7インチ盤専門店雑記633「Sweet And Slow」
マリア・マルダーが1983年にリリースしたアルバム「Sweet And Slow」は面白いアルバムです。如何せん82年12月にニュー・ヨークで録音されていますが、スカイライン・スタジオの連中とサクッと作ったとは思えない要素がありましてね。個人的には100%満足できたアルバムではないのですが、でも凄く好きだったんです。大抵数回繰り返し聴きたくなるというヤツです。ヴォーカルを聴くものであることは確かなんですけど、バックで何か面白いこともやっている侮れないアルバムなんですよね。
何と言っても、ピアニストです。A面は全曲ドクター・ジョンが弾いており、B面はヴェテラン・ジャズ・ピアニストのケニー・バロンが弾いております。こうキッチリ分けて収録されていると、「聴き比べてみぃ」と言われているようですよね。こういう企画ものと言わないまでも、聴き方が求められるLPって昔は確かにありましたけどね。CD化したら面白味半減ですよね。前半後半じゃあ何か違うような気もします。…後半不利?
しかもですね、前半にドクター・ジョンなんですよ。ケニー・バロンがもの凄く素直に弾いているように感じてしまうんです。とても端正でいい演奏をしているとは思うんですけど、ドクターの後に聴くと、あく抜きし過ぎた上に調味料を入れ忘れたみたいな、物足りなさを感じてしまいます。ケニー・バロンのピアノは音色が上品で好きなんですけどね。
加えて申しますと、マリア・マルダーの個性的なヴォーカルとの相性ですよね。毒には毒を持ってというわけでもありませんが、ドクター・ジョンくらい個性的な方が相性がいいのでしょう。他の女性ヴォーカルとコンバートした音を脳内再生してみると、エミル―・ハリスとかカーラ・ボノフみたいに素直な歌唱だと完全にピアノに負けますよね。ジャズ・ヴォーカルの例えばダイナ・ワシントンとかサラ・ヴォーンとかだと、ドクター・ジョンがアウトになってしまいますかね。全然合わない気がしますね。ノラ・ジョーンズでも違和感がありそうだな…。リッキー・リー・ジョーンズはこういうの、行けますよね、きっと。
ジャンルなんでしょうか、ブルースがあるかとかいうレベルなんでしょうか。やっていることがジャズじゃないし…というところですかね。ヴォーカルをマイケル・ブレッカーとかの上手いサックスに置き換えると、またこれはこれでいい感じのアルバムになりそうですね。演奏は悪くないんです。これがマリア・マルダ―のアルバムだというところが何か引っかかるのかもしれません。それを上手く纏め上げるのにドクター・ジョンの個性やらケニー・バロンのヴェテラン・テクが必要だったのかなぁ…。
そう、ジャズ・アルバムではないんですよ。これ、半端なサックスとか入れないで、もっとトラディショナルなアメリカーナのテイストでまとめ上げた方が面白かったのかもしれませんね。この後にマリア・マルダ―が向う方向が見えていなかっただけなんですかね。やはり中途半端な印象は拭えないかもしれませんけど、いろいろ考えながら聴くにはいい素材です。やっぱり好きですね、この人。ジャズ・ヴォーカルより面白いものが作れる可能性を秘めていたのかもしれない、でも達成できていない、惜しいところなんてことを考えております。
繰り返し申しますが、私はケニー・バロンのピアノは好きですし、ここでのケニー・バロンの演奏は決して悪くはないです。