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感謝の気持ちがあったなら(と母は思った)(3)

本番三日前

この日、長男にも予め伝えた上で、練習を見に行くことにしていた。もし先生や他の生徒さんに迷惑がかかりそうなら本番は出さないという判断をしなければならない。

見に行った日、長男は奥の方で担任の先生と並んで立って他の子の練習風景を眺めていた。少なくともやる決心はしたかに見えた。踊りは家でやっていたため参加できるのではとも思ったが、この日は位置確認だけしたようだった。

次に隊形移動(集団行動)の練習に移ったときのことだった。長男の姿を見失ったかと思ったら、しばらくしたらどこからともなく現れて、本を手に隅っこに座っているではないか。まさかと思った。

「一体奴は何を?」

先生によると「今日は見て確認する日にしたいみたいです」とのことだった。

ほう。見て確認したい?なのに本を読む?

まさか先ほどまで付き添ってくれた先生に恩を仇で返すようなことをするとは思いたくはなかったが、そうとしか考えられなかった。

ただ万が一にも事情があるかもしれない。まずは話を聞こうと思い、長男に手を振ってこちらに来るように合図をした。長男はそれをバイバイと手を振っていると解釈した感を出して手を振って返してきた。表情からして、怒られると分かっているから明らかに来ようとしていない。

怒りと情けなさとでやり切れなかった。かつてこれほどまでに情けないと思ったことはなかったかもしれない。運動会に出ることが重要なのではない。見放さずに教えてくれた先生がいて、少なからず感謝の気持ちがあれば本を読むなどの行為はこの状況でするべきではないということが分からなければいけないと思った。

目の前にいる6年生全員の前で長男を叱り飛ばしたら、それこそ本番に出なくなるだろう。親が怒ったから出たくなくなったという口実を作らせてはいけない。ここは堪えるしかないと思い、その場を後にした。

帰り道、怒りと情けなさでわなわなと震えるほどに腹が立っていた。この子はどうして人の気持ちがわからないのだろう?なぜここまで我を通すのだ?それとも舐めているのか?

帰り道は泣きたい気持ちを抑え、帰宅してから夫に私の目に映った光景を伝えた。長男が帰宅した際には夫が何か話してくれていたと思うが、私の中では既に結論が出ていた。

「残り二日で死に物狂いでやりきりなさい。本番ではどんなに無様な姿をさらそうとも、この子はこの子なりに必死にやりきったと誰が見ても納得するように、一切の言い訳をせずにやりなさい。自分の色々な思いがあっても、それがにじみ出て周りが不快になるようなことが一切無いようにやること、それができなければ受験はさせない。受験なんかより、感謝して行動できることの方が何千倍も重要だ、それをやらずに人の気持ちを踏みにじるなら、親はサポートは打ち切る」と叫んでいた。

それでも長男の行動がこれで変わる確信は持てなかった。翌朝、1時間目から運動会の練習があると知って、まずは夫が仕事前に様子を見に行った。物陰に隠れて、Lineで「はじまったよ」「一応皆と一緒に並んではいる」と伝えてくれていた。

私は夫と入れ替わりで見に行き、同じく長男に気づかれない場所から1時間目を最後まで見届けた。長男は踊りは途中で位置がわからなくなったりしていたが、そんな時は担任の先生が走ってきて場所を教えてくれていた。隊形移動については、意外にもそつなくこなしていた。隊形移動は居るべき所に人が居ないと隊形が崩れる心配があると聞いていて、これで迷惑をかけたら先生にも相当ダメージの残る運動会になってしまうと思ってひやひやしていたのだ。この日、一応はやっていることが確認できた。一人だけ体操服ではなかったけれど。

練習の最終日はもうさすがに観に行かなかった。

(4)につづく