連休終わりの愛しさと切なさと心強さ
長かった。年末年始の連休が終わる。
嘆いている人も多いのではないかと思う。
かく言う僕も、非常に憂鬱である。
連休の後の仕事、その事務的な作業の数々に、何の意味があるのか、といま一度思い直すところである。
けれども、同時に、その仕事があるから、その連休の楽しさがあるわけで、そこは感謝しなければならない。
つまり、普段の仕事が大変で非常に嫌なものであるから、僕たちは頑張れるわけで。
そういうものがなければ、ずっと連休であれば、それはそれでかなり不安な気持ちになる。
これから先どうして生きていけば良いのか、と言うレベルで、僕たちはそれは嘆いてしまうのではないか。
現に、仕事がないと嘆いている人も多い。
だから幸せに感じなければならない。
現状を受け入れ、それを感謝し、自分にできる限り精一杯を示しておく。
それが僕たちにできる最善のことだ。
配られたトランプで勝負するきゃないのさ、それがどういう意味であれ。
時々そらんじるスヌーピーの名言である。
そこに乗っかるしかない。