コーヒーノキとカフェインと経験的味覚
コーヒーを飲んで美味しいと思う子どもは少ない。
コーヒーや茶が「経験的味覚」と呼ばれる所以だ。
その「経験的」なるものの中核を成すのが、お馴染みの「カフェイン」という物質が作り出す風味だ。
カフェインというのは、誤解を恐れずに言えばコーヒーや茶の樹木が自らを害虫から守るために、その身に纏った「毒」なのだ。
コーヒーノキは、この毒をその身に持つために樹木としては非常に短命で、数年の寿命しかない。
そのかわり虫の脅威に晒されずに群生して勢力を伸ばしていく。そういう生存戦略を選んだ種族だ。
我々人類は、虫なんかよりはずっと耐性が強いので、このカフェインは「毒」としては作用せず、神経系に程よい「緊張」をもたらしてくれる。
イスラム教公式飲料だったコーヒーがキリスト教でも認められて(本当に教皇に洗礼を受けたのだ)以降、昼間からワインやウィスキーばかり飲んでいて半分眠っていたヨーロッパ社会は、文字どおり「覚醒」したのである。
しかし神経に緊張をもたらす程度とは言え、毒は毒。
味覚中枢はこれを恐る恐る味わう。
だからコーヒーの味は何度も経験を重ねて初めて、味覚中枢の奥底まで届くのだ。
毒なのに、経験を重ねろとは何事かとおっしゃられる向きもあろうが、致死量のカフェインを抽出されたコーヒー液に換算すると50トンほどになるそうだ。
ぜひ安心して、「経験の味」をお楽しみいただきたい。