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シャツはズボンの中に入れました(1)

この秋、長男の小学校では音楽会があった。合唱と合奏をやるということで、男子は白のワイシャツと黒のズボンを着用するよう指定があった。

何ということはない、普通に着れば良いだけの話なのだが、感覚過敏を持つ長男にとってはこれまた集団の中で苦労する話になってしまった。逆に「長男にとって心地良いものは、他の人から見たら不適切」な状態はこんな時にも発生してしまう。

長男の場合、なんでもみぞおち辺りに服が当たると気持ち悪くなるようなのだ。普段は私服で登校しているが、Tシャツやトレーナーを着ている時も片手で服を浮かすように引っ張ってしまう。だからその周辺だけ服が黒ずんでいる。

そんな事情があったため、ベルトをしてシャツをタックインするというのがそもそもハードルがあった。短時間であれば耐えられなくもないのだが、音楽会というイベントに乗り気でないという別の問題もあった中で、さらに追い打ちをかけるよりは、親としても少しでも快適に過ごせる服を探してやりたいと思ったのだった。

夫、服選びを頑張る。そして昔話。

幸いにも夫が洋服選びが得意とあって頑張ってくれた。長男が着れて、かつ演奏会等でもマナー違反にならないスタイルというのをネットで色々と調べてくれた。

遡ること結婚前、夫はよく私をお店に連れて行っては服を選んでくれていた。お世辞にも垢抜けているとは言えなかった私は、夫と出かける約束をして、まず最初に直面したのが相応しい服が無いという問題だった。

夫は私のセンスのなさには気付いていたと思う。あまり街のことにも当時詳しくなかったため、夫に連れて行かれるままに洋服のお店に行っていたのだが、夫が私に似合いそうな服を選んでくれて、私は自分一人だったら選ばなかっただろうスタイルも着てみることになったのだった。

最初はやっぱり慣れなくて、いつもお店に入ると場違いな感じから挙動不審になっていた。試着した頃を見計らって夫に「出ておいでよ」と言われた時は、試着した状態なのに出られるわけが無いだろうと思って、困惑してしまったのを覚えている。

試着した状態を見ようと待っている夫と店員さんを前に、試着室から顔だけ出して戸惑っている人というのはさぞかし滑稽だっただろう。夫からは、試着室から顔だけちょこんと出すから笑っちゃったよと言われたが、私にとってはこれも新鮮な経験になったのだった。

地元の大きめのスーパーの洋服売り場しか知らなかったため、家族はさておきお店の人を含め誰かに試着した状態を見てもらうという発想がなかったのだと思う。学生の時はアメリカにいてショッピングモールには行ってはいたが、大抵試着室の中の鏡で見て買う買わないを決めていたか、安ければ試着せずに買っていた。

アメリカにいた時はジーパンにTシャツかパーカーだった。アメリカの学生寮の洗濯/乾燥機が酷くて、薄い柔らかい生地のTシャツだと信じられないことが起きたりする。買ったばかりのお気に入りのTシャツが、首元の縫い目で千切れてしまい、首元が輪っか状に外れて出てきた時には軽いカルチャーショックを受けた。洗濯ネットは必需品だったし、良い服を着るインセンティブがなかった。

夫との買い物だが、洋服の値段は使った生地の量に比例するのだろうと思っていたため、クリスマスに夫に1本数万円するネクタイをプレゼントすることになった時には清水の舞台から飛び降りる気分だった。ネクタイ1本ではどんなに頑張っても服一着も作れない。すごい世界に来てしまったと思った。

夫はそんな私に服を選んでくれるのをとても楽しんでいたと思う。私も世界観が広がった。バーニーズニューヨークで気に入った服を見つけることが多くなり、やっぱり良い服を着ると気分も変わるんだなと発見するようになった。

今は子供が3人いて自分たちのための贅沢はしなくなったが、年に1回くらいは出かける日を作っている。今でもグッチとコーチはどっちがどっちか分らないし、ブランド名がすぐに分る服は引き続き苦手意識があるが、服を買いに行くのを楽しめる人にはなれたし、夫に見てもらうと安心できるので助かっている。

服が決まる

そんな服選びが好きな夫が感覚過敏の息子のためにと頑張って選んでくれた服は、上下共にゆったりめの服で、黒パンツの方は太もも辺りに余裕があって、足首に行くにつれて少し締まるタイプ、上の白シャツはロングタイプで、ズボンの中に入れずに外に出すタイプだった。今風といえば今風だ。これが演奏会などでもマナー違反ではないという所まで調べた上で購入してくれていた。シャツをズボンの中に入れてベルトをするのが無理そうだったので、ズボンの方はゴム入りにした。

(↓実際に購入したものとは違いますが、シャツのイメージは近いかと)

夫は長男に着方を教えながら言った。「いいか、これはシャツを外に出すタイプだから、絶対に中に入れるなよ。入れたら格好悪いからな。」

しかしリハーサルで着用した日、長男が浮かない顔で報告してきた。「シャツ中に入れろって言われた」と。私はそう言われるんじゃないかとちょっと心配していたのだ。普通の感覚ならステージの上ともなるとシャツはインなのだ。

今回学校にはわざわざ感覚過敏のことは伝えていなかったし、我が家が衣装探しに奮闘したことは学校は知る由もない。若干リスクは感じていたが、そこまで一律に同じ格好をすることが求められるとも思わず甘かった。今回はシャツを中に入れると逆に格好悪くなってしまうこともあり、夫もそこが何よりがっかりしていたようだが、長男には仕方がないため、本番はたった10分、20分のことだから、我慢しなさいと伝えた。

結局、みんなインなのに、長男だけアウトだと悪目立ちしてしまう。

(2)につづく