというイメージだが、ジーン・クラークと共演した「ソー・レベリアス・ア・ラヴァー」というこの1987年のアルバムも悪くない。今回はジーン・クラークの文脈で聴いたためか違和感はなかったが、以前ミック・テイラーのアルバムを何枚か聴くなかでこの盤を聴いたときは、全くそそられなかったので、この辺はTPOも重要ということか。
ひとえにアメリカン・ロックなどと言ってもアルバム一枚一枚で個性がある。カントリー・ロック一つにしても、アーティストが抱えているヒストリーはまちまちだ。バーズやブリトーズに限らず掘り下げていくと、恐ろしく広大な世界が広がっている。決して嫌いな世界ではないのだが、他にも聴きたいものがいろいろある人間にとっては、少々困りものの音世界でもあるのだ。如何せん日本では意外なほどに手に入らないのである。売っていても驚きの高価格で、少々敬遠したくなるあたりでもある。
ただ今回いろいろ聴いて思うに、しっかりと中低音が出るシステムで聴かないと面白さが半減するようなところもある。フィドルやアコースティック・ギターの音も、高音がしっかり聞き取れるのは当たり前の録音だが、シンプルなベースの上にのっかった音のバランスどりが意外に難しい。一方ベースの単純なフレーズに耳を持って行かれると、聴き飽きるのも早い。聞き流したい音楽でもあるが、正対して聴かないと本質は理解できないのかもしれない。いやはや、なかなかに深い世界である。