原点のコーヒー
カフェジリオを開店する前に、全国の喫茶店を廻った。
店の雰囲気作りの参考に、という思惑だったが、結果的に珈琲をたくさん飲むことになり、店によってずいぶん味が違うことが実感としてわかってきた。
そして美味しいな、と思うお店は大抵、自家焙煎か小規模なロースターの豆を使って、抽出も機械ではなく手で淹れていた。
それならばと、喫茶店開業のための市民講座やカルチャースクール(探してみると、驚くほど多くの講座が開催されている!そんなに喫茶店やりたい人って多いのか)に行ってみようと、手始めに、当時住んでいた門前仲町の近くの図書館でやっていた市民講座に参加した。
その講座で、焙煎したての豆の膨らみ、香り、そしてもちろん味を経験し、同時にKONO式ペーパードリップの合理性に目から鱗が落ちた。
それで本家に学ぼうと、KONO式の開発メーカー「珈琲サイフォン社」の珈琲教室に参加し、そこで僕は運命のコーヒーに出会った。
講師は、珈琲サイフォン社社長の河野氏ご本人で、授業ががはじまるとすぐ、KONO式ドリッパーの使い方を簡単にレクチャーしながら受講生の我々にコーヒーを淹れてくれた。
そのコーヒーの味のことは、とうてい言葉では表現ない。
それはコーヒーという飲料が持つ美点を抽象的に束ねたような、恐ろしく完璧な味のするコーヒーだった。
大袈裟なことを、と思われるかもしれない。自分自身のコーヒーの考え方の転換点になった大事な一杯なので、後から振り返って美化しているのかもしれないが、そのくらいの衝撃を受けた一杯だった。
その日から、河野さんが淹れたコーヒーを再現するための紆余曲折の日々が始まったが、目標がはっきりしていれば、やるべきことも自ずと決まってくる。
そうして焙煎と抽出の技術を磨き、一年ほどの時間をかけて、自分にとっての原点のコーヒー「ジリオブレンド」ができた時、この仕事が一生のものになると確信したのだった。
それからもう16年。あの日の確信はいささかも揺るがない。