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途上の旅
もう少し利口になろう、と夫は言った。
とても理性的な人である。
かねてから、私は夫の理性について考えていた。
私はすぐに理性が崩壊し、剥ぎ取った部分で物事を計ってしまう。
それが全て間違っているとは思わないけれど、少なくとも、理性でパンパンの夫の体は拒否反応を示している。
折れるのはいつも私だった。
一回一回の影響はそれほどない。
折れている、という意識すらないぐらいの些細な妥協だった。
夫は利口な人である。私がした妥協の部分を見えないように、ベールで包んでくれた。
けれど、積もり積もった塵が、やがて大地をなすように、私の中の妥協は大陸となっていたことに、私は気づいた。
気づいてしまえば、関係が崩壊するのは早い。
トントン、という音が聞こえるように私たちは夫婦でなくなった。
正確に言えば、法律的にはまだ夫婦であったが、気持ちの上で、私はもう夫と生活をすることは困難だと思えた。
同じ空間に二人で存在していると、その理性が私の耳をつんざき、内側から破裂させる。
私はトイレに篭るようになり、夫もそれとなく気づいているようだった。
みんなに祝福されて始まった関係だけれど、また表面上は中の良い夫婦であるけれど、ある日、私は家を出た。
誰にも何も言わず、家を出て、電車に乗り、ここでは無いどこかへ、向かっている。