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「足りないから、輝く」第1話
【あらすじ】(272文字)
小翠若歌は本心を隠している。いつも友達に合わせて、流されるように生きていた。
そんなある日、クラスメイトの佐々木伎音がHIPHOPのトラックメイクをしていると知る。彼女との出会いをきっかけに、ラップの歌詞を書くことになった小翠。
本心を隠していた彼女は、歌詞を書くことで流されるように生きてきた自分と向き合うこととなる。
そして、佐々木と組んでHIPHOPの楽曲を制作していくことに……。
性格が真反対の女子高校生二人組が、アリーナでのライブを目指してHIPHOPの世界で奮闘する――――青春音楽ストーリー。
【第1話】
蹴破っちまえッ!(9300文字)
○女子校の教室(昼)
とある女子校の教室。生徒たちは昼食を食べたり、楽しく会話をしたり、昼休みを自由に過ごしている。
特にその中で騒がしいのは髪を染め、スカートの丈を短くした明るい女子生徒の四人組。教室の後方で踊っている姿を、スマホで撮影している。また、他の生徒を気にせずスマホから音楽を流していた。
「あははははっ! やばっ!」
「めっちゃ可愛いじゃん!」
踊りながら、楽しそうに笑う女の子たち。
そんなグループの一員である小翠若歌は、背の高いモデル体型の女子生徒。茶色に染めたショートカットの髪を揺らして、友達の踊っている姿を撮影していた。彼女は満面の笑みを浮かべながら、心の中で呟く。
(あー、つまんねー)
小翠が愛想笑いをしていると、友人から声がかかった。
「ねー、若映! 可愛く撮れてる?」
「うんっ!」
口角を大きく上げた、作り物の笑顔でスマホを友人に渡す小翠。
『心の中は、いつだって孤独だった』
そのとき、小翠の後ろから身長の低いヘッドフォンをした女子生徒が歩いてきて、ぶつかってつかってしまう。
「きゃっ!」
身体がぶつかった衝撃で、悲鳴を上げてよろける小翠。
「じゃま」
小翠と友人たち三人は、声の主の方に振り返る。
視線の先にいたのは、佐々木伎音。平均よりも小さな体躯と、綺麗な黒髪が特徴的な目つきの悪い女の子だ。
「どいて」
佐々木が淡白に言うと、小翠は一歩後退して道を譲る。
「なにアイツ……佐々木だっけ」
「カンジ悪くね?」
窓際にある自身の席に歩いて行く佐々木を見て、身を寄せてコソコソと話す友人たち。
(どうして波風立てるようなことするかなぁ)
(大人しくしておけばいいのに…)
小翠は心の中で毒を吐きつつ、「ねー」と仲間たちに同調する。
○カラオケ店内の部屋(夕方)
放課後。着崩した制服姿で、友人三人とカラオケで遊んでいる小翠。友人の歌に合わせて、笑顔で手拍子している。
「だって~すきだから~」
楽しそうに歌う友人。
『みんなが楽しそうだと、疎外感を感じる』
小翠は笑顔で三人の友人たちを、順番に見る。みんな楽しそうに歌って、身体を揺らしている。
『私は、このノリについていけていないのだ』
『私の感情だけ置いていかれるのに、同調しなきゃいけない』
『自分の心と身体の距離が、遠かった』
友人が歌い終わると、拍手が起こる。それに合わせて、小翠も手を叩く。
「最後にさ、若歌も歌っときなよ」
歌い終わった友人から、マイクを渡される。
「ありがとう! じゃあ……」
小翠がタブレット端末を操作し曲を入れると、前奏が流れ始める。
(みんなが聴いている曲……)
マイクを握り、歌い出す小翠。
「私だけを、ずっと見ててよ~」
歌い始めると、一斉に視線が集まる。みんな、ポカンと口を開けて小翠の歌に聞き入っていた。
「うまっ」
「やばいんだけど!」
友人たちが、小翠にスマホのレンズを向ける。
(いい曲なんだろう。でも、好きだから聴いているわけじゃない)
心に影を落としつつも、小翠は笑顔で横に揺れながら歌う。
「抱きしめて~」
小翠の歌が終わり、この日一番の拍手が起こる。盛り上がりで、カラオケは終了した。
○カラオケ店内の廊下
歌い終わり、友人たち四人で部屋から出る。
会計に向かうため、お喋りしながらカラオケ店の廊下を歩いていた。
「あ……」
学生鞄を持った制服姿の佐々木が、廊下の向かい側から歩いてくる。
佐々木の存在に気が付いた小翠は、嫌な予感がして冷や汗を流した。
しかし、小翠たちを気に留めず、近づいてくる佐々木。
「佐々木じゃん」
佐々木が小翠とすれ違おうとしたとき、友人の一人が立ちふさがる。
「じゃま」
友人を睨みながら言う佐々木。
「一人なん?」
「そうだけど、なに?」
「そっか、友達いないもんね~?」
クスクスと笑う友人たち。小翠も同調して、笑う。
(あーあ、教室で無駄に突っかかるから……)
小翠は態度を周りと合わせながらも、呆れた目で佐々木を見る。
「だから?」
「別に、ぼっちだなって、思ってるだけ」
立ちふさがった友人と佐々木が対面し睨み合う。友人は見下した表情。
佐々木は歯をギリギリと擦り合わせ、露骨にイライラしている。
一方他の友人たちは、その様子をニヤニヤした表情で見守っていた。
(でも、そんな喧嘩吹っ掛けたらさ……)
周りに合わせてニヤつきながらも、小翠はチラリと佐々木の手元を見る。
学生鞄を持った佐々木の拳は、血管が浮き出るほど強く握られていた。
佐々木は踏み込むために足を上げると、同時に学生鞄を後方へ振りかぶる。
(ほら、言いすぎなんだよ。だから、痛い目に――)
小翠は巻き込まれないように、そっと一歩下がる。
相手に向かって学生鞄を叩きつける佐々木。
「うガッ――――!?」
しかし叩きつけられた相手は、立ちふさがった友人ではなく小翠だった。
(な、なんで、私!?)
小翠の顔面にクリーンヒットした学生鞄。その衝撃で、小翠は壁に激突して倒れる。
「ちょ、若歌っ!」
後退りながら、小翠の名を呼ぶ友人たち。
「てめ、ふざけん――――!」
佐々木に対して立ちふさがった友人は、胸倉を掴もうと怒声を上げる。
しかし胸倉に手が届くことはなかった。
「がああああああああああああああああああッ!」
佐々木は猛獣のように、叫び出して友人たちを威嚇する。友人たちは更に怯えて後退する。
それだけで佐々木の猛攻は終わらなかった。友人たちが怯んだ隙に、学生鞄の中からカッターナイフを取り出し、カチカチと音を立てながら構える佐々木。その目は、完全に血走っていた。
「こいつ、やばっ」
「頭おかしいんじゃね」
カッターナイフに恐怖した友人たちは、小翠を置いてその場から走り去る。
(は!? 置いてくのかよ!)
友人たちの背中を見て、頭を抑えながらフラフラと立ち上がる小翠。
「ふんっ」
佐々木は友人たちが見えなくなったのを確認して、カッターナイフを学生鞄に入れた。カラオケの入口とは逆方向に歩いていく。
「あ、えっと……」
小翠は友人たちが立ち去った方向と、佐々木の背中を交互に見比べる。
「あの……佐々木ちゃん!」
迷った結果、攻撃された頭を撫でながら佐々木に駆け寄る小翠。
「ご…ごめんね。私たち、ちょっとダメだったよね」
小翠が深々と頭を下げて謝る。
しかし、佐々木は謝罪を無視して歩き続ける。
(なんなん、こいつ。シカトかよ)
顔が引きつるも、めげずに佐々木についていく小翠。
すると、佐々木は「309」と書かれた部屋に入っていく。
「あ! ちょっと、まってよ!」
小翠も急いで、佐々木と同じ部屋に入っていく。
「なんで、入ってくるんだ」
小翠に目を向けず、学生鞄のチャックを開ける佐々木。
「だって、もう佐々木ちゃんと揉めたくないし。謝りたく……って、あれ?」
佐々木が学生鞄から取り出したのは、カバーに入ったノートパソコンだった。
「歌うんじゃないの?」
首を傾げて、ノートパソコンを見る小翠。
「作業の息抜き程度には、な」
「作業?」
佐々木はパソコンを起立ち上げて、音楽制作ソフトを起動する。
「アタシは曲を作ってんだ。HIPHOPのビート」
パソコンの画面に表示された音楽制作ソフトを見せながら、説明をする佐々木。
(え、すご……)
小翠は素直に関心して、パソコンの画面を凝視する。
(どんな曲を作ってるんだろう)
「ねえ、良かったら、聴かせてくれない?」
小翠は両手を合わせ、微笑みながらお願いをする。佐々木の顔を覗き込んでいた。
「………………」
佐々木も返すように、小翠のことを見つめ返す。じっくりと観察するような態度に、小翠はたじろいで目を逸らした。
「えっと、ダメだったかな?」
「いや。本当に聴きたいなら、いいよ」
慣れた手付きでパソコンを操作して、音楽を流し始める小翠。
「……!」
曲が流れると、身体に稲妻が走ったように、小翠の背筋がビシッと伸びる。
佐々木は黙ってその姿を見ていた。
「――――」
小翠の身体が自然に揺れる。次第に足でリズムを取り始める。目を閉じて音楽を味わうと、曲が流れ終わった。
「なんか、いいね、これ」
柔らかい笑みを浮かべて、感傷に浸る小翠。
「でもさ、HIPHOPならラップはしないの? これインストだよね?」
「MC――ラッパーについては募集中だな。アタシは歌詞じゃなくて、曲を作りたいから」
佐々木はパソコンをいじりながら、受け答えをする。
「そっか…」
(じゃあ、私が……とか言ってみたりして)
顔の筋肉を緩ませて、心の中でおどける小翠。
「お前には無理だよ」
しかし佐々木はそんな小翠に対して、鋭い目でぴしゃりと言い切った。
「え……?」
「ど、どうして、そんなこと……」
小翠の身体がショックで静止する。前のめりになって理由を問いかけた。
「アタシがなんでお前のことぶっ飛ばしたのか、わかるか?」
小翠が小さく首を横に振る。
「他の奴らは心の底から、本心でアタシに喧嘩吹っ掛けてきた」
「でもお前だけ、周りに合わせて笑ってたからだ。そういうのが一番ムカつく」
「そんなことは……」
図星を突かれて、生唾を飲む小翠。心臓の動悸が早くなり、俯いてしまった。
「暗くて、臆病で、悩んでて、嫌なヤツで……そんな弱さを自覚してるのに、周りに合わせて隠しているだけのお前は、歌詞なんて書けないよ」
「…………」
俯いたまま、動かない小翠。身体が小刻みに震えていた。
「さあ、分かったら出てけ。時間が勿体ないだろ」
「――――きる、もん」
「あ?」
小翠がボソッと呟く。俯いているので佐々木には見えないが、彼女の表情は腹立たしい気持ちで歪んでいた。
「佐々木ちゃんは無理って言うけど、できるかもしれないよね?」
「だって、やったことないんだもん。まだ分からないじゃん」
小翠は前のめりになって佐々木に近づく。二人の顔が、触れてしまうくらいに近づく。
「…………なら歌詞を書いてこいよ」
ぶっきらぼうに言って、学生鞄に入っていた一枚の白紙を渡す佐々木。
「できるんだろ? 別に何小節分でも構わない。お前の気持ちをぶつけてこいよ」
小翠は一瞬だけ驚くも、ひったくるように白紙を奪った。そして、佐々木に向かって強く頷く。
「うん。私だって、できるんだからね」
『こうして、私は初めて歌詞を書くことになったのです』
○小翠の家。自分の部屋(夜)
綺麗に整理整頓された小翠の部屋。
基本的に簡素な内装をしているが、唯一の特徴として壁一面に本棚があり、たくさんの小説が並んでいた。
「…………むむむ」
腕を組んで頭を悩ませる小翠。シャーペンを持ち、勉強机に向かっている。机の上には、何も書かれていない紙とスマートフォン。
「暗くて、臆病で、悩んでて、嫌なヤツで……そんな弱さを自覚してるのに、周りに合わせて隠しているだけのお前は、歌詞なんて書けないよ」
という佐々木の言葉を思い出す。
(ムカつくのは、こっちのセリフだし。別に、いいじゃん……)
小翠は口をキュッと結んで、険しい顔をする。
「でも、ラップの歌詞ってどうやって書くんだ~?」
「本が好きだから、できるかな……なんて思ってたのに。なーんも浮かばないや」
椅子の背もたれに体重を預けて、深く座る。スマホを手にとって、「ラップ 歌詞 書き方」と検索する。
「ライム? フロー? 言葉遊び? ……なんか、よく分かんないなあ」
スマホの画面に映る「ラップ作詞講座」のサイトを眺めて、言う。
「初心者は、韻にこだわりすぎず、先ずは何を伝えたいか考えて、音の乗ってみよう」
サイトに書かれていた文章を音読する。
「メッセージか……」
小翠は目を閉じて、考える。
(最近は、みんなラブソングを聴いてたなぁ)
(恋愛の歌詞……共感性のある、みんなの気持ちを代弁するような、メッセージ……)
目を開いて、スマホを置きシャーペンを握る。
勢いよく、紙に歌詞を書いていく。
「よーし……!」
○学校の屋上前の踊り場(昼)
翌日の昼休み。生徒たちが寄り付かない屋上前の踊り場に、小翠は書いてきた歌詞を見せるため佐々木を呼び出していた。
「歌詞、書いてきたよ!」
小翠は自信満々に胸を張りながら、歌詞が書かれた紙を佐々木に見せる。
「ふうん。随分と早く書いてきたな」
紙を受け取り、目を通す佐々木。
(みんなが聞いてる曲を参考にして、流行をおさえた歌詞にした……。素人ながら、上手くできたんじゃないかな!?)
「…………」
歌詞を読んでいる佐々木を見つめ、小翠はワクワクしながら評価を待つ。
「歌詞で愛想笑いして周りに合わせてんじゃねえよ」
佐々木は歌詞の書かれた紙を、ビリビリに破いた。
「え……?」
何をされたのか理解できず、啞然として棒立ちのまま動けない小翠。
「そんな生き方してるから、自分を失った歌詞しか書けないんだ」
興味を失った佐々木は、その場を立ち去ろうと歩き出す。
「えっと、ま、待ってよ!」
小翠が佐々木の腕を掴んで引き止める。
引き止められた佐々木は、小翠の方を見向きもせずに不快な声で質問する。
「なに?」
「あははっ……その、せっかくなら、色々聞きたいことがある、というか……」
引きつった愛想笑いを浮かべて、話しかける小翠。
「悔しくないのか?」
そんな彼女に向かって、佐々木は怒りのこもった声で言った。苛ついていることが誰にでも分かるくらい、顔をしかめている。
「まあ、素人だし。しょうがないかなぁ……なんて」
「それに、どうして周りに合わせることがダメなのか、分かんなくて…」
小翠の反論する声は小さく、自信のなさが表れている。上手に佐々木のことを見れていない。それでも、表情だけは笑っている。
「ダメってわけじゃない。だが、私は好まない。自分の作った曲に、こんな歌詞を乗っけられたらたまったもんじゃない」
「どうして好まないの? 周りに合わせたら、昨日みたいな揉め事だって起こらないよ?」
「それに、ちゃんと流行してる楽曲を参考にして、共感してもらえるような歌詞を――――」
佐々木は小翠の手を力強く振り払って、地面に吐き捨てるように叫ぶ。
「共感なんて、いらないんだよっ!」
小翠は佐々木の勢いに気圧されて、壁際まで下がる。背中が壁にくっついて、ひんやりとした温度が伝わってきた。
「共感とか、流行とか、知らねえんだよ! アタシにとっては、共感されない自分だけの感情こそ、価値があるんだっ!」
「――――ッ!」
佐々木の発言に、小翠は息を吞む。自然と胸に手を当てていた。
【回想(小翠の小学校時代)】
○小学校の教室(昼前)
「じゃあ、こっちがいい人!」
「はーい!」
授業中の風景。多数決を取っている。小翠以外は、手を挙げて賛成していた。
俯いて寂し気な顔をする小翠。
○ショッピングモールの服屋(昼)
別の日。母親と二人で洋服を選んでいる。
「みんなと一緒がいいでしょ? こっちの洋服にしなさい」
母親が小翠に可愛らしい洋服を見せている。
しかし小翠は、納得していない不満気な顔をしていた。
○小学校の教室(昼)
昼休み。友達が、小翠を遊びに誘う。
「あれぇ? 小翠ちゃんは、お外で遊ばないの?」
「うん、本を読んでる方が好きなんだ」
小翠は椅子に座って本を読んでいる。
「ええっ! へんなの!」
悪気もなく、明るく言われる。
小翠はその言葉に、目の前が真っ暗になる。
【回想終了】
「あ、佐々木ちゃんが……みんなとセンスが変わってて、変な子だから、見る目がないんでしょ?」
小翠は苦い思い出を頭に浮かべながら、俯いて悔しそうに反論する。
「そうやって相手を下げても、自分はカッコよくならないぞ」
「今のお前は、最高にダサい」
言葉を吐いて、その場を立ち去る佐々木。
「……………………」
小翠は一歩も動けず、立ち尽くす。表情は暗かった。全身が硬直し、痙攣している。
「悔しい……!」
『彼女の言葉に、納得してしまった』
壁を殴る。ジンジンと拳が傷んだ。
『私は、ダサい』
○学校の教室(朝)
朝のホームルーム直前。生徒たちは授業の準備をしたり、友達と会話したり、各々の時間を過ごしている。
『翌日、佐々木ちゃんとは目も合わなかった』
佐々木はヘッドフォンをして、スマホを弄っている。
小翠の友人の一人がスマホの画面を、後方からバレないように覗いていた。
『彼女にとって、私は空気になった』
小翠は友人たちと、スマホを弄りながら喋っている。時折、気になって佐々木に目を向けるも、視線は返ってこない。
○学校からの帰り道。住宅街(夕方)
友人たちと三人と共に下校している小翠。
「ねえ、実はさ。今朝、面白いこと知っちゃったんだよね」
友人の一人が、みんなにスマホの画面を見せる。
「これ、実は佐々木が動画投稿してんの」
「え!? まじ!」
友人たちは、スマホの画面を食い入るように凝視する。スマホの画面には、動画投稿サイトのとあるチャンネルが映っており、たくさんの動画が投稿されていた。
(えっ……)
小翠は不意打ちを食らったように、動きが止まる。その後、胸がドキッと大きく跳ねて両手で抑えた。自然と呼吸が乱れる。
「なにこれ、アイツ、音楽とかやってんの?」
「めっちゃ投稿してるじゃん」
「でも、再生数少なっ。センスないんじゃね」
げらげらと醜悪な笑いを浮かべて、楽しそうに話す友人たち。
小翠はそんな三人を見て、更に呼吸が荒くなる。
「若歌も、そう思うよね?」
友人たち三人の視線が小翠に集まる。
「え……」
小翠は取り敢えず口角を上げてから、戸惑った。
その間に友人たちは、佐々木が投稿した曲を流し始める。
「なんていうか、流行りじゃないでしょ」
「分かるわ~。友達いないし、こんなのしか作れないんでしょ」
「キッショ……なんか、暗い感じの音楽っていうか。アイツにお似合いじゃん」
ケラケラと笑う三人。
そんな中、友人たちの後方から学生鞄が飛んでくる。そのまま、友人一人の頭に鈍い音を発して頭にぶつかった。
「痛てッ!」
顔を歪め、ぶつかった部分を手で抑える友人。その場の全員が、後方に振り向く。
すると自信満々の表情で、胸を張った佐々木が立っていた。
「だから、いいんだろ?」
佐々木は楽しそうに、不敵に笑う。
「――――――――」
佐々木の堂々とした姿に釘付けになる小翠。力が抜けて、持っていた学生鞄が手元から落ちた。
「はぁ? 何言ってんだ、アイツ」
一方友人たちは、眉をひそめてイラついている。
「意味ふめ――」
「私もっ!」
小翠は勇気を振り絞り、友人の言葉を遮って叫ぶ。全員の目線が、小翠に集まった。友人たちがポカンとした表情をして、呆気にとられている。
「私も、素敵だと思うッ!」
「……小翠?」
友人は困惑して、苦笑いをした。
けれど小翠は、自信のある表情でスタンスを一切ブレさせない。
「もう一度、書いてみろよ」
佐々木がニヒルな笑みを浮かべて、小翠に告げる。
「うん!」
学生鞄も拾わずに、全力でその場から自宅に走り出す小翠。
「え? 若歌!?」
小翠は戸惑う友人の声を置き去りにして、全力で走り去った。
周りの景色は、全く認識できていない。それほど、夢中だった。
「私は、恋愛の曲に興味がない!」
全力で走りながら、叫ぶ。
「可愛い服は着たくない!」
「外で遊ぶのが嫌い!」
「流行りなんてどうでもいい!」
息が上がり、汗が流れる。
それでも、叫び続ける。
「小説が大好き!」
「歌うことも大好き!」
心拍数が跳ね上がり、苦しさに顔が歪む。
それでも、まだ叫び続ける。
「根は暗い人間で!」
「人に嫌われるのが怖くて!」
「本心とのギャップに悩んでて!」
「心の中では、いつも毒づいてる!」
「そんな弱いヤツ!」
転倒しそうになって、目尻に涙が浮かぶ。
それでも、叫び続けることを止めない。
「それが、私なんだあああああああああああっ!」
足を全力で動かしながら、喉が千切れるほど腹から叫び続けた。
○小翠の家。自分の部屋(昼)
シャーペンを持ち、机に向かう小翠。
真剣な表情で、ペンを走らせている。
『そして、三日後』
○学校の屋上前の踊り場(夕方)
屋上に続くドアの前で、対面する小翠と佐々木。
「書いて、きました」
「見せてくれ」
佐々木は鋭い目で小翠を見つめ、手を前に差し出す。
「…………はい」
学生鞄から歌詞を書いた紙を取り出そうとする小翠。
「あれ、おかしいな…」
しかし、紙を学生鞄から出そうとしたときに、動きが止まってしまう。
「なんでだろ、見せるの、少し怖いや」
紙を握った手が震えて、身体が縮こまる。
そんな小翠に、佐々木は真っ直ぐに言う。
「作品を公開すれば、誰かが批判する。批判されないのは、挑戦しないヤツだけだ」
「…………!」
小翠は学生鞄から歌詞の書かれた紙を取り出し、佐々木に渡す。
「……………………」
佐々木が紙に目を通して、歌詞を読み始める。
「………っ」
胸の鼓動が聞こえるほど、緊張する小翠。場が静寂に包まれて、張りつめた空気になる。
一分程度の間が、永遠に感じれらる空間でじっと待つ。
すると、佐々木が神妙な顔で口を開いた。
「暗い歌詞だな」
小翠の心臓と身体が跳ねる。
「そのうえ、臆病で、悩んでて、嫌なヤツで……そんなお前の弱さが滲み出てるよ」
身体が震えて、目尻に雫がたまっていく小翠。呻き声が漏れないように、口をきつく閉じた。
「でも……そんなとこを愛してるぜ」
ニヤリと笑う、佐々木。
そんな彼女の反応に、小翠は大量の涙を流す。
「私…」
震えた声で、顔をクシャクシャにしながら号泣して言う。
「いま、楽しいです!」
小翠は涙まみれの、汚らしい顔で宣言する。
「そっか――――ならッ!」
佐々木は屋上への扉を開けようと、ドアノブを回す。しかし、鍵がかかっていて開かない。
仕方なく、扉を思い切り蹴とばした。
「うわぁ!? いや、なにやってんの!」
泣きながらも、佐々木を止めるため手を伸ばす小翠。
しかし時すでに遅し。ドカン! という音と共に、扉がこじ開けられる。
「ついてこい」
佐々木は涼しい顔で、屋上に歩いて行く。
「――――――――」
開いた扉を見て、小翠は口をパクパクとさせ啞然する。
「佐々木ちゃんのそういうとこは、直した方がいいと思う」
呟きながら、しぶしぶと佐々木の後を追って屋上に向かう。
「あそこ、見えるか?」
屋上の端まで行くと立ち止まり、遠くの方を指差す佐々木。
小翠は涙を服の袖で拭き、佐々木が示す場所を眺める。
「あれ、アリーナだよね。地元で一番大きな施設」
指の示す先には、大きなアリーナがあった。
「アタシの夢は……曲作って、CD売って、金とプロップス稼いで」
「あのアリーナで最高のライブすることだ!」
佐々木はアリーナを背にして、小翠に手を差し出す。
「私も、一緒にやってみたいです!」
佐々木の手を握る小翠。
遠くに見えるアリーナと二人が、夕陽に照らされて輝いている。