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夏ピリカ メモのお蔵出し

大盛況のうちに終わった夏ピリカ。
審査をさせていただくにあたり、138作品全てにつけた個人メモは講評下書きを含め、トータル20000字ほどになりました。

そのメモの中から、個々の作品を特定しない形で、チラッと切り出してみたいと思います。こういうことをすると「わたしの価値観はこういうものだ」と言っているに等しいですが。

それはそれとして、刺激的な作品群から得た示唆は、共有しておきたいと思うものです。ひとつひとつ、頭の中を初期化して読んだので、同じようなことも書いていますが、帰納的な理解につながるようにも思います。

鏡について

鏡は何にも化けることができる、ということ。

鏡には、いつもは見えないものを見えるようにするふしぎな力が宿っている。

鏡は、心の逡巡を表現する一つの手段。

鏡は自分を見直す道具であり、それは道徳観の獲得へつながることがある。

鏡は自分を映すものであるとともに、心情を吐露する対象でもある。

鏡は内省をうながす手段ともいえる。

鏡は自分の心の状態も映すもので、それ以上のものもそれ以下のものも返さない。

鏡は、現実を映す道具であり、なおかつ願望を映すものでもある。

鏡は、自分の本当に思っていることを表に出す作用がある。

鏡は自分と向き合うための手段であり、かつ、自分の思っていることを外から認めてもらいたい、という願望を表す。

夢と現実は鏡写しのようで異なっている。同じように見えつつ両者を分ける違いが、創作の面白さにつながる。

鏡に映るのは他人であって、自分が映っていると思うのはただの勘違いではないか。その一方で、世の中は鏡がなくても勘違いに満ちている。

鏡は、姿を映す道具でありながら、心理も映し出す。本来見えないものを投影することでものがたりが動き出す。

小説について

小説は勘違いを書き続けるもの。

ものがたりはつねにすれちがいをモチーフにするように思う。

小説とは認識のズレを書くもの。

小説はひとことで言えることを冗長に引き伸ばすものかもしれない。

小説に理屈はない。理屈を立てて文章を仕立てはするものの、本質は理屈ではない。

作品への感想

淡々とした描写が読み手に景色を想起させる。

今書かれても、昔に書かれても同じ内容で通用するだろう。

幸せは遠くにあるものではない、という示唆にも思える。

無意識に根付いている価値観を具現化するとこのようなものになるのかもしれない。



上記以外に、ひとつのまとまりとして面白いメモがあったので載せておきます。

鏡は願望を表すもの、その念が強ければ鏡の向こうの世界が実体化するのかもしれない。小説はそれを可能にするし、そこに新しい世界を構築する。言葉はそのための道具であって、書き手は書く技術を磨くから、想像力を羽ばたかせることが可能となる。



振り返ってみると、多種多様な作品はまさに万華鏡のようだな、と思います。
改めまして、ご応募いただいた皆様、どうもありがとうございました。


みなさま、
よい夏をお過ごしください。