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備忘録的サブカル近現代史考 008:音楽喫茶の歴史は面白い

ちくま文庫「喫茶店の時代」林哲夫著、濃いーです。滅茶苦茶濃いーんです。濃すぎて読み難いのなんの。喫茶店の歴史をかいつまんで紹介するだけでも大変な労力を要することは、普段自分がやっている作業にも重なりますので、十分に理解できます。この本の有り難いところは、出典が猛烈に細かいということでして、本文は意外に少ないかもしれません。出典参照が本文以上に多いのではと思いたくなる充実度です。まあ歴史語りのこういった本にありがちな、「ホンマかいな…」よりはいいのですが、如何せん読み難いです。おススメはしません。ハッキリ言って参考書です。

この中に、私の大好きな永井荷風の文章が引用されており、ビックリしました。「これ、読んだことあるぞ!」というだけでも嬉しくなるのですが、この部分、妙に好きだったんです。…ただし、出典元になっている本を読んだことないんですが、なにか別の編集もので読みましたかね…。明治41年(1908年)パリに滞在していた永井荷風が、カルチェ・ラタンにある音楽喫茶というのかコンセール・ルージュという店に通いつめるのですが、そこの描写が秀逸なんです。ちょいと、引用します。

『ある夜元老院門前の大通なる左側小紅亭とよべる寄席に行きぬ。この寄席もまた巴里ならでは見られぬものの一なるべし。木戸銭安く中売の婆酒珈琲なぞ売るさまモンマルトルの卑しき寄席に異らねど演芸は極めて高尚にきわめて新しき管弦楽またはオペラの断片にて毎夜コンセルバトアルの若き楽師来つて演奏す』

いかがでしょう。
コンセール・ルージュ ⇒ 小紅亭
音楽喫茶(ライヴハウス?) ⇒ 寄席
ミュージック・チャージ ⇒ 木戸銭
といったあたりが実に秀逸な表現ではないでしょうか。…荷風のこういった辺りの文章が好きです。

まあ世の中、ジャズ喫茶に関しては、結構案内本が出版されておりますが、その他の音楽喫茶、つまり歌声喫茶、フォーク喫茶、名曲喫茶などは、意外に情報が限られていたと思うのですが、この本には、関係者の証言等も併せて収録しており、かなり面白い記述が見られます。ビレッジバンガードでアルバイトをしていたビートたけしと、連続殺人犯にして元死刑囚の永山則夫が同時代に働いていたという話などは、知らなかったですねぇ…、面白いですねぇ…。ビックリです。

それから、昭和10年頃の記述で『いずれの喫茶店もレコードを聴かせるのが看板で、昭和5年(1930)頃から、電気蓄音機が普及し始めるにつれて増えて来た新商法だった。カフェ―にあった手巻きのゼンマイ式蓄音機が徐々に電蓄に替わって行く現象とカフェ―そのものの衰微が重なるようだ、と加太(こうじ)は観察している。』というのがありまして、これがねぇ、まったくもって同感と申しましょうか、「そうなんだろうな」と思っていたのですが、そういう研究とか文章が見当たらなくて、確証が持てなかったのですが、ここで100%ではないにしても、確証に近いものが持てました。実に有り難いです。

この本、音楽喫茶の部分、全部引用したくなってしまうので、この辺で止めときますが、まあ貴重な証言集みたいなところが、本当に面白いです。ただ「著者ご本人のご意見は?」と思ってしまう箇所も多く、もっとご自身の研究として書いちゃっていいんじゃねーのと思うんですけどね。どのみち、生きていたわけではない時代のことを書くわけですし、何らかの文章の受け売りにならざるを得ないわけですからね。林哲夫さん、控えめな性格なんでしょうか。実は、それも読み難さの一因かなと思うわけですが、非常に役に立つ一冊ではあることにかわりはありません。おススメはしませんけどね。

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