続・下町音楽夜話 0311「7インチ盤の背景にある世界」
レコード・コレクターズ誌2021年4月号が発売になった。あらためてご案内するが、自分が「レコード・コレクター紳士録」という連載ページで紹介されているのである。6ページものボリュームで自分自身のことが書かれていることなど滅多にあることではないので、内心大いに盛り上がっているものの、コロナ禍で騒ぐ気にもなれないということに加え、花粉症も酷く、どうにも心から喜べない状況に陥っている。レココレ掲載記念と緊急事態宣言解除記念で7インチ盤のセールをやるということになっており、準備だけは粛々と進めていたが、その作業もここにきてペースダウンしている。クリーニングは何も考えずにボーっとしながらでもできるが、値札付けはそうもいかない。困った、困った。
古い7インチ盤を磨きながら聴くことは、意外なほど楽しい作業である。カフェの中で7インチ盤専門店をやっているのだから、そんなの当たり前だろうと思われるかもしれないが、ここにきて再認識させられることが続いているので、しみじみ楽しさを味わっているのである。LPと違ってクレジットがないものが大半のため、その曲が何年のヒット曲でどういうメンツで録音されたかなどを調べるだけでも楽しいのだが、ネットで調べると意外にも曲の背景やアーティストの立ち位置など、面白い情報が出てくる。元々知っていたことでも、書かれ方がちょっと違うだけで、別視点が生まれるからエンドレスの楽しさとも言える。
例えば、今手元にセックス・ピストルズの「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」の7インチ・シングルがある。本来のスリーヴではないし、状態もやたらといいので、オリジナル盤ではないだろう。ただこの再発盤の面白いところはA&Mのレーベルなのだ。セックス・ピストルズは当初EMIとの契約にこぎ着け「アナーキー・イン・ザ・U.K.」でデビューするが、放送禁止用語連発でお話しにならず、契約解除される。さらに多くの曲を書いていたグレン・マトロック(シド・ヴィシャスの前任ということになる)が脱退するも、A&Mと契約し「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」を発売するが、1週間でまたも契約解除となる。結果的にこの2度の契約解除の違約金で活動が続けられたわけだが、その後Virginと契約するも、ご存知のとおりシド&ナンシーの一件などもあり、破滅への道を突き進むわけだ。
セックス・ピストルズは取り立てて好きなバンドでもないが、「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」は今聴くと意外にポップで耳に馴染む。7インチ盤の世界では、パンクは盤質のいいものが流通していないので、ほとんど無かったことにされているような状態だが、たまにあると猛烈な高値だったりする。A&Mのオリジナル盤が世の中に何枚存在するか知らないが、また歴史の検証をする意味では面白いとは思うが、そこに金を払う気にはならない。それでもこういった再発盤、言ってみればレプリカのようなものが売られていることが面白いし、それがしっかりA&Mのレーベルを再現していることがさらに面白い。
大好きなニック・ロウの「ピース、ラヴ・アンド・アンダースタンディング What's So Funny 'Bout (Peace, Love And Understanding)」の7インチ盤も手元にある。「あれ、これってブリンズレー・シュウォーツ名義でリリースされたんじゃなかったっけ?」などと思いつつ、「デレク・アンド・ザ・ドミノスの「いとしのレイラ」をエリック・クラプトンの「いとしのレイラ」として売っているヤツと同じようなものか」などとラフな考えに至っている。
エルヴィス・コステロのカヴァーの方が有名になってしまっている現状を思い起こし、何かといろいろ考えさせられる曲ではあるが、自分はこうした妙に長い曲名が嫌いである。データベースを作ったりプレイリストを作ったりするときに面倒だからというのは、あえて書く必要もないほどにご理解いただけるだろう。でもそのせいで損をしているのではないかという気もしないではない。増してや曲名をいちいち言うのが面倒になってしまうと厄介だ。シェリル・クロウの来日公演でアンコールに応えてこの曲を演ったときも、「Want some more? How’s Costello?」などと言いながらこの曲を始めたときには、「ちゃうやろ!」と呟いてしまったが、思い返すたびに不憫な曲である。
さて、ザ・フーの「アイム・ア・ボーイ」の7インチ盤だが、これはスリーヴがない。レーベルから読み取るに、1966年の英国盤モノラルである。ザ・フーを語るときには欠かせないプロデューサー・チームのキット・ランバートとクリス・スタンプの名前も見える。悪ガキどもを上手く軌道に乗せたことは感謝しないといけない。そしてこの盤は"reaction"というレコード会社からリリースされている。これが妙にいい音で鳴る盤で、売りの箱に入れるのが惜しくて外してある。1966年のモノラル盤は侮れない。さあ、どうしたものか。
この"reaction"、ものの本によると、印税の配分でトラブルとなったプロデューサーのシェル・タルミーとの契約を破棄し、移籍した先である。しかも、かのロバート・スティッグウッドが設立した会社なのである。クリームやビー・ジーズのマネージャーであり、舞台の「エヴィータ」や映画では「トミー」「ジーザス・クライスト・スーパースター」「サタデイ・ナイト・フィーヴァー」「グリース」などを手掛けた敏腕プロデューサーである。そう、ザ・フーは映画「トミー」制作のずっと前、ほんの一時ロバート・スティッグウッドと関わっていたのである。このロゴを見かけることはあまりないが、背景を知り、いろいろ思いを馳せることはやはり面白いのである。