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訳をきこうか(2)

長男が塾から帰ってきたところで早速捕まえて話をした。まず、避難訓練でなぜ並ぶのか、Sちゃんママと話した通り伝え、もし長男が外れた行動をすると自分も周りの子も命が危なくなってしまう危険性があることをしっかりと伝えた。

長男は分かったと頷いて聞いていた。それに訓練が終わって教室に戻ってから、先生に「さっきはすみませんでした」と謝ったそうだ。

ところで当の本人は何を考えていたのか。一応聞いておこうと思って尋ねてみた。

私 :で、一体なんで今回みたいなことになったの?
長男:えっ?トイレ行きたかっただけ。
私 :トイレ!? それ、ちょっとくらい我慢できなかったの?
長男:生理現象は俺にもどうしようもできないよ。
私 :でもさ、先生たちみんな見ててさ、目立つじゃん。ちょっとなら我慢したほうがいいかもとか思わなかったの? 担任の先生もすごいあんたのために頑張ってくれてるのに、あんたがそういうことやったら困らせるじゃん?
長男:わかるけどさ・・・あのさ、知ってる?イエス・キリストの最後の晩餐にいた弟子の一人がさ、トイレ行きたかったのに周りに気を使って我慢してたら膀胱破裂して死んだんだよ。俺、あれの二の舞にだけは絶対なりたくない。

長男は早口でわーっとしゃべると、わかってよと言いたげな切実な表情で訴えていた。この子真面目にこう思ったんだと思うと、おかしくて引き笑いが止まらなくなってしまった。

長男:おかー。もう笑うのおしまい。
私 :(継続中)
長男:ぼくの話、そんなに面白い?
私 :腹が痛いわ。でも結局トイレ行かせてもらえなかったんでしょ?
長男:ダメだったねぇ。
私 :だからまぁ結局我慢したんでしょ。
長男:そういうこと。
私 :一言先生に言ってから行こうとかなかったの?
長男:思ったけどさ。でも先生他の生徒のことも見なきゃいけなくて忙しいじゃん?

長男としては、ささっと行って戻ってくればいいや、くらいの感覚だったのだろう。だけど前科が色々とあると周りの理解を得るのは難しいし、やはりこういう時の判断をどうすべきか、周囲はどういう行動を期待しているかを考える必要というのもあるよなと思った。

長男には、こういうことにならないように、前もってトイレに行っておくなど、いつもギリギリの行動にならないように気をつけなさいと言っておいた。

因みに、おそらく「最後の晩餐」ではなく、「晩餐会」で、イエス・キリストも登場しない。こちらの話と混同したんじゃないかと思っている。

16世紀のデンマーク出身の天才的天文学者ティコ・ブラーエは、すくなくとも欧米では有名です。

おしっこを我慢しすぎて、膀胱破裂で死んだ天才科学者」として、何百年にもわたってウワサの的なのですから。

ブラーエに異変が起きたのは、変人皇帝として知られたハプスブルク家のルドルフ2世主催の晩餐会に参加した直後のこと。

晩餐会の途中でトイレにいけなかった礼儀正しいブラーエですが、帰宅した後も一滴も尿は出ません。

そしてそのまま、膀胱が破裂して死んでしまうのでした。

最後の言葉は「私の生涯を無駄だと思わせないでくれ」。

師匠の遺志をついだ弟子によって、発見されたのが惑星の運動に関する「ケプラーの法則」でした。

おしっこさえ我慢しなければ、「ブラーエの法則」となっていたかもしれません。

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