「秋の百句会2024」での95句(川柳)
見返りがすこし鈍った詩語である
木琴の音を乾かす役まわり
折りながら久遠をこめたオブラート
ポンペイの消滅 ラジオから流れ
遠足の日に足音を忘れる
懸垂を優雅にしたい春もあり
偽記憶に必ずあるな鴨川が
蝶番たぶん背中にひとつある
洗顔をしなさい流星おちるまで
石室をひらく遥かな待ち合わせ
手にのせてかわいいだけの蝸牛
秒針に目を凝らしたら誰かいる
記憶にはうなじ、堤防、光のみ
地元には人魚を祀る駅がある
カーブミラーにあらわれる古墳
芝生にも赤いマスカラ塗ってやる
桃子にはすこし高価な半田ごて
おやすみを言うまでつづくリミックス
心音が消えればうかぶブイがある
あたらしい銀歯をかめば散る花火
遺伝子の回遊どうも不安げな
信仰で破裂しそうな無菌室
みずうみに桃子が落とす永久歯
鍵盤におとす涎の味あまい
浴槽が祠と気づく二十五時
浴槽を銀杏で埋め尽くす
抽斗の奥にしまってあるたましい
シンクロが地下鉄車両みたす時
底冷えのバターを進むかたつむり
既視感をなくして見たい薔薇がある
詩人でも迂回禁止の日はあって
敵(かたき)にも切手を送る十二月
一羽ずつひよこを嵌める製氷皿
冬の息をクリアファイルにはさみこむ
点火する前におたがい見つめあう
風邪をひき文鎮すこし重くなる
桃子にも糊をつけてやらなければ
螺旋階段を降りるのが苦手な人
ボクサーに色鉛筆を握らせて
月光に一夜あてたいパイプ椅子
田園に高さのちがう譜面台
飛行船はやく帰ってくれますか
巫女たちが一心に読むバーコード
歯を抜くときはビー玉をにぎって
卵黄を冬のプールにためていく
中年が麒麟の首にしがみつく
耳鳴りを喝采と聞きまちがう
下敷きをこすりつづける熱帯夜
産卵を水平線にしてみたい
怒鳴るのは眼鏡を沼につけてから
にせものの湯豆腐ならば帰りたい
手袋の右手を捨てている桃子
肋骨がやさしい人と組むコンビ
あんまんの割れに左右差つよすぎる
丸椅子のドミノ倒しがむずかしい
白夜にも磨きつづけるレコードを
夫婦間のひびに線香くゆらせる
アトリエに鍵穴ばかりあいている
菫にも結晶したい時がある
画廊には桃子のような人がいる
硯にもすられたくない部位がある
空港のやけに短気な管理人
泡立ってから別れを告げる
縁側に無題のような顔をして
ビスケットの穴をふさいでから眠る
語彙力の無線のような壊れ方
通販でエスカレーター買わないで
校庭をまわりつづける父親が
透明な母親を売る市がある
白線を引いた人から落ちなさい
日曜日人形たちに暇を出す
窓際に言葉足らずの車掌たち
桃子用ふとんを運ぶエレベーター
ペンギンが一羽ずつ乗る観覧車
セーラーの白線ぜんぶ波打って
匍匐した人魚の跡に虹が立つ
サドルには大きいリボンつけておく
折り紙の金銀あつめ墓に入れ
スプーンを拾う仕草にそつがない
非常口からしか出入りをしない人
傘立てに日傘しかない家である
桃子はサンタクロースと仲が良い
よそよそしい人だけ乗った銀河鉄道
白票をスクラップする係
高熱の桃子をのせるぬれ布巾
ゼリー状の桃子
彗星の意味がわかるまで徹夜する
水溜まりから汲んできた美顔水
溶けたバニラアイス専用の排水溝
締め切りの二年後の納品
聖火リレーに伴走する桃子
階段の段ごとに置く聖歌隊
寝返りで潰れた猫の埋葬日
理想から少しずれてるエーゲ海
空論に朝顔ぜんぶしぼむ朝
2024.10.13に、太代祐一さん主催の百句会に参加しました。百句達成できて、少し選んで95句をここに載せました。
ご感想などどんな形でもいただけるとうれしいです。
(桜庭紀子)